#53 少年は誘われる
彼女の告白で、いろいろなことが結びついた。そんな気がした。いや、結びついたのだろう。
彼女のこれまでの言動や、あの涙の理由。
なんなら、これに関してはもしかしてのレベルでしかないけれど「なぜ彼女がこの仕事についたのか」も。
***
作業は割と滞りなく進んでいるようだった。
特にこれといって問題が起こっているわけでもなく、またふざけている人も少数のようでクラスがかなりまとまって行動できているように感じる。
以前、他クラスの実行委員たちとの集まりで聞いた話では、クラスがまとまり切れていないという声が多く上がっていた。
まあ先生曰く「毎年1年生たちが通る道で、大体は当日が近づくにつれてまとまっていくものだから心配ない」とのことだった。
まあ、うちはそもそも心配する必要すら今のところはないんだけど。
そして、ここまでうまくいっている一因。いや、その要因ほぼすべてが彼女の――雨宮のおかげだろう。
彼女が個人的に作ってきてくれた各役割の「やることプリント」たち。最初こそこのプリントのことを舐めてかかっている人も多かったが、そのほとんどが騙されてこのプリント通りにやってみて驚いた。
効率が非常にいい。たしかに個々人により差異は出たり合う合わないがあったりしたが、大抵の人の作業効率が格段に上がった。
それもそのはず。このプリントを作ったのは雨宮だ。「あの」雨宮だ。「仕事が早い」で有名な雨宮だ。
そんな彼女のやり方だ、遅いわけがない。
もっとも、やり方があるからといってそれが完全に再現できるわけではないし、逆にできたらできたである意味怖い。
でも、無策で「とりあえずてあたりしだいやってくかー」で進めるよりも、まあ早い。
俺の仕事はほぼない。飾りだけと言われても仕方ない。
ので、なにか仕事を探そうと思う。無職のままだとほかの人に悪いし。
けど、なにをすればいいんだ? いったい。
雨宮のおかげでほぼ効率化された作業に水を差すのは逆効果になりやすいし。
いや、本当に雨宮はすごい。作業開始当時はもっと名前を呼ばれたんだがな。それらをたった数枚の紙でぱったりと途絶えさせてしまうなんて。
「ああ、でももしかするとあそこなら」
あそこならまだ詰まっているかも知れない。そう思い、雨宮が唯一紙を渡さなかった所へ向かう。
「もう無理、コックパッドさんのやつ見ても私にはわからない」
「てか、コックパッドはコックパッドで1つのもののレシピ多すぎだし」
「ほんとそれ。どれがいいかとかわかんないし、全部試す時間とかないし」
スマホを握りながら机に伏している女性陣。メニュー考案の仕事なのだが、見た様子ではとにかく行き詰っているようで。
「進捗はどう?」
まあ、わかっていることだがあえて聞いてみる。
「ぜんっぜん。ごめんね遠野」
「ホケミを使えばいいんじゃないかーってとこまで入ったんだけど、そこからが全然で。あ、ホケミってのはホットケーキミックスのことね」
大丈夫、存じ上げている。しかし謝られるとは想定外だった。放置していた俺にも責はあるだろうに。
よし、ここで手伝おう。ならホットケーキミックスで作れるものを考えないと。
「ホットケーキミックスなら、そうだな。あたりまえだけどホットケーキ、オーブントースター使って簡単なクッキー。ちっさいのだったらカップケーキも作れんこともないし、スコーンだって無理じゃない。作ったことあるし」
斜め上を向きながら記憶を頼りに思い出したやつをつらつらと並べてみた。そして言い終わって彼女らのほうを見てみると、驚いているのか唖然としてる。
「え、待って。それ全部作ったことあるってこと?」
だから作ったことあるって言ったじゃん。さっき。割と休日とかは暇だったら作ってるし、舞綾にせがまれることも多いし。
「ねえねえ凛音、スコーンってなに?」
「イギリスのアフタヌーンティーとかでよく出される洋菓子。簡単に言うと、紅茶と一緒におやつ時に食べたりするの」
「じゃあ、スコーンと紅茶でアフタヌーンティーセットとかにして出したらいいんじゃない?」
つい数秒前までスコーンの存在を知らなかった彼女の発言だった。
その発言は割と大きな影響力を持ったようで、さっきまで士気がダダ下がりだったメニュー考案の彼女らの顔にやる気を満ちさせた。
「木乃美、あんた天才!」
「採用採用採用! てか不採用にする必要性がない!」
「あ……でもスコーン作れるの?」
「遠野が作れるって言ってたじゃん」
「いやさあ、だって遠野じゃん。あの遠野じゃん?」
「たしかにあの遠野くんだよね」
なんか途中から「あの遠野」だの「あの遠野くん」だのという言葉が連発しているのだが、どうしたんだろう。
俺、なにかやらかしてるのか?
「なあ、あれだったら1回作ってこようか? さっき言ったやつ一通り。あれだったら明日にでも持ってくるし」
さっきそういえば試してみないととか言っていたのを思い出してそう言う。たしかにそうだろう。文化祭とはいえ仮にも客相手。手を抜くわけにはいかない。
もちろん、中途半端な味のものなど出せない、ということだろう。もっともだ。
しかし、なぜか彼女らはざわざわし始める。
「遠野が作っちゃったらなあ。だってあの遠野が作っちゃ……」
「そうなんだよなあ。それを私らのレベルに引き下げたらと考えると、遠野が作ってきても当てにならないっちゃならないんだよ」
「でもさ、聞いたことある? ほら、灰原さんが言ってた」
「あ、私聞いたことある! 遠野くんのお菓子おいしいんだって。すっごく」
「え、うらやましい」
「正直食べてみたいという気持ちはものすごくある。ものすごく」
「いっそのこと作ってきてもらって、おいしかったら作り方を教えてもらうってのはどう?」
「あ、それいい。遠野作を食べれるし、メニューとレシピ獲得。一石二鳥」
なんか寄り集まっていっているんだけど、というか寄り集まっているからか、どうも聞こえない。
「というわけで」
彼女らの1人がこちらを向いてそう言う。が、なにを言っていたのか全く理解していないので、なにが「というわけで」なのかがわからない。
「作ってきてもらっていい?」
なるほど、だいたい把握した。
「了解。明日でいいな?」
そう聞くと、こくりと全員が頷いていた。
無職卒業、きちんと職につけました。
夕暮れの教室、下校時刻間近。
順調に進んでいたうちのクラスはその全員がもう帰宅済み。
実行委員の俺と雨宮を除いて。
『あのね、遠野くん。みんなが帰ったあとにちょっとだけお話しがしたいんだ。いいかな?』
雨宮にそう言われたのが30分ほど前。それから今日は一緒に帰れないと橘に伝えたりなんやらで結果、今に至る。
橘には「いやいや、1人で帰れるから。大丈夫だから」と苦笑いをされてしまった。
お節介のかけすぎ……なのだろうか? よく言われるが自覚がない。
「ねえ、遠野くん。この文化祭が終わったら、お願いがあるんだ」
雨宮が、そう聞いてきた。実行委員関係のなにかだと思っていたが、とんだ的外れだったようだ。
「なんだ? お願いって。俺でできることなら協力するぞ」
シンとした教室、ただ2人だけの会話。なんてこともない、その会話。
「私と一緒に、遊園地に行ってくれないかな?」
「遊園地? なんでまたそんな急に」
そう聞き返すと、彼女は「あっ!」だの「ふえっ?」だの、言葉をあっちゃこっちゃに飛ばしまくって、わかりやすくテンパった。
「うえっ、と……あの、ですね、遊園地……のチケットを2枚貰いましてですね。もしよければ……なんですけど」
なぜか変な調子の敬語で話された。よほどテンパってるのだろうか。
「まあ、俺は別にいいんだけど」
断る理由もないし、ただ。
「俺……なんかでいいのか? ほら、別に実行委員だからといってそんなところまで一緒じゃなくてもいいんだし、なにより俺なんかより女子といった方が――」
「遠野くんがっ! ……遠野くんがいいんです」
急に大きな声を出してきたかと思うと、我に返ったのか、すぐに小さな声に戻っていた。
「まあ、そこまで言うのなら、別にいいぞ」
彼女の顔が明らかに嬉しそうだった。めちゃくちゃに明るい。
「まあ、とりあえず帰ろうか。時間もヤバそうだし」
そう言うと、彼女は頷いてくれた。
カバンを持って廊下に出る。そのまま下足まで、並んで歩く。




