#63 忘却少女は案の定
ジッと遠野を見続ける。あんまり見つめ続けると怪しまれるので運ばれてきた水に適度に手を付けたりしながら。
遠野は、多忙そうだった。ここまで繁盛している理由の1つに彼がいるからか、その多忙さは異質を極め、他の誰よりも忙しなく動き続けていた。
「それにしても、アレは……」
他の誰よりも多忙に動き続けているにも関わらず、彼には――が見えない。
無意識にそうなっているのか、はたまた意識的に。
とりあえずは、まだ調査する必要がありそうだ。
文化祭が終わると、すぐに次のイベントがある。
あいにく、そのイベントには私は参加できないんだけど、キチンと彼は意図を読み取ってくれただろうか?
***
「やっとだね」
「ああ」
やっと中には入れそうだった。1つ前に並んでいた少女が呼ばれて中に入る。それを見て1番前まで詰める。
「それにしても、鈍川くんにこういう趣味があったなんて、ビックリだよ」
「いや、一応訂正しとくと別に俺がこういう系が好きなんじゃなくて、話題になってたから行ってみないかってだけで」
と弁明してみたが、かえって嘘っぽく見えてきた。
「それより白石だって、どうしてここに?」
誘った俺が言うのもなんなんだけど、てっきり断られると思っていたし。
尋ねると彼女は口元を手で覆い「うーん」と言って悩み始めた。
「ちょっと、気になったから、かな」
白石にとって、あの動画の中のなにが気になったのか。あからさまにそれは誤魔化された。
誤魔化された、ということはきっとそこには理由があることだろう。
あえて、深く立ち入らないことにした。
せっかく彼女に笑顔が戻りつつあったから。
「お疲れ様です」
顔立ちの整った好青年が立派な服に見を包んで現れた。見覚えのある、動画にいた少年だ。
まさか会えるとは思っていなかったけど。
「あ、えっと……遠野くんだっけ?」
「ああ、白石さんですか、その節はありがとうございました」
は? ん? え? お?
「いいのよ、たまたま居合わせた縁だし。それにしても話題になってるみたいよ」
私は詳しく知らないけど。と、そんな白石。
いやまず俺は知り合いだったということ初耳なんですが。
「ああ、やっぱりなってましたか。この集客は流石に疑ってたんですけど」
遠野と呼ばれた少年は頭をポリポリと掻いてニカッと笑いかけてきた。
「まあ、とりあえずどうぞ」
少年の案内で、俺たちは通された。
なんか、まだ俺だけ仲間外れ感が否めない、そんな状況のまま。
***
「たっちばっなさーん!」
背後より、声が聞こえてくる。わかりきった正体に私はそっと、体を横にずらす。
流石に朝にも食らっているので、把握している。
「ちょっ、わっ、きゃああああああっ!」
ズドン、と。飛びつこうとしていたのだろう。顔面からダイブしていた。
躱さなかったほうがいいだろうか? とは思ったけど、そうしなかったら私がこうなっていたので、灰原さんの自業自得だと思うことにした。
「いったあああい」
「当たり前だろバカ猿が」
人混みの奥の方から、これまた聞き覚えのある声。
ああ? という声とともにユラリと灰原さんは立ち上がる。
「ああ? 隆俊、いまなんつった?」
「バカ猿だ、バカな猿だと言ったんだ」
「ふふ……ふ、ふふ…………」
不穏な笑い声が聞こえてきた。力ないそれは次第に弱まり、ある一点を通り過ぎると止まって。
「死ぬ覚悟はできてるんだろうなあああああああ、隆俊いいいいいいいい!」
「うっわ、逃げろっ!」
少しだけ姿が見えた蓬莱くんは、すぐさま人混みに紛れて見えなくなる。灰原さんも同じく人混みに混じってどこかへ行ってしまった。
「いったいなんだったんだ…………」
困惑しながらも、ただここに突っ立っていても仕方ないだろうと、私は足を動かした。
ところで、動かしたのはいいんだけど。1つ問題がある。
「ここって、どこなのかな?」
現在地、不明。
「ええ…………なんで…………」
まさかこの年になってまで、学校という比較的狭い範囲において、
「迷子に、なるなんて…………」
人通りのない、というかもはや人すら見当たらない。
「というか、ここほんとに学校なの?」
床板は随分と日に焼けていて、壁もシミが色濃く表れている。
こんなところ、見たことない。
いつも見る校舎とは、随分かけ離れた景色にどうしても動揺してしまう。
ペタリ、と。その場に崩れる。嘘じゃん、と。
いやいやだって、だって私見たことないもん。学校の中の、床が木の廊下とか。
「まじでどこ……ここ……」
無作為に進んむんじゃなかった。不安に押しつぶされそうで、自然と涙が出てきそうになる。
人が見当たらないから何も聞けないし、普段私が目印にしてるような教室ないし、なにより初めて見たよ、第2数学研究室とか。
「うう……どうしよ…………どうしよと」
「あ、あの……」
私のじゃない声。緩みかけた涙腺に閉じろと念じながら後ろを振り返る。
「えっと、もしかして」
見たことのない人、きれいなお姉さん。
ワンピースに見を包んでいて、とりあえず生徒ではないだろう。制服じゃないし。
女性はかがみ気味で私を覗き込んできた。
「迷子なのかな?」
まあ、この状況でそれ以外を想定するのもキツイだろうし、なによりその通りだし。
「ふぁい……」
肯定しか、なかった。
「ほら、入って。クーラーつけっぱで来たから涼しいはずよ」
ギイィと軋みながらドアが開くと、中から涼しい風。
秋になったばかりのこの季節でも、心地よい風だった。
「あの、1ついいですか?」
「ん? なに? 迷い猫ちゃん」
さっきからどうしてから、私のことを迷い猫と呼んでくる。
少しむうっと思いながらも、迷子だったことには違いないのでなんとも言えないのだが。
「お姉さんって、いったいどういう人なんです?」
***
「お姉さんって、いったいどういう人なんです?」
ドキリ、とした。まさか、バレたということだろうか。いや、それは考えにくいか? お姉さんと呼ばれているし。
私が、私が。
「ここの卒業生とか? 服がワンピースですし、てことは今生徒ではないでしょうし」
そっちかーい、いや、そっちかーい。
まあ、バレてないようなら、それはそれで問題ないんだけど、
「うーん、まあ、ここの部屋の関係者ってところかな」
嘘ではない。断じて、断じて嘘ではない。
迷い猫ちゃん(仮称)が中に入って、私も中にはいる。秋になったとはいえ、まだクーラーは欠かせない。
「あ、あと、私のこと迷い猫って呼ぶのやめてくれません?」
「ん? だって間違ってないでしょ?」
名前わからないしね、それならかわいい呼び方で呼んであげたいし。
「間違っては…………ないですけど…………」
不服そうな表情、これもまたかわいい。
……と、そんなことよりっと。
「ほら、これあげるから飲みなさい」
部屋に設置されている冷蔵庫を開けて、中から冷えたジュースを2本取り出す。1本は迷い猫ちゃんに。
「あ、ありがとうございます」
私はキャップを回し外して口に当てる。
こきゅっ、こきゅっ、こきゅっ。冷たい感覚が喉を通る。
「ぱあ…………あ、美味しかったです」
「それはよかった」
かわいらしくこちらを向いてくる。それを見てグッとくる。
やはり、かわいいは正義だ。
「それにしても、ここは……?」
「ここは読書文芸部の部室だよ、パソコンとか、それから原稿用紙とかも散乱してるでしょ?」
「お姉さんも、なにかやってたんです?」
「ううん、私も……あっ、なんでもない」
ふと、私もまだここで書いている、とは言えなかった。そういえば彼女の中では私は今、ここの卒業生って設定だった。
キョトンとした表情。まあ、失言は回避できたのでよしとしよう。
バレたら、どう思われることだろうか。




