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#55 少年は手紙に考える

「さて、どうしたものか」


 ぱさりと目の前に置かれた封筒。下駄箱の、アレ。


 家の自室にて再度読み直してはみたが、やはりというか、あたりまえだけれど内容は同じままだった。


「葵と雨宮さんが……遊園地ねえ」


 突然すぎてにわかに信じがたい。が、改めて考えてみればフラグが全くなかったわけではないし、なんなら、


「2人共に文化祭の実行委員っていう、特大フラグだって立ってるくらいだし」


 逆に今の今までよく俺はそのことに気づかなかったな、と。ある意味驚く。

 はああああああ。と、大きくため息をつく。こんな状況、ため息の1つや2つつきたくなる。


「ほんと、なにがなんだってんだよ」


 もしもこの内容が事実だと仮定して、この手紙の差出人は、いったい俺になにを求めているのだろうか。


 ただの混乱を見たいだけなら俺よりか猿や橘さんに見せる方がより効果的だろう(だからこの手紙は見せるつもりも内容を教えるつもりもない)。ということは。


 探れ、ということか。しかし探るといっても、どうすればいいんだ?

 葵に聞けばほぼ確実に教えてくれるだろうが、万が一を考えると面倒なことになりかねない。さっきの2人、紀香や橘さんが。


 雨宮さんに聞くのは……もっとダメだろう。ほぼ確実にテンパって、会話が成立しなくなって。


 この大切な時期にそれはまずい。


 この手紙の差出人は聞き込みができないというそのことを考慮してくれているのか、たまたま偶然だったか。

 まあ、わざわざ日取りまでキッキリ書かれている。ということは、つまり、


 つまり――尾行しろ、と。


「ったく、しょうがねえな」


 気になっちまうだろうが。あんな手紙。

 スマホを取り出して、電話をかける。

 プルルルルル、プルルルルル、プルッ、


 3回目のコールが終わるその前に途切れ、耳元で、声がした。


「俺だ、隆俊だ」


 聞こえた声に、返事をするようにそう言った。

「ちょっと、頼みたいことがあるんだが」




   ***




「それじゃあ明日は頑張りましょう!」


「おー!」


 実行委員の……誰だっけ? 女の人が言った言葉にクラス中が声を上げた。女の人は顔を赤らめていた。


「ついに明日だね、橘さん!」


 灰原さんだった。私はそれに「うん」と頷いて返す。


 灰原さんは、まるで「楽しみすぎて今日は眠れそうにない」とでも言い出しそうなほど、明日の文化祭が楽しみなようで、息も若干上がってる。


 大丈夫だろうか? 今からこの調子で。


 ただまあ、灰原さんはやっぱりこういうイベント系統が好きなんだなあって、それがよくわかる。

 まあ、たしかに私も文化祭は楽しみではあるんだけど、ただ……


 ただ、ちゃんと仕事がこなせるかどうか、それが心配でならない。

 だだだっ、だって、私が接客なんだよ? 接客だよ!?


 遠野くんは大丈夫だーとか心配するなーとか言われたけど、失礼のないようにできるのかが心配すぎる。


 とにかくマニュアルだけは覚えておかないと。


 ……明日の朝に。




 解散から結構な時間はたっていたが、文化祭前日ということもあってか、教室の中は人で一杯一杯だった。話してる人や互いに励ましてる人や。


 帰ろうかどうか迷っていると、遠野くんが近づいてきた。


「帰るか」


 短く言われたその言葉に、私はコクリと頷く。

 灰原さんに別れを告げて、遠野くんの後ろをついていく。


 下足室で靴を履き替えたあたりで遠野くんが口を開く。


「最近一緒に帰ることができなくてすまなかったな」


 そう言われ、私は一瞬考えたのちに記憶の海をサルベージする。けれど思い当たる節はない。

 ただまあ、そう言われてみるとそんな気がしないでもないし、遠野くんは文化祭の実行委員なんだから仕方ないとも思える。


「送って行くのもなかなか久しぶりになるな。ちゃんと1人で帰れたのか?」


「帰れてなかったら今ここにはいないよ。それに、それくらいできるってばー」


 私は笑いながらそう言った。「あはは、そうだな」という遠野くんの声。


 でも、なんだろうか。


 一瞬笑っているように見えたんだけど、なんだか遠野くんの表情が、笑っていないように見えて仕方がない。


「え、駅までで大丈夫だからね?」


 恐る恐るそう聞いてみる。記憶のある限りならいつもならここからひと悶着あって、その後に駅までなのか、それ以上なのかが決まる。なのに、


「そうか、わかった」


「……っ!?」


 あまりの驚きに、息が詰まるような感覚を覚えた。


 遠野くんはただ私の言葉に肯定しただけのはずだったのに。


 なにか様子がおかしい。

 なにがどう、と聞かれるとわからないのだけれど、なにかおかしい。


 どうしたんだろうか?




 その日はさっきの通り、駅で別れた。


「気をつけてね?」


 と、そう声をかけておいた。少し心配だったから。


「ああ、わかった」


 遠野くんの言葉は、どこか安心できるようで、どこか不安を煽る。






「ほら、優奈! 起きなさい! 今日は学校に早く行くんでしょ!」



 けたたましいお母さんの声。今日は早くに学校に行かなければいけないなんてことは知ら――覚えていなかったけど、きっとそうなのだろう。

 お母さんがそう言っているということは、昨日の私が頼んだということだろう。


 ……まだ眠い。時計を見てみても、いつもならまだ寝ている時刻。そりゃあ眠いわけだ。


 身支度をして、鞄を持つ……あれ?


 軽い。すごく軽い。ものすごく軽い。


 不審に思って開けてみると、案の定教科書のなんて1冊も入っていない。正直焦る。

 え、今日って学校早く行かなきゃなんだよね? なんで昨日の私は準備してないの?


 いや、そんなこと言ってる暇があったら準備しよう。今日の科目……それから変更とかあったのかな?

 パラパラとメモ帳をめくって、昨日のメモから今日の持ち物……


「え、嘘」


 そこに書かれていた言葉を見て、絶句。

 鞄の中に教科書入っていない状態のままで登校。


 もう、頭の中がパニックで、なにがなんだかわからなかった。

 じきにお母さんから催促の声がかかる。頭の中は相変わらずグッチャグチャのよくわからない状況だったが、とりあえず食卓に向かうことにした。




「ねえ、私の顔になにかついてるの? それとも寝癖?」


「いいえ、とってもかわいいわよ、優奈」


 なぜだろうか。お母さんの様子がとってもおかしい。朝っぱらから私の顔を見てずっとニヤニヤしているし、かと思ってそう聞いてみたら「かわいい」とか言い出した。マジでどうしたんだろうか。


 その違和感のえげつなさにキモさを感じなかったわけではない。ちょっとだけ、ちょっとだけ思ってしまった。


 用意してもらった朝食を食べながら、ニヤニヤと見てくるお母さんをチラチラ見る。


 目玉焼きおいしい。


 それにしても、今日ってばどうしたんだろうか。朝は早いし、鞄は軽いし、お母さんは様子変だし。


「ふふふっ、今日は楽しみにしてるからね?」


 めちゃくちゃに上機嫌なお母さんだったけど、なんのことなのかさっぱりである。なにを楽しみにしているんだろうか。


 そんなもの、期待されたところで私には理解できていないんだけど。


 ウィンナーおいしい。


 もしゃもしゃと頬張っていると、どこからか小さな音で、ピピピピピピッ、ピピピピピピッと、電子音がしてきた。

 なんの音かと一瞬考えて、結論が出る。


 目覚し時計だ。


「とっ、止めてくるっ!」


 急いで立ち上がり、残りの食パンを口の中に詰め込んで、牛乳で流し込む。「そんなに急がなくてもあとで食べればいいのに」というお母さんの声が聞こえてから後悔したけど、やってしまったものは仕方ない。


「ごちそうさまっ!」


 ドアを勢いよく開いて廊下へ、自室へと。そして目覚し時計をストップ。

 それにしても、最後までお母さんは笑ったままだった。


 本当に、どうしたというのだろうか。




「ふぇ?」


「おお、おはよう。ちゃんと来たな」


 学校からの最寄り駅――青ヶ崎(あおがさき)駅のその改札に、1人の男子がいた。


「な、なんで遠野くんがこんなところに?」


 立っていたのは遠野くんだった。


「っていうか、今日はなんかおかしいんだよ! 鞄の中には教科書もノートも入ってないし、お母さんはやけに上機嫌だし、なによりこんなところに遠野くんがいるし」


「なんだ? もしかして橘、お前いつものメモ見てないのか?」


 メモ? メモって……そんなの思い当たるものなんて1つしかないんだけど。


 そう、前日のことを書き留めておくアレ。でも、あれなら今朝見たはず……鞄の中身のことを見たはず……鞄のことだけ?


 急いで鞄から取り出して中身を見る。軽すぎたことが相当に不安すぎて、焦っていたのだろう。見落としが面白いくらいにある。


「って、今日って!」


「やっと気づいたか」


 遠野くんは相変わらず声のトーンを替えずに言った。


「ぶ……文化祭っ!?」

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