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#49 少女は少年と幼女を連れ出したい

「遠野ねえ。いいんじゃねえか? あいついいやつだし」


「でも、遠野くんって彼女いるんじゃないの?」


 たしか、そんな話を聞いたことがあるんだけど。


「えっ、そうなのか? 初めて聞いたんだが」


「うん。ほら、橘さんと付き合ってるって」


 そう答えると、それまではなんでもないような表情だった郷沢くんの表情が、


 唐突に緩んだ。


「くっふふふ……なんだよ、冗談はよせっつーの」


「な、なんで笑ってるのよ!?」


 訳がわからず、大きめの声でそう抗議をする。未だクスクスと笑いながらも郷沢くんは話してくれる。


「悪い悪い。いやあ、たしかにそんな噂があったなーって思ってよ」


 悪いと思っているなら笑わないで言って欲しかった。説得力が皆無だから。


「その噂、全くもって根も葉もない噂だから気にしない方が良いぞ。遠野なら今は彼女いないはずだ」


「ええっ、そうなの?」


 コクリと、彼は頷く。


「よかったな。諦めなくても大丈夫そうだぞ。ただ」


 なにか思うところがあるのか、彼は少し言葉を詰まらせた。


「遠野の方はなんとも思ってないかもしれないが、橘の方はもしかすると……かもな。まあ、油断は大敵ってところだ。出遅れないようにな」


 彼はいたずらげにそう笑って言った。


「なっ……」


「まあ、今のお前には実行委員っていうちょっとしたアドバンテージあるんだから、せっかく勝ち取ったそれ、無駄にしねえようにな」




 無駄にしないように……かあ。


 教室の中で机に向かって思案にふける。シャーペンを片手に目の前の書類に向かいながら。ただし、手は動いていない。


 あれから2日後の8月19日、夏休み明けの初の登校日だ。

 時計は大体1時半くらいの時刻を指し示している。周りでは人があっちでこっちでそれぞれ作業をしている。


 9月になるまでは午後の授業はカットされる。そのため午後の時間は文化祭の準備にあてられる。今のように。


「雨宮、こっち終わったぞ」


 声がしたと思って顔を上げてみると机でトントンと紙を揃えている遠野くんがいる。


「ふぇっ、あ、ありがとう」


 咄嗟のことで慌てて答えてしまった。変に思われていないだろうか。


「どうしたんだ? そんなにその書類ややこしいのか?」


 そう言われ、一気に冷静さが復活する。考え込んでいて、書類全然進めてなかった。


(ああ、もうっ、私のバカッ! ちゃんと仕事しないといけないのに……)


 つい一昨日、何気ない会話の中で言われたその言葉、無駄にしないようにというその言葉に囚われて。


「ううん、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただけだから」


 夢のような話。ずっと前からっていうわけじゃないんだけど、まあそれなりに前から想い続けていた人と一緒にいる。


 仕事だからっていうのは抜きにしても、とっても嬉しい。


 本当に、夢のようで。


 いつか覚めてしまうのではないかと心配してしまうほどに。

 私はさっさと目の前の書類を片付けてしまい、次の書類を取り出す。


「あんまり無理するなよ。まあ、俺たちが頼り切りになってるってものあるんだろうが」


「遠野ー! ちょっとこっち来てくれー!」


「おう。ちょっと待ってろ、今行くから。……じゃあ、俺行って来るな」


 そうとだけ残して、どこからか聞こえてきた声に彼は向かっていった。


「頼ってるのは、私の方なのに……」


 彼の存在にとても支えられているのに。だからこそ、頑張れているのに。


(なんてこと、絶対に言えないんだけどね)




   ***




「だるい。行きたくない。行く価値も感じない。よって行かない」


「同感ですね」


「もう、そんなこと言わないでさ、ちょっとでいいから……ね?」


「だから無駄だって、白石。文化祭なんてもの、こいつらは首紐つけられて引っ張られてだって行きやしねえって」


「だって……」


「それよりか、お前らこそクラスの準備手伝わないでいいのか?」


 ふと吹っ掛けられたその質問に、私はため息をついてから答えた。


「いいのいいの。今年のうちのクラスの店は破綻させるから。だって、あいつらなにもしてないくせにやってる人の出来が悪かったら怒るし、無理難題ふっかけてくるし、それなのにいいものが出来たらまるで私たちがやりましたって言う顔してSNSとかに投稿するし。やる気失せるったらありゃしないわよ」


「おいおい、2人に文化祭のいいところ紹介して一緒に行こう大作戦だったんじゃないのか? 愚痴って悪いところ見せていいのか?」


 ハッと、我に返ると苦笑いした鈍川くんが冷め気味の目でこちらを見てくる。


「まあとにかく、俺も黄乃も行かねえよ。さっき言ったのもそうだし、一緒とかなおさら行かねえ」


「迷惑、かかりますからね」


 どうやら、作戦は完全に失敗したようだった。


 まあ、最初から成功するとはちっとも思ってはなかったのだけれど。だからか、失敗したところであんまり悔しいとかそういうのは感じなかった。


「まあ、今年は文化祭に参加自体はするんだから、いいじゃねえか」


 紫崎くんはそう言ってぺらりと手近にあった紙を持ち上げる。巨大な模造紙の上にシャーペンで書かれた下書きが、ところどころ油性ペンの太い字に置き換わっている。


「さっさと仕上げちまおう。まあ、こんなもの誰が見るわけでもないだろうけど」


 壁新聞……的なもの。夏休みに集められたときに説明されたからわかる。なにかしらの形で部活として文化祭に参加しないといけないらしい。


「たしかに参加はするんだろうけどさ、それで楽しい?」


「全く」


 即答だった。まあ、わかりきってはいたんだけれど。


「せっかくなら、楽しめばいいのに……」


 ぼそりと呟く。そして無責任だったその言葉に自分を咎める。

 紫崎くんや黄乃ちゃんにとって、人混みや人の目は苦痛だと重々理解していたはずなのに。


 物事の楽しみ方だって人それぞれだというのに。

 ふと漏らしてしまったエゴに、2人が聞き取れていないことを願う。


「まあ、気が向いたらちょっとだけなら行かんでもない」


 聞き間違いだろうか。


「え、今なんて?」


 聞き間違いでないことを祈る。……え、マジで?


「だから、気が向いたなら、少しくらいなら行かんでもないって。気が向いたらだけどな」


 鏡を見なくてもよくわかる。今の私、絶対に笑顔だ。


 ちょっとやそっとの笑顔じゃない。マンガとかでパアァァッ! くらいの文字が入るくらいの笑顔だ。


「じゃ、じゃあ、頑張って気を向かせてよねっ!」


 言ってから文章が崩壊してることに気づく。が、気にしない。

 苦笑いの彼が適当な調子で「出来るだけ善処しとく」とだけ返してきた。出来るだけではなく、善処ではなく、確実に、実行して欲しい。




「にしても、どうしてあの2人を無理にでも連れ出そうとしたんだよ」


 廊下、旧校舎ということもあり少しばかりギシギシと軋む床板を踏みつけながら歩く。

 目的地は購買横の自動販売機コーナー。


「あら、鈍川くんだって本当はわかってるんじゃないかしら」


「確証が欲しいだけだ」


 彼はこちらを向くこともなくそう言ってくる。


「あの2人の立場を改善。まあ、厳密には紫崎くんの……になるんだけどね」


 そう。私や鈍川くんが目指し。しかし目指しているものの果たせそうにない目標。

 今や、教室に居場所がない。という言葉が全くもってピッタリなほどのこの状況の改善だ。


「で、文化祭に連れ出してみて、本当は噂されているような人物じゃないと知って貰えれば少しは変わるんじゃないかな……ってところか?」


 はい、仰る通りそのままです。


「まあ、それについては反対するつもりもないし、決して悪手だと言い切れないからやる価値はあるとは思うが」


 と、鈍川くんの表情が急に険しくなる。


「しくじらないようにだけ、気をつけろよ」


 普段、彼が発しないような、低く落ち着いた。しかしながら強い声。

 まるで、警告をするようだった。

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