#70 少年たちは虚しくなる
「いました、兄ちゃんです」
「やっぱり二人でいるな。情報どおり、雨宮さんだ」
兄ちゃんの隣りにいた女性。黒色のおさげ、メガネの彼女こそが。
兄ちゃんの今日の、デート相手。
正直なところを言えば、驚いているとかそういう比ではない。今までそういう話なんてちっともなかったし、さらに言えばもしもそういう相手がいるならば、別の人だと思っていた。
えっと名前はなんて言ったっけ。橘、さんだったかな?
隆俊さんから連絡が来たときは、兄ちゃんがデートするって書いてあったので、てっきりその橘さんとのことだと思って聞いてみたら、違うって返ってきて。
まったく知らない女性の名前を出されて。びっくりがいくつ続いたことか。
まあ、それにしても橘さんといい、この雨宮さんといい、兄ちゃん、かわいい女の子を侍らせてるなあ。絶対本人自覚ないけど。
「まあ、とりあえず見つかったことだし、尾行を開始するか」
「いえっさー」
まあ、あの兄ちゃんが何をしでかすのか、結構楽しみだったりもする。
お昼どきになった。いちおう別行動グループにはちゃんとお昼ご飯代を渡しているので、兄ちゃんたちを追って、ちょうどいいタイミングで昼飯を取ることになっていた。
そして今、フードコートの中のカウンター席。観葉植物越しに兄ちゃんたちが見える位置に座った。
「ねえ、隆俊さん。思ったことがあるんですけど」
「奇遇だな。俺もだ」
ここまで、兄ちゃんたちを尾行していて、そしていろんなアトラクションに乗ったりしてるのを外から見ていて(一緒に乗ったら分断されてはぐれかねないし、あんまり近くまで行くとバレかねないし)、思ったこと。
「男二人でこんなアミューズメントパーク、めっちゃ虚しくないですか?」
「それな」
指をさされ、迫真とも言えるような表情だった。隆俊さんの目が若干充血しかかっている。
「なんの罰ゲームだよこれ、備考対象がカップルってのもあるけど、そもそも周りがリアルが充実しまくってる勝ち組で溢れてる中に、男二人でって、俺はリアルじゃなくて二次が充実してるんだよバカヤロウッ!」
隣から聞こえ始めた支離滅裂な愚痴。しかし、なぜだろうか。すごくわかる。「それな」と思わず言ってしまいそうになる。
「しかしまあ、なんか随分と話し込んでるな。食べ終わってからまぁまぁ時間経つけど」
「ですね。次に乗るやつでも相談してるんですかね?」
更にしばらくして、やっと二人が席から立った。それを見た俺と隆俊さんは顔を見合わせて、よし、と立ち上がった。
尾行再開。
「なあ」
「なんですか?」
「あれ、今なんて会話してるのかな」
「えー、隆俊さん。急に何言い出してんですか」
前方かなり距離が先、兄ちゃんと雨宮さんが何やら会話をしているようだった。しかし、周りも騒々しいし、そもそも距離の問題もあって聞こえない。
「えー、だって気にならない?」
「いや、気になるっちゃ気になりますけど……」
はあ、とため息をついて言った。
「デートの会話の想像とか、そんな虚しいことをして更に悲しくなりたいんですか?」
「うっ……」
しかしまあ、聞こえないし、更に言えばやはり兄ちゃんがこんなことするだなんて珍しいので、会話が気になるというのはある。
「まあ、やってみようじゃん、悲しいのはもともとなんだし」
……ドMなのだろうか。そういえば、この人灰原さんの幼馴染なんだっけ。あの、運動においてのみの無自覚Sの……。
灰原さんは、今日はいないんだな。
「うーん、ちょうど会話してるんだけど、なんて言ってるんだろうか」
「やっぱりやるんですか」
「そりゃあな。なんかさっきから悲しさ通り越して楽しくなってきた」
この人もうダメかもしれない。
『遠野くん、あれ見て』
『ポップコーンか。しかしイチゴミルク味ってなんだよ』
『おもしろそうな味だね』
『買ってみるか?』
『ふぇっ!? あ……え、いやいやいやいや、いいよ!』
『遠慮しなくていいんだぞ?』
『ほ、ほんとに大丈夫だから!』
「みたいな?」
「やってて悲しくなかったんですか? ちなみに今俺は割と虚しいです」
「大丈夫、俺も虚しい」
なんでやったんだよこの人。
「あと、俺は雨宮さんって人のことあんまり知らないんですけど、そんな感じの人なんですか?」
「……うーん、こんな感じだった気もしなくはないけど、キャラ崩壊もしてる気がする。微妙。そもそも、あんまり関わったことないしな」
そうなのか。しかしまあ、関わったことがあまりないなら、それはそれで。
どうして隆俊さんはこのデートを知っていたのだろうか。いや、それはなんか手紙があったかららしいけど、どうしてそんな手紙を隆俊さんに渡したんだろうか。
あんまり俺は内情とかは知らないけど、今の話を聞く限りでは隆俊さんの接点って兄ちゃんとしかない訳で。兄ちゃんは学校では女子とも割と関わってるだろうし(家で兄ちゃんが一日の出来事的な話をするときは、女子の話もたくさん混ざってる)。
それでいくなら、きっと両名に接点のある女子だっていただろうに。
なんで、隆俊さんなんだろうか。
……まあ、隆俊さんに情報が行ったから俺も知れたわけだし、その点ではありがたかったけど。
尾行開始からかなり時間が経ったころ、俺も隆俊さんも、限界だった。
「隊長! 尾行対象の兄になにか変化がありました!」
「卓隊員、報告ありがとう。なるほど、進路を変更したのか」
そうやって、なんか別なことをして気を紛らわせるほどに。
「しかし隊長、あの先にはアトラクションはありません」
「アトラクション以外には何があるんだ?」
「あちらには……土産物屋と出口があります、でも……」
時刻はまだ15時半程度。閉園まではまだまだ時間はあるというのに、帰るというのだろうか。
「なにっ!?」
どうやら隆俊さんも驚いているようだった。
「卓隊員……いや、卓。今日はありがとう」
「えっ」
「兄弟たちのもとに戻ってやれ。あとは俺がやる」
グッと、親指を立てる隆俊さん。少し戸惑ったが(というか、純粋にこの二人の様子を見ていていたい気持ちもあったけど)、その好意を受け取ることにした。
「あとで報告してくださいね!」
「おう、任しとけ!」
そう言って、俺は隆俊さんから離れた。だいぶ離れたところまで来たので、とりあえず。
プルルルルル、プルルルルル。
「あ、姉ちゃん? 俺だけど」
まず、合流しないことには始まらない。
***
「さてと、一人になったわけだが」
やはり、二人は土産物屋に入っていくようだった。
お土産なんて嵩張るものを買ってから動くようなことなんてないだろう。そりゃあ、すぐに売り切れるようなものだったら別だろうけど、それなら来てすぐに買うだろう。
やはり、変えるのだろうか。
しかし、一つ問題がある。
土産物屋って、出入り口複数あるから、出待ちってわけにはいかないんだよ。
少々危険だが、行くしかないか。
覚悟を決めて、俺は足を踏み入れた。
土産物屋、すなわちリア充の巣窟に。




