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#57 少女は心の中で少年を褒め称える

「でね、それでさ」


「嘘っ、そんなことあったの?」


「マジマジ。でさ、それがさ」


 廊下の方から声が聞こえてきた。誰かが着替え終わって返ってきたのだろうか。それとも別のクラスの人だろうか。


 どちらにせよ、べったりと地面に座り込んでしまっていては、見つかったときに心配をかけかねないだろう。私はサッと立ち上がり、スカートについたホコリをはたき落とす。


 そして平然を装い、入ってきた彼女らを見た。どうやら、着替えてきたようだった。


「あ、雨宮さん、どうどう、似合ってる?」


 衣装に見を包んだクラスメートが自信満々に見せびらかせてくる。初めて試着したときはメチャクチャに渋っていたのに、なにか吹っ切れたのか、今では満足そうに着ている。

 とはいえ、自信満々に見せびらかせてくるのもわからなくもない。彼女らは見事に衣装を着こなしていて、


「すっごいかわいいと思うよ。今日は頑張ってね!」


 とてつもなくかわいらしく、衣装係が本気を出した衣装も相まってか、さながら本物のお姫様や令嬢のような雰囲気を醸し出していた。






 事故である。これは完璧な事故である。


 今の状況をあえて言葉で形容するならば、ある意味では絶体絶命という状況だろう。ある意味では。


 鼓動がひっきりなしに打ち続けられ、移動していないはずなのに視界が目まぐるしく回っているような感覚を覚える。

 高まりきった緊張は体を硬直させ、それでも満足しきれず若干の嗚咽感として漏れ出す。


 ここまで緊張したのは初めてだった。

 それにしてもこの状況、どう考えても事故である。


 現在、教壇付近に立っている。時刻は文化祭開幕20分程前。意気込み的なアレを言う時間だった。

 机やらなんやらは、もうすでにあらかじめセッティングを終えていて、座る席がないために教壇の周りを取り囲むようにしてクラスメートは立っていた。そしてその視線はピッタリこちらの方へと向いている。


 しかし、それ自体はそこまで問題でもなかったし、そもそも想定内だった。問題があったのは前ではなく、右。


 隣に立っていた、遠野くんだった。

 朝の1番始めからからシフトが入っている遠野くんは、もちろん衣装に着替えているわけで。


 なにか言葉に言い表すなど、その行為自体が愚行だと思わせるほど。遠野くんはカッコよくて、カッコよくて。……カッコよくて。

 語彙が崩壊して、カッコいい以外に今の状況を表せられる言葉が見つからない。


「それじゃあ今日明日と2日間、なにかとトラブルとかも起きると思うが、俺はみんなに全力で楽しんでもらいたいと思ってるし、そのために全力でサポートやらしたいとは思ってる。だからこそ、報連相はしっかりしてくれよな。俺からは以上」


 はいイケメン。いや、そりゃあね、好きのなんので美化は入ってると思うの。それは認めるよ。

 でもね、それを差し引いてもこの対応はイケメンだと思うの。


「雨宮、雨宮」


 ふと、呼ばれていることに気づく。そうだ、私も実行委員なのだから、ひとこと言わないといけないんだった。


 ………………なに言おうと思ってたんだっけ。全くもって思い出せない。

 ちゃんと言うことを決めていたのに、サッパリだった。


 だからといって今から新しいのを考えようにも、隣にいる事故によって思考が阻害されて上手くまとまらない。

 視線が痛く感じてきた。そうして集まって集まって。挙げ句耐えきれなくなって。


「が、頑張りましょうっ!」


 我慢ができなくなったと同時に、ただその短絡かつ単純な言葉を叫んだ。

 そしてそれとともに恥ずかしさを覚えた。


 静寂が訪れる。やらかしたなと、そう確信した。


 けれどもクラスメートの1人、とある男子が「くっ……あっはははははっ!」と笑いだした。そしてその笑いは周囲へと伝染していき、みんなの顔が明るくなった。


「こういうのもなんか雨宮さんらしくて、なんかよくわかんないけど安心した」


「よっしゃ、いっちょ頑張りますか!」


 私は酷く安堵して、ここに誰もいなかったなら気の抜けようから倒れていたことだろう。


 心配だけはさせまいと、私はなんとか踏みとどまった。




   ***




 さてと、文化祭が始まった。


 始まったはいいけど、なにをすればいいのだろうか。


 目の前には人混み。後ろにも人混み。人と人との距離が近すぎてわちゃわちゃしている。


 いちおう長袖に長ズボンに手袋に。隠していて不思議ではないような箇所はすべて隠れるようにしている。手袋が不思議ではないかと聞かれると微妙な感じがしなくもないが。


 まあ、これだけしておけばそうそう他人と偶然触れ合ってしまうということはないだろう。が、それでもやはり人混みに入り混じるのには抵抗がある。


 潔癖症も困ったものだなあと、私は酷くそう思った。



 紫崎くんと黄乃ちゃんとは、あとで合流することになっている。それまでは私は1人だった。

 鈍川くんに一緒に行こうって言ったのに断られたし。


 けれど、くよくよしている場合ではない。1人だからとなにもしないでいるのは時間の無駄だしもったいない。

 せっかく、年に1度、2日間だけの文化祭なのだから。


 そういえば、各クラスや部活の出し物一覧に気になるものがあったことを思い出す。

 場所は食堂。ただ2つだけ存在する、生徒でない人たちによる出し物のその片割れ。食堂の人たちによる新メニュー考案会。

 なんでも新メニューを作るためにいろいろ考えて試作品を作っているらしく、その試作品を生徒や一般の人たちにも食べてもらおう。という企画らしい。


 ちなみにもう1つの生徒以外による出し物は、PTAによる飲み物販売だそうだ。

 9月に入ったとはいえ、まだまだ暑いこの季節。熱中症には気をつけないといけない。ということで混雑が予想される自動販売機の、その混雑の分割になればということらしい。


 まあ、キチンと水筒は持ってきたので、私とは全く無縁な話ではあるが。


 ともかく、食堂の新メニュー考案会。とても気になる。

 時間的にはまだまだ9時過ぎ。お腹が減っているわけでもなんでもないのだけれども、時間潰しにちょうどいい。


 私は嬉々として食堂へ向かうこととした。


 のだが、ピタリと進行を止める。人混みに混ざることを躊躇って。


 しかしまあ、食堂へ行くためにはいずれ通らねばならない道なので、意を決して中に混ざった。




 人混みの中は酷く不快であった。通りにくいし、人とぶつかるし、暑いし、近いし。


 なんとか早く抜けたくて、けれどもそうやって藻掻けば藻掻くほど人混みは更に混雑を深め。


 結局は流れに身を任せるのが1番楽だったり。


 すれ違う人は数多。中には知っている顔も多々。


 だからこそ、声でもかけられない限りスルーしていた。わざわざ止まって、流れを阻害して、そこまでして話したい相手でもなかったし。

 とにかく早く人混みから抜けたかったし。


 鬱陶しい流れに、仕方なく身を任せていると、1人、また1人と知っている顔を見つける。

 そして、また1人。


 ザッ、と。進めかけていた右足を止めた。流れが止まって、後ろの人が驚いていた。気にしない。そうじゃない。いや、後ろの人には悪いけれども、それよりも気になることがあった。


 知っている顔を見つけた。早く人混みから抜けたかった私としては、ただ見つけただけでは止まろうとだなんて思わなかったはずだった。


 けれどもその顔は。一瞬しか見えなかったけれども見えた気がした顔と、その雰囲気は。間違いなくその人だった。

 直視したのは2年半ほど前が最後だろうか。それから後も見かけるまではしたような気がするのだが、会うまで行ったことがない。


 というのも、見かけた気はするのだが、どうしてか神出鬼没ですれ違い、振り返ったときにはそれらしき人物が見つからない。


 それが相まってか、わざわざ振り返り、少し大きめの声で言った。


「桜井先輩!」


 直後、混雑で見えにくいが、ビクッとわかりやすく反応する頭頂部が1つ見えた。そしてその頭頂部はあからさまに移動速度を上げて、この場から逃げる。


 逃げられてしまっては追いかけたくなるのが人間のさがで。


 私は新メニュー考案会のことを忘れ。周りが人混みだということを忘れ。


 今までの流れを逆走しながら、逃げる頭頂部を追いかけた。

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