#7 忘却少女は部活に興味を持つ
「俺は部活には入ってないな」
俺はそう言うと、隆俊の方を見る。たびたび入るツッコミに疲れたのか、大きくため息をついていた。
仕方ない。俺が代わりに伝えるか。
「で、隆俊の部活はサブ――」
「あああああ! ストップ! 自分で言うから」
それまで少し呆けていた隆俊は急に反応して、大きな声でそう言った。なんだ。言うつもりはあったのか。
「俺はサブカルだ。サブカルチャー研究部。……全く。葵は少し目を離すとすぐに他人の仕事をこなすんだから。その癖、気をつけろよ?」
なぜかよくわからないが、怒られた。
「まあ、その癖に私たちが助かってるってのも、事実なんだけどね」
「ま、まあ。そうなんだが……」
灰原に言われ、隆俊が小さめの声でそう言った。「でもそれだと……」とか「ダメ人間に……」とかなにか呟いているが、気にしないでおく。
「サブカルチャー研究部と剣道部……接点ないね、仲いいのに」
ポロッと零れ落ちてくるようにして、橘の声が聞こえてきた。
「あー、こいつらはいわゆる幼なじみってやつだからな。仲はいいけど、クラブで仲良くなったとかいう類ではない」
俺がそう言うと彼女は納得したようで、「ありがとう」と礼を言ってきた。なんだか隆俊から視線が来た気もするが、気のせいだろう。……気のせいだと思う。
「そうだ、忘れていた」
橘はそう呟くと、俺の顔をじっと見て聞いてくる。
「この学校って、どんな部活があるの?」
やっぱり知らなかったか。
「ふぇー。そんなに多くあるの?」
俺が覚えている限りの部活を教えていると、彼女の顔はどんどんと驚きに染まっていき、言い切ったその直後、目を見開いた彼女の第一声がこれだった。
「まあ、俺の覚えてる限りだけだけどな。この学校、部結成の条件が異様に緩いから、部活の数も多いんだよ」
俺がそう言って、多少顔が元に戻ったが、やはりそれでも驚きが残っていた。
「で、興味のあった部活とか、あった?」
その言葉に、彼女はピクッと反応した。きっと、いくつかあったのだろう。でも、きっと彼女の答えは――
「ううん。なかった。ごめんね」
否定。だろうな。
彼女をクラスに来るように誘ったときといい、教室に連れて行くときといい、記憶が残っていない。つまりは記憶による追加の人格がないにも関わらず、彼女は相当に卑屈であった。
これは、きっと彼女がこの体質に悩まされてきて、自然と身についてしまった性格なのだろう。
記憶障害だと、迷惑をかけるだろう。顔も名前もやることも覚えられないし、そもそも部活のことを忘れちゃうかもしれないし。とかきっと思っているんだろうな。
まあ、そう思ってしまうことがわからないわけではない。でも、
(もう少しくらい、前に向きになってもいいとは思うんだけどな)
今の彼女は、なんというか、今日という1日を否定して生きているような感じがする。
最近はまだマシになってきたようには思えてくるが、出会った当初は本当に全否定が似合うほどに否定していたように思える。
俺は彼女の頭にぽんっと手のひらを置いて言った。
「もう少し、楽しんでも良いと思うぞ」
今日という、1度しかない日を。
たとえ、無くなってしまう日であったとしても。
そんなことを考えながら行動を起こしたが、まあもちろん言語化していないため伝わることはない。理解できていない様子の彼女が呆然としてこちらを見ていた。
「そういえば、紀香。おまえ、部活は?」
「大丈夫、だって4時半から……」
彼女はそこまで言って、固まる。時計を見たままで。
すると、突然飛び跳ねるかと思うような勢いで彼女が立ち上がった。机がガタンと大きく音を立て、3人の意識が一気にそちらへ向く。
「行ってくる。橘さん、遠野。それからついでに隆俊! バイバイ!」
そうとだけ言って、彼女はカバン片手に教室から飛び出た。
「速っ……」
その走りを見た橘は、ぼそりとそう呟いた。
「ま、あいつは猿みたいな運動神経してるからな」
面白半分か、笑いの混じった声で隆俊はそう言っていた。
「灰原も帰ったことだし、それじゃあ」
俺は立ち上がり、橘にむけて言った。
「俺たちも帰るか。そろそろ」
「うん」
その橘の返事を聞いて、俺は教室から出ようと歩き出そうとした。
「そうだな」
ピタッと、俺と橘の足が止まる。サッと振り向き、声のした方向を見ると、そこにいたのは隆俊だった。
「おいおい、俺を置いていかないでくれよ? もし、方向は違ってても、学校出るまでくらいは一緒でも大丈夫だろう?」
「隆俊、おまえ、今日部活は?」
俺がそう聞くと、彼はなぜか自信満々で答えてきた。
「休みだ」
その、あまりの自信のありように、橘が小さく苦笑している。
俺はゲーム機を片手に携えた彼に言った。
「じゃあ、一緒に行くか」
「にしても、蓬莱くんは本当にゲームが好きなんだね。サブカルに入ったのも、それが理由なの?」
廊下で歩いていると、橘がそう聞いた。当の本人はというと、片手に携帯ゲーム機を持って、その片手だけでプレイしている。画面をちらっと見る限り、モンスターを狩猟しているようだ。
橘の声を聞いた彼は、チラッと橘の方を向いて、「ああ、そうだ」と答えた。
「ゲームを好きになったきっかけとかあったの? 良かったゲームがあったとか」
橘がさらに質問を続ける。それはなんの変哲もなさそうな、ごく一般的な質問に思えた、しかし。
「え、あ……まあ、ちょっと昔に……な」
明らかに、なにかに動揺し、見方によれば怯えているようにも思えた。表情や態度にこそ、ほとんど出ていないものの、咄嗟の返しの言葉や、ゲームの操作に乱れがある。
「まあ、隆俊はゲームが好きなんだよな。な? それも、ゲーム依存症かと思うくらいに。……むしろゲーム依存症か? おまえ」
俺は無理やりに話の流れを切り替えた。隆俊の表情には笑いにならない笑いが浮かんでいた。
これは、成功しているのだろうか。
「ゲーム依存症……か。そうかもしれないな」
隆俊は、なにか苦いことを思い出すかのように、そう呟いた。
蓬莱 隆俊:ゲーム依存症
なんだか空気が重くなり、しばらくの間、会話が途切れた。
カタタタッカタタタッと、ゲーム機のボタンの音だけが、ただひたすら鳴っていた。