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#56 忘却少女はパニックを起こす

「文化祭って、文化祭?」


「文化祭が文化祭以外のなにになるってんだ」


 えっと……ちょっと待って。話についていけてない。つまり、今日は文化祭だから文化祭で、文化祭だから文化祭以外のなにものでもなくて。要するに文化祭なのであって――


 マズい、文化祭がゲシュタルト崩壊し始めた。


「……ちなみに、文化祭で私はなにをするのかな?」


「貴族令嬢役で使用人に給仕するっていうコンセプトだったはず」


 うわあ、なにそれおいしいのだろうか? いや、おいしいはずがない。

 まあ、なにをやるのかはだいたい把握してたんだけど。メモに書いてあったから。


「ねえ、遠野くん。今私が考えてること、思ってること、わかる?」


「なんとなく、ならな。今すぐに帰りたい、だろ?」


 ドンピシャリ、である。さあて、なんでこんなところに遠野くんがいるのだろうか? という疑問を数分前の私は抱いたわけだが、今ならその答えがわかる気がする。


 遠野くんは私の手首をがっしりと掴み、もちろん筋肉差があるので勝てるわけがない。


「怖気づいた私を、強制連行するためだけにわざわざこんなところまで?」


「しばらく待ってここまで来なかったら家まで押しかけてた」


 うわあ、ちゃんとここまで来ててよかった。と、ちょっとだけ安心する。


仮にお母さんにそんなところを見られたら――想像だけでもおぞましい。


「ねえ、今からでも誰かとチェンジってのは無し?」


「無しだろうなあ。だって俺らの衣装、1人1人の体に合わせたやつだし。衣装係が本気出してるから何人か怖気づいてたけど。さっきの橘みたいに」


 片手で私を引っ張りながら、もう片方の手でスマホを操作して衣装の写真を見せてくれる。

 うわあ、すっごいかわいい。でもさ、これマジで衣装係の手製なの? って思ってしまうほどにクオリティ高いんですがそれは。


「なんだ? 本当にこれ既製品じゃないのかって? まあ、いくらか既製品を直したのもあるって言ってたけど、手製のやつもなかなか多かったと思うよ」


 顔に出てたようだった。全くもってそのとおりのことを考えていて、その解答がえられたのは嬉しかったのだが、唐突に思っていたことを見透かされて、私はビクッと驚いた。


 それにしても……うわあ、これはなかなかタチが悪い。

 そんなの、着たくないと断りづらいじゃないか。着なきゃって思っちゃうじゃんか。


 断りづらくなるだろうと見越してこうしてきたとしたのなら、それを考えた人は中々の策士だし、やり手なんだとおもう。


 重ね重ね、タチが悪いとは思うが。


 はああ……と、大きくため息をついた。


「それよりか、マニュアル覚えられそうか?」


「舐めないでよねっ! 寝ない限り私の記憶力はずば抜けていいんだから」


 ふふんっと、胸を張ってみるが、あとになって恥ずかしく思えてきた。


「ま、まあ覚えられるよ? うん。覚えるのは問題ない。覚えるのは……」


「ならいい。頑張ろうな」


 それに対して私は顔をそらせて答えなかった。というのも、覚えるのは問題なくても、それ以外が――


 なんて。


 顔を上げてみてみると、遠野くんは相変わらず無表情。まあ、遠野くんらしいけど。






「ふわあっ、すっごーいっ!」


 まるで、テーマパークに来たような心持ちだった(行ったことない――行った記憶はないけれど)。


 いつもはただ単に所々サビが走っているだけの校門なのに、今日ばかりは柱のような四角いものがそばに建てられていて、きらびやかな印象を受ける。

 ちょっと隙間を覗けばいつものサビは見えるけど、きっとここは後々隠されるのだろう。


 中に進めば外で店をする所がいろいろ組み立てたりの準備。校舎の壁には各クラス、各クラブが作った垂れ幕が堂々としている。


 まだ朝早くというのに、人がいっぱいでせわしなく動いている。まるで普段の逆。


「文字通り、ハレとケのハレだね」


「だな。しっかり楽しめよ?」


 私は反射で「うん!」と頷いてしまうが、ふとした瞬間にと現実に引き戻される。


 ああ、ドレス……接客……


 どうしたものだろうか。こちらは楽しめるのだろうか。


 勢いで返事する癖をなんとかしようと、そう決心した。


(案の定、次の日には忘れていたのは言うまでもない)






「シフトタイムは初っ端に入れた。せっかくだから自由に動ける時間がまとまって手に入るように。それに、最初の方が客は少ないだろうし」


「そうなんだ。ありがとう、遠野くん」


 さっきもマニュアルを覚えるのを手伝ってくれたし、至れり尽くせりである。


「遠野くんはシフトどこなの?」


 とても、気になった。あわよくば一緒に回りたいし。


 あ、べっ、別に変な意味じゃないよっ! ただ1人で回るのは不安かなーとかそんなんだから。うん。


 カアアアッと、顔が熱くなってくるのが感じられる。


「大丈夫か? 顔赤いけど」


「だだだだっ、大丈夫らよっ! え、演技だしっ!?」


 いろいろ噛み噛みだし、もはや信憑性もなにもない言い訳だったが、なぜか納得してくれるあたり、やはり遠野くんだと思う。


 っていうか、なに私自分1人で(それも心の中で)言ってんのよ。おかげさまで? 顔赤くなっちゃったじゃないっ!


 若干呼吸も荒かったし、心臓もバクバクいっていて落ち着きが見られなかった。


 数分経って、やっと落ち着いてきたときに思ったことはただ1つ。


 なに言ってんだ、心の中で。とだけ。




「あ、遠野くん! ちょっと相談事が……」


「ああ、わかった今行く。……じゃあ、また後でな」


「うん。じゃあね」


 女の子に呼ばれて遠野くんが行ってしまった。


 なんとなく、寂しいなと思ったり。


 それにしても、遠野くんはどれだけ働けば気が済むんだろうか。それがどうも気になって仕方がない。


 ただでさえ実行委員としての仕事をこなしていた上に各係の助っ人を時々やって、そして今日もしっかりシフトが入っている。


 それも、ただのシフトではなかった。聞いたときは私は「嘘でしょ?」と思った。めちゃくちゃ思った。


『俺のシフトは初めからはいって後ろから2つ目まで……要するに最後以外全部だな。それのホールとキッチン兼任』


 どこからどう見ても仕事が多すぎである。まあ、理由はあるにはあったのだが、それにしても多すぎだと思う。


 だってこれに勝とうと思えば(絶対思わないけど)全シフトに入るしかないんだよ? それも兼任スタッフとして。


 少なくとも、私には無理。絶対無理。


「これは……アレだな。明日の分の交渉の必要アリだなあ」


 もはや2日目働かなくたってクラス1の貢献度を誇るような1日目のシフト内容だったけど、あろうことか2日目もほぼ同じようなことになってる。


 頼り切りはよくないよ? 私が言えたことじゃないけど。


「たーちーばーなーさんっ!」


 なんか、既視感のある状況が襲いかかってくる。唐突に背中の方に重みが乗りかかってきて。


「ちょっと、灰原さん……重い……!」


 言葉をひねり出すようにしてそう言う。「ごめんごめん」と笑いながら灰原さんはどいてくれる。


 ああ、これは前にもあったパターンだな。既視感は灰原さんそのものだな。


 そう確信する。


「そんなことより、ほら! おいでよっ!」


 ぐいっと腕を引っ張られる。なんだろうか。今日は腕を引っ張られる日なのだろうか?


「服、着替えに行かなくちゃっ!」


 そう言われ、腕を引っ張られたままで連れて行かれる。

 灰原さんの足が速すぎて、私の体が時折浮く。本当に痛い。


 すれ違いざまに見つけた蓬莱くんの顔が「ご愁傷様」と言っているような気がした。




   ***




「あ、遠野くん! ちょっと相談事が……」


「ああ、わかった今行く。……じゃあ、また後でな」


 橘さんと話していたところを悪いとは思ったんだけど、ちょっと会話を遮らせてもらった。


「どうした? 雨宮」


「ちょっとだけ聞きたいことがあって……さ」


「聞きたいこと? なんだ。答えられることなら答えるぞ」


「その……もうすぐ文化祭が始まるけどさ、どんな文化祭にしたいかなーとか考えてる?」


 そう聞いた。というのも、


「始まる直前にさ、先生が実行委員の2人は全員に向かってなにかひとことずつ言ってくれって。だから」


「ああ、そういうことか。わかった。考えておく」


 遠野くんはそう言って笑いかけてくれた。



 ああ、やっぱり、好きなんだなあ。と、再度思う。鼓動が速まって速まって収束がつかなくなっている。



「ありがとうね。……あ、遠野くんそろそろ着替えなきゃだね。引き止めてごめん」


「いやいや、伝えてくれてありがとうな。じゃあ行ってくる」


 彼はそう言ってドアの外に出ようとした。

 その、1歩手前で立ち止まる。そこで一瞬振り向いて、


「俺は、他のみんなが楽しめるような、そんな文化祭にしたいかな」


 そうとだけ言って、タッタッタッと廊下へとかけていった。


「あああああ……」


 みんな着替えに行っているかまだ来ていないかで他に人がいなかったのが幸いした。


 私は膝まで崩れ落ち、真っ赤になった顔を隠すように手を当てる。


(ほんっと……かっこいい……)


 遠野くんと一緒に仕事をしたいと思って立候補した私と違って、本当にすごい。


 押し付けられた役だっていうのに。

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