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#60 少女は失敗を犯す

 一瞬、考えた。どうするべきかと。


 目の前にて腰が抜けて動けないでいる女子生徒。彼女の手に握られたスマホ。

 その中にあるデータ、動画ないし写真。


 それらを、消去すべきかどうかを。


 さっきの状況を撮られていた。もうすでに十分マズイ状況である。

 ただまあ、マズイとはいっても本人の手元にあるだけならなんら問題はない(マズイのには代わりはないが)。問題があるのは、これが例えばSNSなんかに投稿されたとき。


 俺1人が写ってるものなら、まだいい。実際以前に流れたこともある。

 問題は今回は黄乃が写っていること。この動画ばっかりは下手をすれば黄乃の存在が学校側にバレかねない。


 それは、避けたかった。


 しかしそれと同時に、この場から早く立ち去りたいという気持ちもあった。

 相当にマズイ状況、ただまあここにいる女子生徒の多くは始まりから結末までを見ているから、なにがあったのかはある程度把握しているはず。


 ただ、第三者ならどうだろうか。倒れ伏せる女子生徒たち、幼子を抱える不良生徒。

 事件が起きた。その発想に至るのは至極簡単だろう。


 ギュッと、首にかかる力が増す。黄乃からの、最小限にして最低限の意味を持つ、メッセージ。

 それに後押しされ、俺は女子生徒たちに背を向けた。階段へと向かう。


 消去するには、スマホを奪わないといけない。他人のスマホ。簡単に扱えるものでもないし、そもそもおそらくはロックが掛かっている。

 4桁のPINコードだと仮定しても、それでも1万通りのパターンを有する。そう簡単には解けない。


 そういった一連の操作中、ここに誰かが来ないとも限らない。

 もし万が一、そんな状況を見られたなら。

 考えただけでも、恐ろしい。


 それに、黄乃も、ここにはいたくなかったらしい。理由の説明はなかったが、だいたいわかる。

 ここではできないのだろう。


 階段に到着する頃、もうさっきまでの女子生徒の姿は見えなかった。


 その代わりに、階段を降りる途中1人の女子生徒が姿を現した。

 その女子生徒は下の階から上がってきているようだった。


「ああ、ごめんなさい。遅れ――」


「悪い、約束は守れそうにない」


 俺はその女子に小さく呟いた。すれ違いざまに。


「え、ちょっと紫崎くん!」


 後ろで女子、白石が叫んでくるが、留まるつもりなど毛頭もない。


 タッタッタッと白石が駆け寄ってくるが、無視を貫く。

 ここで下手に彼女を巻き込むのは、あまりよくないだろう。


「待ってってば!」


 彼女はまだついてきているようだった。




   ***




 え、今なんて?

 耳を疑う言葉が聞こえた。


 そのあまりの驚きに、私は一瞬対応が遅れる。


「え、ちょっと紫崎くん!」


 階段をゆっくりと降りていっていた。その彼を急ぎで追いかける。


「待ってってば!」


 そう叫んでみるけど、紫崎くんはそれに全く従おうとしない。


 この仕草、さっきちらっと見えた表情、そして黄乃ちゃんの、今の様子。


 上で、なにかあったのだろう。なにがかはわからないけど、なにかあったのだろう。




 そのまま、下足まで降りてきた。

 もともと周囲から畏怖されているような紫崎くんだった。それが相当な剣幕を伴って階段を降りていけば、そこに生まれた恐怖が伝播したようで。


 下足に至るまで、いや、その後校門までの道に一切の人混みがなかった。みんな、逃げていた。


 紫崎くんは、そのまま校門から出ていった。その際「悪い、先生には適当に言っといてくれ」と、ただそれだけ。

 それ以上もそれ以下も説明なく、ただそれだけだった。


 2人が学校から離れていく。遠く、遠くまで行った頃。どこからともなく、子供の泣く声が聞こえた気がした。




 とりあえず校舎に戻ろうと、下足まで来ると1人の男子生徒が待ち構えていた。


「やっちまったな」


「…………ええ」


 私も、相手の男子、鈍川くんも、2人とも低い声だった。


「とりあえず、部室行くか」


「ええ。お願い」


 たしか、今日は終わりまで開けっ放しでいるとか紫崎くんが言っていた気がする。鍵は開いているはずだ。




   ***




「すみません、お待たせしました!」


「頑張ってみたのですけれど、お口に合いますでしょうか?」


「どうです、おいしいですか?」


 みんな、上手だな。


 お盆を小脇に抱えながらにそんなことを考えていた。


 店の端っこで、1人立っていた。

 するとふとした瞬間に気配を感じる。かなり、突然に。


「と、遠野くん」


「ちゃんと、やってるか?」


 相変わらず表情の意図の汲めない遠野くんだった。まあ、今の状況を考えてこの無表情の中にある意思はなんとなくわかる。


 つまり、ボサっとしてないで「働け」と。


 私は突き動かされるようにして入り口へ向かった。


「お疲れ様です、どうぞこちらで休憩してください」


 席へと案内する。



「注文は以上でよろしいですか?」


「はい、お願いします」


 受け取った注文は、さっきもやった通り裏方へと持っていく。しばらくする頃には出来上がるので、それまではしばしの休憩。

 紙コップに入った水を一気に飲み干す。かなりの間ホールにいたせいか、かなり喉が渇いていた。


 それにしても、さっきから大変だった。大変だったとはいえ、ずっと動いてた人よりかは私は全然動けてなかったんだけど、それでも写真を一緒にと言われたり、ポーズとってと言われたり。結構大変だった。


 裏方は客が来ないから、楽だなあと。束の間の安息に浸っていた。


「橘さーん! 注文できたよー!」

 

「は、はーい!」


 束の間の休息は儚く消え、

 またも緊張のホールへと向かう。


「お、お待たせしました」


 タッタッタッと少し駆け足気味で注文を受けたテーブルを目指した。


 なんでこのとき、急がなくてもいいのに私は駆け足で向かっていたのだろう。


 両手はお盆で塞がり、もちろん足元の視界も塞がれている。

 そもそも視線は前にしていて足元なんて注意してない。なのになんで私は駆け足で移動したのか。


 そんなことしたら、怒ることはただ1つ――


 突然、前への推進力を奪われ、直後若干の浮遊感。

 要するに「躓いた」というわけで。

 両手にはお盆を持っていたわけで、もちろん手をつくことなんて出来そうにない。

 というかさらなる問題はお盆の上に料理が乗っているということで。


 ああ、できることなら数分前の私を。いや、数秒前の私を叱ってやりたい。

 走るな、と。慎重に行け、と。


 ただまあそれは、無理な話であって。




   ***




 さて、と。とりあえず今考えるべきは。


「白石、お前はこの状況になったきっかけがなんだったなのか、知ってるのか?」


「ごめん、確認する前に追いかけちゃって、わからない」


 まあ、当然というところか。会話の相手が遠ざかってるのに、その相手無視してほかを見に行こうとは、あまり思わないところだろう。


「でも、でも。私のせいだ」


 彼女は、そう言った。俺は黙ってその先を聞く。


「私が待ち合わせに遅れたりするから。だから、こんなことに」


「まあ、今はそれは関係ない」


 こういうとき、どういう返しが正しいのか、さっぱりだ。

 ちなみに今採った選択肢、間違ってる自信ならある。


「とりあえず一旦考えるべきは、なにが起きたのか、だろう」


「うん、わかった」


 とりあえず、納得してくれたらしい。まだ、弱々しい声ではあったが。


「まあ、なにがあったのかと聞かれれば帰ったというところから考えれば九分九厘暴力沙汰だろうな」


「私もそう思う。少なくとも放っておけば大衆が集まりかねない状況だったんだとは思う」


 あの2人は、周囲の目を未だ苦手とし、嫌いとしている。この文化祭というタイミングで暴力沙汰が起これば、必ず疑念や興味、その他諸々の視線が集中するだろう。


 学校から帰った。逃げたのも、理解できる。


「ただ、ただね」


 白石の口から、なにかが告げられようとしていた。ただ、うまく言語化できないのか、少し苦しそうにしていた。


「1個だけ気になったのが、黄乃ちゃんも、抱えられてた黄乃ちゃんが、すっごく泣きそうだったのと、それから学校の外に出てからすっごい泣いてた」


 なるほど。白石が頑張って言語化してくれた情報。かなり進展はあった。

 つまり、今回の件には黄乃ちゃんが絡んでいて。

 それどころか、なにかしらの被害があったようで。

 暴力沙汰(暫定)があったので、紫崎の立場は更に悪くなって。


「こりゃ、文化祭どころか数日間くらい学校来ねえかもな」


 俺がふとそう言うと、青褪めた白石が今にも泣きそうな表情だった。

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