#58 少女は少女(?)を捕縛する
「すみません、すみません。通してください、すみません」
謝り続けながらに私は人混みの間を抜けていく。うまくスルスル抜けられることもあれば思い切りにぶつかることもあった。
ただまあ相手も同じくなようで、頭頂部と私との距離は近づいては遠ざかってを繰り返していた。
「捕まえたっ!」
ある僅かな瞬間だった。うまい具合に私はスルスル抜けられ、逆に相手は進行を阻まれたその瞬間、腕が見えた。
好機と思い、その腕へと手を伸ばし、掴んだ。
手袋越しに掴んだという実感が湧いてくる。
しっかりと握ると、私はその腕を自分の方へと手繰り寄せた。
「ほえっ!?」
思わず頓狂な声を上げる。
手繰り寄せた腕をよく見てみると、真っ白でキレイな女性の腕。
咄嗟だったから、気づかなかったのだろうか。
そして顔を上げてみると、私が捕まえた人は…………
…………女性だった。
これはマズイ。
瞬間私の脳内を巡った言葉だった。
女性の顔には見覚えがない。……いや、なにか、どこかで見たことがあるような気がしないではないが、記憶にない。
とりあえずまあ言えることは、桜井先輩ではなく、すなわち、
「ひっ、人違いでし――」
「あーっ! 英莉ちゃんじゃない、久しぶりー! あ、そうだ。せっかくだからちょっと向こうに行って話さないー?」
はい?
全く状況が理解できない私は口をポカンと開けた。
いや、あなた誰ですか?
***
「お疲れ様です、さあこちらにお座りください」
誰かがそう言ってお客さんを出迎える。誘導先は白いテーブルクロスをかけてあるだけの生徒用の机。
まあ、生徒用の机を2つくっつけてあるから、それなりの広さはある。
絢爛な衣装を身に纏った生徒はそのままメニューを渡し、注文を待つ。
待っている間に他の誰かがコップに水を入れてそれを持ってくる。
そうしてオーダーを受け取ると、生徒はバックヤードへと注文を渡す。
こうして喫茶店は進んでいっていた。
そんな中、私はなにをしていたかというと。
「おい橘、起きてるか?」
「ふぁっ、ふぁい! 起きてます!」
端っこでただ突っ立って動けないでいた。
「…………ったく、恥ずかしいとかそこいらなんだろうけど、ほら、ちょうどいいタイミングで客が来たぞ」
そう言われ、入り口の方に目を向けるとスマホ片手の男女がちょうど入ってきていた。
遠野くんはポンッと私の背中を押してくる。つまり、そういうことだろう。
「あっ、えと、その…………」
少しキョロキョロしながらたじろいだが、一瞬視界に入った遠野くんが頷いていた。
私は意を決して言う。
「お疲れ様です、さあこちらにどうぞ――」
自然にやれているか、ただそれだけが気になっていた。
いやきっと自然にはやれていないだろう。髪の毛の先の先までガッチガチなのがわかる程度には体が強張っている。
「とりあえず、お水をどうぞ」
脇から遠野くんが出てきて水を置いてくれた。容姿もそうだけれど、自然で滑らかな演技、かっこいい。
おぼんを脇に抱えて遠野くんが去るその直前、私の肩をバレないように小さく叩く。
遠野くんの気遣いだろうその行為に、私の体はちょっとだけ解れた気がした。
とは言ってもガッチガチだったのが少々マシになった程度で
「あ、じゃあすみません」
「はっ、ふぁい!」
ぎこちなさには大差ないように思えた。
「じゃ、橘さん、これお願いね」
「わかりました…………!」
オーダーを受けてしばらく、バックヤードで料理を受け取る。
「じゃ、行ってきます」
こぼさないように、落とさないように。
バックヤードから出て注文を受けた席へと向かう。先程の男女が待ってくれていた。
「お待たせしました、パンケーキです」
ニコッと笑って席に置いたら、これで仕事は一段落。
のはずなんだけど、ちゃんと笑えていたのか自信がない。
***
校舎の陰、他に人はいない。
見知らぬ、けれどもなぜか私の名前を知っている女性と、それと私。ただ2人だけ。
どうして名前が割れているのかは不思議だけれども、とりあえず女性の方からなにか話があるようだったので疑念の目は途絶えさせず、口が開かれるのを待っていた。
「えっと、まず1つ謝りたいんだよね」
ここで、私は1つ首を傾げた。さっきと声が全く違う。それに、この声知ってる。
「その……な、逃げたことは謝る。理由は見ての通り、後ろめたい気持ちがあったから……だ。もう誤魔化すつもりもない」
いやいやまさか、そんなわけがあるわけない…………
「それから、お前のことを英莉ちゃんとか呼んだことないのに急に悪かったな、白石」
そんな…………まさか…………
「桜……井先輩…………?」
「おう、久しぶりだな」
嘘だろう。
さっきまで、いや、今だってどう見たって女性だ。たしかに桜井先輩は顔立ちだって中性的だったしガタイもいいほうではなかった。声だって高い方だった。
「そんでもって、1つ。久しぶりついでに頼まれてくれねえかな?」
桜井先輩の口から小さく言葉が紡ぎ出される。
「俺のこの状況、黙っててくれねえかな?」
桜井 瑞希:女装癖
「えっと、その、ああえっと」
テンパってうまく言葉が繋げられない。
「つまり、その…………先輩はそういう格好をするのが好きだと?」
「そうだ」
「普段からそのような格好を?」
「流石に学校では制服指定もあるしやらないけど、学校のない日とかだったらしてることもある」
全く持って信じられない。要するにこれは女装で、桜井先輩だというのだろうか…………?
ふむ、二重の意味で信じられない。
まず第一に、桜井先輩にそういう趣味があったんだということと。
それから、目の前にいる人が、よくよく、よーく見てみれば、たしかに桜井先輩っぽく見えなくもないのだけれど、
「嘘でしょ、先輩めちゃくちゃかわいいじゃないですか、写真撮っていいですか?」
「え、あ、えっと、俺だとバラさないのなら……構わないぞ」
そこらへんの女子とは比べ物にならないくらいにかわいいというその事実。
許可を貰った私はスマホを取り出し、カメラ機能を起動させると構え、何枚か写真を撮った。
「…………ねえ、先輩」
「なんだ?」
写真を見ていて、少し夏休みのことを思い出した。
どこかでこんな感じの人とあったことがある、先程からそんな気がどこかでしていた。
今ならわかる、どこで、どんな感じに見かけたのか。
「先輩、喫茶店でバイトしてましたよね?」
「ありゃ、やっぱりバレたか」
いつぞや、私が大量のケーキを鈍川くんに奢らせたあの店。そういえばあの店にいた店員、先輩だ。
あのときはどこかで見たことがある気がするんだけれど、誰だろう? くらいしか思わなかったけど、まさかあれが桜井先輩だったとは。
「ちなみにあの喫茶店の制服は事情を話したら店長が用意してくれた。というか、事情を話したら面白そうという理由で男子の制服取られた」
なるほど、なかなかな災難である。
まあ、本人からすればそこまでさいなんじゃなかったのかもしれないが、そこは私の推し量れる範囲ではない。
「それにしても……ホントかわいいですよね」
「あんまりそれを他の人に見せびらかすなよ? バレるの面倒だし」
私はスマホの画像を見ながらそんなことをつぶやいていた。桜井先輩の言葉には、どこか疲れが見られた。
そういえば、この騒動でなにか忘れているような気がする。
ああ、そういえば食堂の新メニュー考案会に行こうと思っていたんだった。ついでだし桜井先輩も誘って行――
カタカタカタと、私の体が震える。スマホを眺めていた目が突如としてある一点に焦点を合わせる。
「あ…………あ…………」
私は言葉をうまく紡ぎ出せないでいた。様子の変貌に気づいたのか、桜井先輩が気遣って近づいてきた。
「あの、桜井先輩…………!」
私はやっとこさ声を出して、そして、
「すみません、私友達との約束があって、時間がその、やばいので……っ!」
そう、なんとか連れ出すことに成功した、あの2人。
その言葉を聞いた桜井先輩は、小さく笑って「そりゃ大変だ、行ってこい」と言ってくれた。
「ホントすみませんっ! また今度!」
私は大急ぎで走っていった。
時間は、過ぎていた。




