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#82 少年は忘れ物をする

「ネコー!」


 ふわふわ、ふわふわ、気持ちいい。

 ネコのおなか顔をうずめる。ネコも「みいみい」と返してくれる。


「そういえば、あの猫と名前はなんていうの?」


 ギュウと抱きしめていると、そんな声が聞こえた。ついさっきまでうずくまって顔を隠していた美咲さんだ。


「え……? 俺、預けるときに教えたと思うんだが」


「教えてもらってないわよ! だってあなた、猫を預かってくれってただそれだけで」


「ちゃんと教えているじゃないか、名前」


「は……?」


 何やらネコの名前を教えたのか否かという話らしい。ちゃんと龍弥は名前教えてるじゃないか。


「そうですよ、この子の名前はネコなんです。ちゃんと龍弥は名前を美咲さんに伝えてますよ」


 そう言うと、美咲さんは目を丸くする。


「この子の名前はネコです」


「いや、たしかに猫だけど」


「ですから、猫のネコなんですよ」


 しばらくの沈黙が続いたので、もう一度「ネコです」と、


「いや、それはわかったけど……え、ネコって名前をつけたの?」


「はい」


「猫に?」


「はい。イヌとかトリじゃおかしいでしょう?」


「いや、たしかにおかしいけど……って、ちがくて。そうじゃなくて、もう少しちゃんとつけてあげなよ」


「……? いい名前じゃないですか、ネコって」


 嘘じゃん、そううなだれられてしまった。「ネコ」、そう呼ぶと「みい」と返事する。いい子だ。




   ***




「最悪」


 苦しい呼吸を整えながら、机につっぷす。


「隆俊、お前がギリギリとか珍しいな」


 葵だ。少しだけ顔を上げて応対する。


「五時までの記憶はあるんだ、ゲームしてた。その先がない。たぶん寝落ちした」


「なるほど」


 クソ……まだイベント回りきれてなかったのに、寝落ちしちまっまたから間に合わせるために計画練り直さないと。

 とにもかくにも少しでも進めて……進めて。


 あれ……、あれ……、


 …………あれ?


 ズボンのポケットをペチペチ叩く。ない。


 上着のポケット、ない。


 カバンの中……にもない。


 …………まずい、スマホ忘れた。これじゃあ携帯用ゲーム機のやつしかないからスマホゲーが出来な……。


 いや、待てよ。なんか違和感あったぞ。


 もう一度、ズボン、ない。


 上着……当然ながらにない。


 カバンの中身……見当たらない。


 まずい、


「……やらかした」


「どうかしたのか?」


 葵が心配そうな目でこちらを見てくる。すまない、この問題はお前が思ってるほど深刻な問題じゃないんだ。

 ただ、俺にとっては由々しき問題なのだが。


「ゲーム、一式、忘れた」


 俺の言葉で、二人の時間が止まる。

 たぶん、机の上にセットで置いたままだ。スマホもそこ。


「……その、お疲れ様」


「おう。帰っていいと思う?」


「さあ……?」


 まあ、だめだろうな。

 チャイムが鳴る。


「最悪」






 落ち着かない。不意に起こったからか、いつもより我慢が効かない。

 それでも一時間目と二時間目は乗り切った。自分でもこれはなんとかなるんじゃない方思ってた矢先にこれだ。

 思考はまとまらないし、指先を動かしたり、とりあえず何かやってないと落ち着かない。不安感も襲ってくる。


 嫌だ、嫌だ。嫌だ、嫌だ。


 嫌だ。やめろ。


「先生!」


「どうかしましたか? 灰原さん」


「隆と……蓬萊が、しんどいらしいです!」


 なっ…………。


「そうですか。蓬莱くん、一人で保健室まで行けそうですか? 無理そうなら他に誰か……」


「いえ、あ、はい。大丈夫です、一人で」


 そうですか。では行ってきてください。おだいじに。先生にそう言われて、俺は教室から退出する。直前、紀香に小声で「しんどいならちゃんと言えよな」と言われた。


 別にしんどかったわけではないのだが、まあ助かった。


 廊下を一人で歩くのは、結構気分がいいものだった。

 それと同時に、微妙に緊張もする。


 今、歩いている隣の教室では、当然のように授業が広げられている。そして俺は別段体調不良とかいうわけではない。


(ゲームなら、イベントが起こりそうだよな)


 保健室でもうすでに誰かが休んでるとか、先生の手伝いに来た子との遭遇イベント、あとは休み時間に見舞いに来た友人イベント。


「ま、起こらねえか」


 そもそも俺は体調が悪いわけじゃないんだけど。

 でも、たしかにまともに授業を受けられる状態でもなかったけど。


 階段までたどり着く。ここまで来たら教室の前は通らないで大丈夫。なんか奇妙な感覚もここまでだろう。

 階段を降りて、一階に行けば、保健室につく。手すりに手をかけ、降りていく。


 静かだな。いつもとはずっと雰囲気が違う。


 一階について、また廊下を歩く。しばらく歩くと、保健室。


 コンコン、


「失礼しまーす」


「おう、どうした? 蓬莱」


「……なんで知ってるんだよ」


「お前来たことあるだろ? 大体の場合、覚える」


「マジかよ……」


「……おう、で、どうした?」


「ベッド借りる」


「……そうか、開いてるから勝手に使えよ」


 それでいいのか、養護教諭。症状聞いたりとかしねえのか。

 まあ、俺的には特に理由とかもないままここに来てしまったからそっちのほうが助かるが。


 スリッパを脱いで、布団に入る。硬い枕に頭を乗せて、若干癖のある掛け布団をかける。


 カーテンの横に先生が来る。


「……変なことするなよ?」


「たりめーだよ、そもそもしないし、するにしても男じゃなくてかわいい女子がいい、そもそもしないけど」


「ならいい」


 背を向けるようにして、布団を深くかぶる。カーテンの閉まる音がする。

 寒いのか、体が少しだけ震える。それとも、ゲーム不足か。


 ……それとも。


 いや、考えるのはよそう。とりあえず、寝よう。

 目をつむった。




   ***




「う……あ、くる……な」


 さてと、ったく、俺の休憩時間(勤務時間)だったのに。

 それにしても、蓬莱のやつ……随分とうなされてやがるな。これがここに来た理由か?

 いや、それともまた別の理由でここに来たがしかし……だとすると、そりゃあ災難だな。他人事だから軽く言えるが、俺がなるのはマジ勘弁だ。


「やめ……やめっ!」


 ……マジでどんな夢見てんだよ。本気で怯えてるじゃねえかあれ。

 ただまあ、夢のことなんざ俺がどうこうできる話じゃねえしな。


 てなわけで、ちょっと気にはするが、休憩時間……ってことでいいか。うん、いいよな。


 さて、休憩休憩……。


「……いや……だ! こない……で!」


 休……け……い。


「ああ、あああああ……」


 …………。


「い、や……だっ!」


 やめろ、気になるだろうが。……ったく。

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