#69 少年は追跡する
朝、一瞬焦る。黄乃と同じ布団の中にいたから。
ただ、すぐに昨晩の出来事を思い出して、理解する。黄乃から「一緒に寝て、お願いだから」と、頼まれたんだった。
昨日の黄乃の豹変ぶりといい、まだまだ謎は多いままだったけど。
まだ眠る黄乃の額を撫でて、少し安堵する。気持ちよさそうにすうすう息を立てている。
さて、俺は今日も学校行くつもり無いし、せっかくだし、どこか出かけようか。
まあ、とりあえずは朝ごはんだ。
……えっと、今なんて? なんて言った?
「も、もう1回言ってくれる?」
「お金をください」
「聞き間違いでなければ、金銭の要求ということなのだが、違いないか?」
「はい」
なるほど、突然どうした。
「……やはりだめですか」
「いや、別に構わないんだが、お前が俺にものを要求することが珍しいなって」
ついでに言うと、文字通り現金なものだし。
まあ、頼ってくれた……というか子供らしく(かどうかは微妙なところもあるけど)ものをねだってくれた事には嬉しさを感じている。
形が現金というところは、若干複雑だけど。
「ちなみに、なにに使うんだ? それから額はどれくらい必要だ?」
「ちょっと行きたいところがあって。額は1000円……いえ、500円もいりません」
「行きたいところ……俺もついていったほうがいいか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
とりあえず立ち上がり、部屋の隅においてあるカバンから財布を取ると、中から札を2枚抜き出す。そして差し出す。
「……? こんなにいりませんよ?」
「余った分は後で返してくれればいい。行ったついでになにか好きなものを買ったり食ったりすればいい」
「わかりました、ありがとうございます」
黄乃は素直にお金を受け取ると、軽く頭を下げた。
「ちゃんと、帰ってこいよ」
「わかってます」
「晩飯はなにがいい?」
「……そうですね、では、オムライスを」
***
兄ちゃんの文化祭の翌日。俺は早起きをした。
すると、兄ちゃんに驚かれた。
「卓、今日は早起きなんだな」
「まあ、ちょっとね」
台所に立つ兄ちゃんと短い会話をすると、スマホに目を落とす。連絡が来ている。
……まだこっちは動きがないです。そう返信を送る。
「そういえば――」
ビクリッと、驚く。なんだ、台所から声をかけただけか。
スマホ、見られたかと思った。
「どうしたの?」
「俺、今日は夜まで家にいないから」
「そうなんだ、どっか行くの?」
「ああ、ちょっと遊びに誘われててな」
なるほど、これはビンゴそうだ。
スマホで「ほぼ確発言来ました」とだけ送る。
「迷惑かけるが、ちょっと出かけてくる」
「迷惑とかそんなことないよ。俺も兄ちゃんが外で遊んでるとこほとんど見たことないし、しっかり遊んで羽伸ばしてきなよ」
「……ああ、そうする」
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ぎぃ、ばたん。玄関のドアが締まった。さて、俺も行くか。
「おはよー、卓兄」
「げっ、あ、いや啓太、どうした?」
「んー? いや、今起きてきたから朝の挨拶ー、それよりどこか行くの?」
うーん、これはまずい。下手に返答すると「行く!」と言い出しかねない。
「ちょっと、部活にな」
「学校のカバンも持たずに?」
あー、もう、なんでこんな時だけ察しがいいんだよ。
「ああもう、正直に言うと、遊園地」
「遊園地! 行きたい!」
「予想通りだなこんちくしょう!」
まあ、啓太だけならまだ――。
「遊園地? 舞綾も行きたい!」
「ちょっと卓! 今遊園地って聞こえたんだけど!」
「なんでお前らは遊園地の単語にこうも都合よく目をさますんだああああああ!」
さて、どうしたものか。こいつらからは「いーきーたーいー!」との声が絶え間なく続いていて、どうも俺ではなだめられそうにない。
こうなってしまっては、仕方ない。
「だああもう、行きたいやつは今すぐ用意しやがれ! 10分以内に準備できなかったやつは問答無用で置いてくからな!」
その言葉に、家の中がガタガタバタン、ガチャンドンと、見事に騒々しくなる。
そして10分後、見事全員揃った。
さっきの騒動で一切顔を出していなかった幹人まで、ちゃっかり。
「……で、この大所帯というわけか」
「ほんっとうにすみません」
「いや、いいよ。正直なところ、こうなるまでは想定内だったし」
目の前の相手は、片手でスマホを操作しつつ、そう言った。
「そんじゃ行きますか」
「……とりあえず、ついてくるのは構わないけど、絶対邪魔しないでくれよ?」
はーい! と、不安すぎる返答。
「あと、遊園地に兄ちゃんいると思うんだけど、絶対に見つかっちゃだめだからな?」
「……はーい?」
まあ、突然そんなこと言われても、だよな。
ことの始まりは十数日ほど前、今俺の隣でゲームしながら歩いている隆俊さんからの連絡だった。
調べたいことがあるから、協力してほしい。そういう旨の連絡だった。
詳しく話を聞いてみると、どうやら文化祭の翌日に兄ちゃんが遊園地に誘われているらしくて。
どうも相手は女子らしくて。
それも兄ちゃんに気がある可能性が……!
しかし兄ちゃんには橘さんというれっきとした相手がいるわけで(ただし卓視点)。
だから別の女にうつつを抜かすなどあっていいわけがなくて(ただし卓視点)。
とにもかくにも、まずは事実かどうかもわかってないらしいけど。じゃあどうやって他の情報を仕入れたの? ってなるけど。
まあ、なにもなかったならなかったで、それはいいんだけど。
後ろで妹弟+姉がとてもルンルンと歩いていた。全く……。
「ゆーえんちー!」
「ゆーえんちー!」
小学1年生の二人組が、めちゃくちゃに喜んでいる。まあ、そういう年頃か。
「ゆーえんちー!」
うちの姉は、きっとどうかしているのであろう。仮にも受験生め。
「とりあえず、全員分払って」
「あ、隆俊さん。兄弟の分は俺が払います」
「ん、まじ? ……いや、いいよ。俺が巻き込んだんだし」
「いえ、こちらこそ悪いので」
…………にらみ合いが続いた。どっちが払うのか、という。
割と真面目に、どうでもいい戦いが。
結局、折半ということで落ち着いたが、正直納得行ってない。
「ねえ、どれに乗る? 啓太」
「舞綾が行きたいところでいいよ!」
「こらー二人ともー! 勝手にどこかへ行かないー!」
入ってすぐに駆け出していこうとしたのを姉ちゃんが止める。
「とりあえず兄ちゃん探さないと」
「でも、啓太と舞綾が騒いで、近づいたら見つかっちゃうんじゃないですか? 卓兄さん」
「うおっ! ビックリさせるなよ、幹人」
気づいたときには、もうすでに真横にいた。心臓飛び出るかと思った。
「ここで1つ、提案があります」
「……なんだ、言ってみろ」
「美弥姉さんと卓兄さんは携帯を持っているので連絡を取り合えます、そこで卓兄さんと隆俊さんが葵兄さんを探して、それ以外のメンバーは美弥姉さんから離れないことを条件に自由に回る、というものは」
「なるほど確かに合理的だ」
……が、
「それ、お前も回りたかっただけだろう?」
「バレましたか」




