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#65 忘却少女は交渉する

 やっと、私が今どこにいるのか把握できる場所まで来た。やはり、私1人で不用意に歩き回らないほうが吉なのだろう。

 しかしそうなると、これは困った。灰原さんや蓬莱くんはさっき出会ったけど、灰原のテンションを考えるとまた1人置いてけぼりになって再度迷子に――ということがあり得る。

 だからといって遠野くんは最後の最後のシフトになるまで休みが無いわけで。


「だめだ、私動けない」


 文化祭って、どうやって楽しめばいいんだろうか。

 窓の外を見てみると、屋台に人にと、なかなかに賑わっている。あそこに混ざりたいものだが、混ざったら最後、1人で帰ってこられる自信がない。

 日はまあまあ傾いていて、どれだけ私が1人彷徨い歩き、例の読書文芸部の部室で時間を喰っていたかがわかる。


 四方八方全て塞がっている。ついでにこうしてる間にも文化祭終了は近づいている。

 楽しみたかったなあ――


「こんなとこにいた。橘お前、今までどこにいたんだよ」


 聞き慣れた声に、私は耳を疑う。


「なんで、遠野くん? シフトは?」


「なに言ってんだよ、もう最終のシフト時間になってるから俺の分は終わり。そんなことよりも灰原が橘さんがいなくなったって大騒ぎしてたぞ」


 そうか、もうそんな時間になっちゃってたんだ。それから灰原さんは……ある意味自業自得といえばそうなんだよなあ。どっちかというと私は放って行かれた側の人間なんだし。


「それより、お前今まで文化祭なにやってたんだよ」


「うっ、えっと、それはですね……」


 言うべきか? 言うべきかなのか!? この年になってまで学校で迷子になってお姉さんに保護されてましたって。

 読書文芸部ってところで話してたって。


 色々渋った結果、言うと。


「なんだ、その程度か。灰原が大騒ぎしてたから何事かと他のみんなビビってたからな」


 ちなみについでに灰原さんに放って行かれたことも伝えておいた。私の安否は遠野くんから灰原さんに伝えておいてくれるらしい。


「さあてっと」


 スマホでカタカタとなにか打っていたその手が止まると、遠野くんはこちらを向いた。


「今からなにをしようか。丁度橘も今までなにも見れてなかったわけだし、俺と一緒なら迷子にならないだろうし」


 ぐっ、と。善意で言ってくれているのだろうが、地味に心に刺さる。


「もうだいぶと終わりの時刻迫ってるからそこまでいっぱいは回れないだろうけど、どこ行きたい? 好きなところ言ってくれ」






ほわっつい!」


「別に誰も盗りやしねえんだから落ち着いて食えばいいのに」


 遠野くんの言葉に自分の行動をたしなめる。

 はふ、はふ、はふ。アツアツのたこ焼きをもともと1つ口に含んでいたのに、なぜか更にそこにもう1つ追加してしまった。

 おかげさまで火傷寸前である。


 随分と人ははけ始めていた。それもそのはず、あともう少しで文化祭が終わる。

 このたこ焼きだって、終了間際の投げ売り状態だったやつを買ってきた。


 明日は、今日より楽しいだろうか。

 今日は、昨日より楽しかっただろうか。私はふとそんなことを思った。


 比較のしようがない明日、そして昨日というそんな日を思いふける。


 明日、か。


「あ、そうだ。遠野くんの明日のシフトって確か」


「ん? ああ、朝も言ったとおり、今日と同じで最後以外全部だな」


 やっぱりか。朝も思ったけど、これはなんとかするべき案件かもしれない。


「あ、橘は明日も一緒で朝イチだけだからな」


「う、うん。ありがとう」


 私は口にたこ焼きを入れる。


「あっつい!」


 忘れてた。






「うっひゃあ、疲れたあ」


「まさかこんなことになるなんてな」


「もう明日やらなくてもいいんじゃね?」


「てか、追加の食材買ってこないとでしょこれ」


 クラスに戻ってみると、みんな疲れている様子で、でも明日の話で盛り上がっていた。


「えっと、ねえ、遠野くん」


「なんだ?」


「文化委員って誰だっけ?」


「俺だが」


 いや、違くて。そうじゃなくて。


「遠野くんじゃない方の人って、誰だっけ」


「ああ、それなら」


 遠野くんが軽く指をさして教えてくれる。なるほど、名前は雨宮さんと言うらしい。


「じゃ、じゃあ私ちょっと用事あるから」


「そうか」


 そう言って私は遠野くんから離れる。遠野くんは唐突な話だったのになにも不思議がらずにしていた。そして、雨宮さんの方に近づく。


「ねえ、雨宮さん、で合ってる?」


「そう、だけど、どうしたの?」


「ちょっと、相談したいことがあって」


 初めて話す相手(少なくとも今の私にとっては)だから、本当に緊張する。でも、正直なところそんなこと言ってる場合じゃない。


「あのね、遠野くんのシフトの件なんだけど」


 そこまで言うと、彼女の目が変わった、あれ、もしかしてこれつついちゃいけない案件だった?


 ガシッと手を掴まれる。あ、やばいやつかもしれない。


「橘さん!」


「はい!」


「やっぱりあなたもそう思われますか?」


「…………はい?」


 いや、待ってほしい。なんのことだかさっぱりわからん。

 そんな私を置いてけぼりに彼女は話し続ける。


「今日の成果は確かに遠野くんの力あってこそのものでした。しかしそれでは遠野くんの負担は増え、また我々は頼ることの楽さ、やらないということを学んでしまいます」


 あ、えと。なんか、難しい話が始まった。どこかで聴いたことがあるような気もするけれど。


「そこで、明日の遠野くんのシフトを減らそうと考えていたのですが、橘さん。あなたも同じ意見なのですね?」


「あ、うん。そ、そう」


 うわあ、私なんて「遠野くん大変そうだなあ」くらいでしか考えてなかったのに。雨宮さんってすごいんだな。


「それでは、代わりにシフトに入っていただける人を探しましょう! 事情を説明したらきっとみんなやってくれますよ!」


「そ、うだね」


 数秒後、腕を引っ張られ、様々な人の元を一緒に巡ったということは言うまでもない。

 ちなみに、代わってくれる人は見つかった。






 家について、体中から力が抜ける。


「ただいまあ……」


 玄関入ってすぐの廊下にうつ伏せに突っ伏す。ああ、フローリングがひんやり気持ちいい。


「あらあら、優奈ったら。それにしても大盛況だったわね」


「あ、お母さん……っていうか、来てたの?」


「ええ、もちろんよ。残念ながら会えなかっけど」


 そういえば今朝にも「楽しみにしてる」とか言ってたっけ。


「それはそうと、優奈は楽しかったのかしら?」


 そう聞かれ、私は「うーん」と少し考えて、今日1日を振り返って。


「うん!」


 短絡にそう答えた。驚いたり大変だったり恥ずかしかったりはしたけど。それ以上に楽しかったから。


「そう、それならよかったわ。じゃあ、シワになる前に制服着替えてきちゃいなさい」


 そう言われ、私は渋々フローリングから離れた。






「あ、メモ、忘れないうちに」


 着替え終わった頃に、ふとそう思った。

 今日1日を書き記す。こうやってみると、いろんなことがあったんだなあ。

 そして、ピタリ。手が止まる。そしてそれから書いた。


「死……って、ほんとになんなんだろうか」

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