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#64 少女は読書を勧められる

「唐突な質問なんだけど、読書……好き?」


 私はそう尋ねた。彼女は両手にペットボトルを抱えてこちらを向いた。


「読書は……あんまりしません」


「……そうなの」


 少し残念に思えた。まあ、最近の子は読書離れしていると聞くし、まあ仕方ないか。


「ねえ、もしアレだったらなにか読んでく? 本ならいっぱいあるし、なんなら1冊くらい持っていってもバレないし」


「ええっ、それは悪いですよ!」


「いいよいいよ、話なら私がここの部のやつにつけとくし」


 軽快なテンポで歩き、本棚を覗く。


「いえ、本当にいいですよ?」


 再度断られる。なんとか勧めたいところだけど、あんまりしつこくするのもよくないか。




   ***




「読書は……あんまりしません」


 嘘だ。あんまりじゃない。全然、しない。

 というか、できない。


 途中まで読んでも、そこで寝てしまえば内容を忘れてしまって、また振り出しから。

 そんなことを繰り返しているうちに、全く読まなくなってしまった。無意味だと、わかったから。


「そうなの……」


 少し残念そうなお姉さんの声。申し訳なく思えてくる。 


「ねえ、もしアレだったらなにか読んでく? 本ならいっぱいあるし、なんなら1冊くらい持っていってもバレないし」


「ええっ、それは悪いですよ!」


 突然の提案に、私は驚きながらに言う。借りたところで読めないのだから、借りるのは悪い。


「いいよいいよ、話なら私がここの部のやつにつけとくし」


「いえ、本当にいいですよ?」


 再度念を押すように断る。

 しょんぼりとした様子には、やはり罪悪感を感じる。


「ねえ、また唐突な質問してもいい?」


「あ、はい。大丈夫です」


 私は顔を上げてそう言う。今度こそはお姉さんの期待に添える回答をしたい。


「もしも、目の前に今にも死にそうな人がいて」


 その人に死んでほしくないとき、なんて声をかける?


「へ? あ、え?」


「ごめんね、ちょっと唐突すぎたかな?」


 唐突すぎたとか、そういう比ではない。

 でも、今ふと思ったけど、死について、あんまり考えたことなかった気がする。


 死ぬって、なんだろう。




   ***




 私ってば、なに聞いてるんだろう。話題として「死」とか重すぎでしょ、バカじゃん私。

 それも相手は初対面だってのに。


「死ぬって、あんまり真剣に考えたことないです……けど、たぶん、死なないでって、言うと思います」


「だよね、きっと私もそうだと思う。でも、文学の世界はそうじゃないの」


 2つの瞳がこちらを見つめる。その視線があんまり素直で真っ直ぐで、思わずふふっと笑ってしまう。


「例えば、そうね。私が好きな言い方だったら、私と生きてっていう言い方かしら」


「私と生きて……? どうしてそれが死なないでってことになるんです?」


「考えてみて、誰かと生きるためには自分が生きてないといけないでしょ? それに、この言い方だったら死なずに生きたその先、なにをすればいいか、その目的付けもできる」


 死なないでという言葉、それ1つとってもいろんな言い換えがある。ただ、それは文学の中での話。


「でもよく考えてみて。もし目の前にいかにも死にそうな人がいて、その人に向かってなにか言うときに、そんなまどろっこしいひねくれた言い方がパッと出てくる?」


 フルフルフル、大きく首が横に振られる。


「そう、回りくどい言い方はすぐには思いつかないし、相手だって正常な判断できないんだからホントなら通じない。けど、冷静に見ればその意味が伝わる」


 さて、と。私はここで問題を投げかける。


「そんな状況を見ながら、それでも冷静でいられる人って、どんな人?」


 彼女は頭を抱えてうんうん唸る。ヒントもばら撒いたのに果たしてそこまで考えることだろうか。


「…………えっと、狂人です?」


 うん? と、聞き返そうかと思った。そしてしばらく考えて、それから。


「あっは、あっははははは!」


 予想外だったその言葉に、思わず1人大笑いしてしまう。


「ああ、確かにその通りだね、ちなみに私が考えてた答えは読者ってこと。本の前にいる人たちは、冷静でいられるでしょ?」


 カアアッと顔が赤くなる。私としては予想外の答えを弾き出したところは凄いなあと思ったんだけど、彼女としては恥ずかしかったようだった。


「まあ、そういうことなんだよね。他にも、本は私達が経験したことのないことを擬似的に体験させてくれるんだよ」


 その上で、興味を持ったことは自分でも実際に体験してみるといい。


「さて、それで、読書してみる気になったかな?」


「すみません、それでもちょっと。読みたいのは山々なんですけど、読めない事情があって」


「あらら、それは残念」


 見事にふられちゃった、またも私は笑ってしまう。






「はーあ、あっつい…………ん?」


 ガチャリ。ギイイ。扉が開く。

 あ、まずい。帰ってきやがった。


「なんだ、瑞希。戻ってやがったのか」


 入ってきた男子生徒は私の方を見てそう言う。


「で、その女子は誰?」


 まあ、当然そうなるだろう。


「あー、ちょうど迷子っぽくてね、保護してたの猫ちゃん」


「猫ちゃんって!? てかそれ俺のやつじゃん!」


 男子生徒、陽人はるとがペットボトルを指差してそう叫ぶ。


「まーまーいいじゃん、なんなら今度私が買ってきてやるし」


 勝手にあげたのは私の責任だしね。まあ、実のところを言うとジュース1本くらいでネチネチ言わないでほしいんだけど。


「ところでほんとに誰なの?」


「あ、えっと、私は橘です、橘 優奈です」


「へー、橘ちゃんかー、かわいい名前」


「橘さんっていうんだね、俺は陽人って言ってここの部長、そこにいるのは瑞希っつって、こんな格好にこんな声の高さだけど実は……」


「ああああああああっ! ちょっと待ったあああ!」


 私は思い切り陽人に向かって腕を振る。首辺りにクリーンヒットして、そのまま地面に叩き落とす。


「かはっ、げほっ……、なにしやがる!」


「あ、ごめん。つい」


 まあ、ちょっとくらいは陽人にも責任あるんだけど。

 女装このすがたのときは、私のことは女として扱うっていう、知らない人には絶対に女装だってバレないようにするっていう。


 そういう約束だから。




   ***




「あ、その、色々お世話になりました」


「うん、またよかったらいつでも来てね」


 瑞希さんに見送られて、私は部屋を出た。

 ここは別館で、実質部活棟になってるらしく、それもマイナーな部ばかり揃ってるらしくて人通りはほぼ皆無。

 本館までの道のりは教えてもらったので、帰られるけど。


 それにしても、不思議な人たちだったなあとか。それに、それに。


 とっても、考えさせられた。「死」とは、なんなのか。


 死ぬな、と回りくどく、瑞希さんの例えだと「私と生きて」と。

 そう言われたときに、ちゃんとその意味を冷静に汲める。

 そんな緊迫した場面で、冷静でいられそうな人。そう聞かれたとき、私が思い出した人。狂人ではないけれど、思い出した人。


 遠野くん。なんで、そう思ってしまったのかはわからないけど、どうしても彼のことしか思い出せなかった。

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