#76 少年は手紙を解く
そうして、男は俺の前から去っていった。やつの最後の表情は、強く印象に残っている。
私の勝ちだ。まるで、そう言い誇るかのような。
◇◇◇
「そういうわけだ。そして、今朝。ポストにこれがあった」
パサリという音を立てて紙が落ちる。封筒だ。
「これって?」
「見てのとおり、手紙だ。差出人は、おそらく黄乃」
「おそらく?」
首を傾げながらに白石は封筒を手にとった。真っ白も真っ白、片面は見事なまでに何も書いておらず、裏面には俺の名前と住所。
どこを見ても、差出人の名前はない。
「……たしかに。でも、それならなんで黄乃ちゃんってわかるの?」
「まず、俺に手紙を送るようなやつがそもそもいないし」
俺がそう答えると、場にいた全員が顔をそむけた。
失礼な奴らだ。
「それに、中身を見ればわかる」
俺の言葉に、白石が手紙を抜き出す。
手紙は、こんな内容だった。
〜〜〜
今 ま で と ても 世 話 にな りま した
衣 食 住 など 見ず 知 らず だっ た私 なん
かに 提供 し て も ら え て 本 当に
助か りま した 感 謝 を して もし きれ ませ ん
龍弥 ほ ん と に あり がと う ね !
「これが限界 ごめんね」
〜〜〜
「感謝を告げる……文?」
「まあ、そう見えるよな。ただ、文字と文字の間隔が不自然に開いてるだろ?」
俺がそう言うと、白石はもう一度手紙を凝視した。そして、うん、と首を縦に振る。
「前にあいつとやりあったことがあってな、それと酷く似てるから、多分そうなんだと思う」
これは、暗号文だ。俺は確信を持ってそう言う。
「で、解けたんですか?」
「解けていたらここには来ていないだろう。お前の協力も、なおさら仰がない」
「ですよねー」
少し不安げな顔をする黒崎に、ただ、と俺は言う。
「途中までの、候補はある。むしろ、そこから先が解けなくて困っている」
4人の顔が、一斉にこちらを向く。
〜〜〜
今 ま で と ても 世 話 にな りま した
衣 食 住 など 見ず 知 らず だっ た私 なん
かに 提供 し て も ら え て 本 当に
助か りま した 感 謝 を して もし きれ ませ ん
龍弥 ほ ん と に あり がと う ね !
「これが限界 ごめんね」
まず、最後の「これが限界 ごめんね」は「」に入っていることも考えて、これだけは純粋な手紙と考える。
そして、まず最初にある「今」や「ま」のような一文字ごとに空白があるものを・、「ても」や「にな」のように二文字ごとに空白があるものを–として捉える。
そして、空白がひときわ広いところを区切りとする。
これで変換してみると、こうなる。
今 ま で と ても 世 話 にな りま した
・・・・– ・・–––
衣 食 住 など 見ず 知 らず だっ た私 なん
・・・–– ・––––
かに 提供 し て も ら え て 本 当に
––・・・ ・・・・–
助か りま した 感 謝 を して もし きれ ませ ん
–––・・ ––––・
龍弥 ほ ん と に あり がと う ね !
–・・・・ ––・・・
モールス信号だ。ただ、これを変換してみると。
今 ま で と ても 世 話 にな りま した
・・・・– ・・––– 42
衣 食 住 など 見ず 知 らず だっ た私 なん
・・・–– ・–––– 31
かに 提供 し て も ら え て 本 当に
––・・・ ・・・・– 74
助か りま した 感 謝 を して もし きれ ませ ん
–––・・ ––––・ 89
龍弥 ほ ん と に あり がと う ね !
–・・・・ ––・・・ 67
〜〜〜
「とまあ、ここまで来たはいいんだけどな、ここから先がわからんのだよ」
「42、31、74、89、67ですか。数字が5つ、全て二桁。数列としての関係性はなさそうですね。まあ、そんなんだったらもう先輩が見つけてますか」
黒崎がそう言う。俺は「ああ」と返すが、鈍川や白石は非常に驚いたような表情をした。
「数字が5つだから、緯度や経度を表しているわけじゃないし。一応いろいろな可能性は探ってみたが」
「……まあ、たしかにこれは全ッ然わかんないですね。暗号文だとすると、数字を文字に変換するんでしょうけど」
そうなんだ。数字を文字に変換する、その手段が見当たらない。
「89があるから五十音表ではないしな」
「他に数字と文字がリンクしているやつ……」
俺は頭を抱えた。黒崎も、頭を抱えていた。
「……思いついたか?」
「いいえ、全く」
「数字とひらがなのリンクも試してみたが、どこ通りであってもそれっぽくはならない」
「それに、黄乃ちゃんがそんな誤解の多いような暗号文を送るとは思いにくいですしね」
正直、俺は白旗寸前だった。ここからの打開策が見つからない。
他に何があったろうか。数字と、ひらがなのリンク。
「なあ、鈍川、白石。それから牧坂。何かわかりそうか?」
「いいや、俺もさっぱりだ。ていうか紫崎にわからねえもんが俺にわかるかよ」
「私もダメ。ていうか鈍川くんの言うことに賛成なんだけど」
ふむ、鈍川も白石も……か。
「ねえねえ部長さん部長さん」
「なんだ牧坂。あと、部長さんという言い方はもうやめておけ」
そう言うと、牧坂からは少し残念そうな返事が。
「で、どうした?」
「ああ、えっとね。数字とひらがなはリンクさせられるんでしょ?」
その言葉に肯定を返す。五十音表とかを使えば、できる。
ただ、今回の場合は無理だが。
「あのね、数字とアルファベットとかはリンクさせられないのかなーって」
「……!」
驚いた。というか、なんで今の今までそのことを忘れていたんだろうか。
固定観念の恐ろしさを感じながら、俺は黒崎と目を合わせる。黒崎も同じく驚いているようだだった。
「どうだ、いけそうか?」
「アルファベットは26字、最大の数字は89ですけど、何周もさせると仮定すれば無理ではありません」
けど、なにか引っかかる。
「問題は、そんな回りくどい真似をするのか、だ」
「ですよね……、けれどとアルファベットには、五十音表みたいな表がないですしね」
そう。
そう。
そう……。
そう…………なのか?
いや、なにか、なにか忘れている気がする。
知っているはずだ。俺は。
数字とアルファベットがリンクしており、また89以上項目があるものを。
その、表を。
「42、31、74、89、67」
数字を呟いた。
「42、31、74、89、67」
繰り返し呟いた。
「42、31、74、89、67。エム、オー、ジー、エー、ダブリュー、エー、シー、エイチ、オー」
間違いない。これだ。
「エム、オー、ジー、エー、ダブリュー、エー、シー、エイチ、オー。Mogawacho、最川町」
最川町、だ。たしかあそこには駅がある。つまり、この手紙は今黄乃がいる場所の、最寄り駅を指し示しているんだ。
「なるほど、そういうことか」
だから、「これが限界 ごめんね」なんだ。たしかにこの暗号文では、多くの情報力を書き込めない。多くを語れない。
けれど、きっとあの父親による監視があったのだろう。この手紙でさえ、決死の挑戦だったに違いない。
内容がバレないように、しかし必要最低限の情報を伝えるための、手紙。
俺は拳を握った。
(随分と、待たせた……)
今からだと、いくらなんでも時刻が遅くなりかねないだろう。
実行は、明日だ。
まさか、あいつからの問題にこんなに時間がかかるとは。なかなかに不甲斐ない。黒崎の手まで借りて。牧坂の発想も借りて。
「え、待ってくださいよ、先輩。どういうことです? 解説してくださいよ」
「よし、最後になるかもしれないから、しっかり聞けよ。とはいえ、なんてことはない、簡単なものだ。一瞬で終わるだろう」
それでは、これから授業を行う。




