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#54 少女は混乱因子を植える

「まあ、とりあえず帰ろうか。時間もヤバそうだし」


 そう言って、歩みを進み始める。2人並んで。

 外を見てみると、夏だからまだまだ明るいものの、それでも結構日は傾いていた。


「時間も結構遅いし、送ろうか?」


「あっ、えっ、いや、いいよ! 1人で帰れるから」


 断られた。まあ、橘にも「構いすぎ」と何度も言われたことだし(だからといって送らないわけではない)、よく考えればそうなのだろう。


「うまく……うまくいくといいね」


「そうだな」


 茜色の光が差し込んできている廊下は、小説かなんかで言うところの幻想的とでもいうような風景だろう。




「フフッ、面白いもの見ちゃった。これは、楽しいことになりそうね、フフフッ!」


 廊下のその奥、不敵に笑う少女に気づくことなく、俺たちは歩いていた。






 事件は……というか、アクシデントというか。どちらかといえば、今さら? とでも言うべき問題が発生した。


「待った、マジでそれ言わなきゃダメ?」


「そうよ、私たちだってるんだから、男子にもそれくらいやってもらわないと」


「ドレス着なきゃならない私たちのほうが恥ずかしいと思ってよね」

「だからってよお……いくらなんでも……」


 男子生徒の1人が、明後日に控えた文化祭当日の、それ用の衣装を手に嘆くように言う。


「なんでもって、こんな衣装なんだよ!?」


「すまん、もっとクオリティは上げたかったんだが、予算とか時間の都合でそれが限界だった」


「ごめんね……時間的な問題が押してて。どうしても人数が人数だから……」


 衣装係(の代表みたいなの)だった男子と女子が、申し訳なさそうにそう言う。


 が、しかし。当の男子生徒は「なに言ってんだコイツ」と言いたげなほどにキョトンとした表情だった。


「いや、逆なんですけど。クオリティ高すぎて困ってるんですけど。こんなガチ衣装とか聞いてないしっ! 割と恥ずかしいわっ!」


「それ女子も一緒だからっ! 男子だけとか思わないでよねっ!」


 そう。きらびやかな、まるで中世の貴族を思わせるかのようなドレスや、質素ながらも気品のある燕尾服のようなものやモーニングコートのようなもの。


 なお、既製品のいらなくなったものをリメイクしたりもしているが、一部は完全お手製だったりする。


「計算どおり……よしっ! やっぱりこっちに多めに予算回して正解だった」


 隣で雨宮がそう呟いてガッツポーズ。どうやら、ここまで含めて彼女の――雨宮の策略だったらしい。


 なにを隠そう、この衣装係筆頭の2人は、


「喜んでもらえるなら、それはよかった。俺としてはこれじゃまだまだな気もするんだけどな」


「ほんとにね。いつもならもっとクオリティ高めなきゃだから、よかったー」


「こんなところでレイヤーの本領発揮しなくていいからっ!」


 レイヤー、要するにコスプレイヤーだった。

 男子生徒のその嘆きは、逆に「いや、本領発揮はまだだろ」「そうだよね、着て演技してなんぼでしょ」なんて言っていて、余計に男子生徒、及び周りの生徒を更に追い詰めていた。


 作ってもらった手前、文句の言いづらいのが難点だったろう。


「ううう……これ着て、それも演技かよ。下手でもいいから調理に回ればよかった」


「マジかよ。そういえば、なんて言えばいいんだよ。執事やメイド相手に……的なコンセプトだったよな?」


 接客係の人たちは、なんやかんや言っていたが、もう遅い。1人1人のサイズに合うようにした、ほぼオーダーメイドである。夏休み前に全員の体の大きさを測ってもらって、衣装係に作ってもらっていて、他の人ではなかなか替えが効かない。


 多少大きめに作ってもらっているが、多少なので元々着る予定だった人より体が大きすぎるとパツパツだし、小さすぎるとブカブカになりかねない。


 なお、さっき出てきた質問、セリフに関してはさっき、


『私、ある程度マニュアル作ってきたんです! 楽しみにしていてくださいね!』


 と、むしろ彼女のほうがめちゃくちゃに楽しみそうにはしていたんだが、まあそう言われてしまった。

 ちなみに俺は接客及び調理とかいうオールマイティ的存在にされてしまった。謎すぎる。


 なので、マニュアルは必要だし、服も必要になる。

 てなわけで、隣で今か今かと待ち侘びていた彼女の動きを待っていた。


 すると案の定、彼女はすぐに動いてくれた。


「みなさん! というか、接客係のみなさん! 私、マニュアル作ってきたので、基本はここに書いてる通りに接客してください。男性用と女性用があるのでそれぞれ受け取ってください!」


 彼女が紙の束、もとい接客マニュアルを掲げてそう言う。


 それを見た接客係たちはというと、マニュアルを作ってくれてありがたいという気持ちと、やらなければならないのかという絶望とで、なんかよくわからない感情だったのか、微妙な反応を示していた。


 俺も1部貰う。中身をパラパラとめくって読んでみると、なるほど。これはなかなか。


「うげっ、マジかよ」


「俺、ちゃんとこれ言えるかな?」


「難しそう……頑張らないと」


 男子も女子も、口々にそう言っていた。

 さて、あと2日。本番までできる限りのことをしよう。




   ***




 カサリ、と。


 下駄箱を開けたら手紙が入っていた。ピンクの封筒だったが差出人の名前は封筒自身にはなく、また、止めているシールがハートマークとか中々趣味が悪いようで。


「どうしたんだ? 隆俊」


 うるさい猿が近寄ってきたので、無視して封筒を観察する。光に透かしてみると中にはちゃんと紙が入っているのが確認できる。


 封筒だけとかいう、そんなイタズラではないようだった。


「なんだよ、手紙か? 読まないのなら私が読んで――」


「誰がお前なんかに読ませるかよ」


 シールが案外頑丈に接着されていたので、強引に破る。割れたハートマークなど無視して中身を。


「なんじゃこりゃ」


「なんだ、なんだ、なんなんだ? ってか、見せろっ!」


 鬱陶しく周りをちょこまか動き回る猿はいるが、だからといってどうとかいうわけではないのでとにかく無視(ついでに若干面白いので見せないように立ち回る)。


 しかし、中の便箋にまで差出人の名前無しとまでなると気持ちが悪い。

 けれど、どちらかというと、本文の内容のほうが気持ちが悪い。


『遠野 葵 雨宮 詩織 文化祭終了後 遊園地デート 予定』


 圧倒的な片言だったが、意味は十二分に伝わってきた。


 これ以外にもいろいろと書いていたが、すべて俺が知らない内容だった。真偽はわからないが。

 しかし、思うことは、なぜ俺ですら知らなかったような事実を、なぜ差出人が知っているのかということだ。


 少なくとも、葵はこういうことする人間じゃないし、雨宮さんのことはあんまり知らないけどこういうことする人でもないだろう。



 じゃあ、いったい誰がこんなことを?



 イタズラにしては手が込んでいるような気がしないでもない。凝っているというよりかは、文章の内容、渡す相手が的確すぎる。そんな気が。


 じゃあ、いったいこれはなんなのだろう。つまりこれは、探りを入れろということか? それともただ教えてきただけ?


 なんにせよ、不気味なことには変わりない。破って捨てようかと思ったが、後々なにかわかったときにと思って粗雑にポケットに突っ込んだ。


「おい! なんなんだよそれ。っちょ、見せろって! おい隆俊!」


 猿は依然騒いでいるが、いつものことなので無視することにした。

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