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#48 モブは最悪のシナリオに絶望する

 なんだろう。さっきの件があったからか、果てしなく集中が効かない。できない。


「すぅ……すぅ……」


 やたらに静かな部屋に聞こえるのは寝息。さっきまで隣で大きな罵声を浴びせかけ続けていた彼女の、小さな小さな寝息。

 その寝息が、主に集中をかき乱す。


 全くなんなんだよ。本当に解せんのだが。ベッドで寝るだの寝ないだの。結局寝てるし。それもぐっすり。


 そもそもなんでこいつは勉強を教えに来てるんだっけ。

 思い出してみても、こいつに頼んだ覚えは全くないんだが。


「なあなあ、信太」


 名前を呼ばれて顔を上げてみると、休憩中だろうか、郷沢が机の上にペンを置いていた。


「お前と斎藤さんって仲良いいんだな。初めて知った」


「わ、私も……」


 ああ、そうか。知らないんだな。


「俺と斎藤(こいつ)は、まあ、いわゆる幼馴染みってやつだ。というか、家自体が隣。小っさいころから結構家族ぐるみで関わったりしてたからな」


 そうそう、幼馴染み幼馴染み。


 よく考えてみたら昔からこいつって世話焼きっていうか、まあ、いろいろと絡んでくるヤツだったな。

 ということは、今回宿題が終わってないことが見つかった時点でこうなる未来は確定していたのか。


 じゃあ、こいつが勉強を教えに来てる理由って、宿題が終わってないことがバレたから……なのか?

 いや、違うか。俺が宿題を終わらせていなかったことが原因なのか。


 うん。宿題しよう。そうしよう。




「ふわぁ……よく寝た……」


「おはよう。斎藤」


 ノートから目を離さないで俺がそう言う。ベッドの方からはゴソゴソと布の擦れ合う音が聞こえてくる。


「あれ、2人は?」


「ちょっと前に帰った。お前もそろそろ帰れよな。いくら家が隣だからと言っても遅くなるとまずいだろ」


 なにがとは言わないが、うん。まずいだろ。


 時計はというと短針はそろそろ7と8の丁度真ん中くらいを指そうとしていた。


「なに言ってるのよ。誰が帰るって?」


 え……はい?

 ちょっと待ってね。こいつはなにを言ってるのだろうか。遂に理解力が崩壊したのだろうか。それとも寝起きで頭の回転が上手くいってないだけとか?


 この状況で誰が帰るとか、確定してるだろ。


 とりあえず念のために再度状況確認しておこう。


 今日の日にち、8月16日、金曜日。

 休み明け最初の登校日、8月19日、月曜日。


 本日、朝起きた時点での宿題遂行済量、ゼロ。

 現在時点での進捗、残る宿題が社会のレポートと英語のワークを残すのみとなるまで。


 おっと、ここら辺は別に今はどうでもいいか。


 現在地、俺の部屋。

 部屋にいる人数、俺を含み2人。


 現在時刻、7時28分。


 最至近の俺の発言概要「お前もそろそろ帰れよな」。


 現在地、()()()()。すなわち俺の家。


 部屋にいる人数、俺を含み2人。つまり俺以外には1人。

 それが誰かというと、聞くまでもなく斎藤。


 この状況で帰宅という動詞を実行可能な人物は1人。

 もちろんながら、聞くまでもなく斎藤。


「帰るって、お前がじゃないのか?」


 そう言うと、彼女はさらにいぶかしげな表情をしてこちらを見てくる。

 え、なにか間違ったことを言ったか? 俺。


「モブ太、宿題終わったの?」


「全部は終わってないけど……」


「ほらやっぱりそうじゃない。いったい誰が帰るって言うの?」


 やっぱりと言われても全くもって理解できていない俺がここにいる。というか、自己完結してないで俺にもわかるように説明してくれませんかね。


 瞬間、今までどこにあったのだろうか。いや、きっとそこにあったのだろうが、俺が気づいていないだけだったのだろう。巨大なカバンがそこにあるということに気づく。


 気づき、そして戦慄する。理由は簡単、最悪のシナリオが俺の中を駆け巡ったから。


「信太ー。麻衣ちゃんー。ご飯よー」


 母さんの夕飯を告げる声が聞こえてくる。普段なら歓喜とまではいかないが嬉しさを覚えるはずのその言葉に、今日ばかりは絶望でしかない。


 なぜなら、母さんのその言葉が、最悪のシナリオが真であることがより確実であると言っているようなものだったから。


「言ってなかったっけ? モブ太の宿題が終わるまで、私泊まるから」


 誰の許可を得てそんなことをっ! と聞きたいところだったが、聞くまでもなくうちの両親(主に母さん)と斎藤の両親(こちらもまた斎藤の母が主)だろう。


「安心しなさいよ。さっきまでと違ってちゃんと休憩を入れてあげるから」


 自覚あったのか。休憩の暇がなかったっていう。

 そんなことを思っていると、彼女がボソボソとなにかを言っているのに気がついた。


「なんか言ったか?」


 そう聞いてみると、彼女は顔を真っ赤にして、「う、うっさいモブ太の癖に!」と、叫んで扉から勢いよく出て行った。


 なにか俺に聞かれたらまずいことでも言ってたのかな?


「絶対に言えない。絶対。恥ずかしくって緊張して休憩のことが頭の中から消え失せてたとか、絶対信太に言えない」


 扉の奥でもなにかまだブツブツ言っているようだったが、壁1枚挟んでいることもあり、なんと言っているのかは全く聞き取れない。


「……ごめん、信太。休憩って、いるよね。うん。次はちゃんと取るようにするから」


 なんて言っているのか聞こえないのはどうでもいいんだけど。


 それよりか、扉の前にいられると飯を食いに行きたいのに扉開かないんですけど。


 ちょっと、そこどいてくれませんかね!? ちょっと、斎藤ー。聞いてますー? ちょっとー。……え、麻衣さん!?




   ***




「ねえねえ、郷沢くんはどう思う?」


「どうって?」


「いや、あの2人。仲いいんだなって聞いたってことは、たぶん私と同じ疑問を抱いたってことよね?」


 郷沢くんに送って貰いながら私はその帰路でそう尋ねる。


「あー、あれか。たしかに仲は良かったが、まあ、付き合ってるとかそういうのはないんじゃないかな」


「やっぱりそうなのかなー」


 いつもいつも私の方が弄られ続けてるから、初めて麻衣ちゃんに関するいじりネタを手に入れたかと思ったんだけど、そう上手くはいかないよね。


「でも、もしかすると一方通行の恋愛感情はあるかもな。あくまでも俺の推測ではあるんだが」


「一方通行? え、ほんとに?」


「ああ、まあ、さっきも言った通り俺の推測ではあるからたしかな話ではないんだけど」


「ちなみに、どっちからどっち?」


 というか、1番重要なのってそこじゃないかしら。そう思いながら少し食い気味で私はそう聞く。

 するとどうしたことか、郷沢くんはクスクスとなぜか小さく笑っていた。


「な、なにか私変なこと言った?」


「いや、ただ」


 彼は笑いをこらえながらだからか、少し早口になりながら続けた。


「雨宮ってどっちかというともっと物静かなイメージとかあったんだけど、なにか1つのことに集中してるときは結構饒舌っていうか、自分からグイグイと前に出るようにしてやるんだなーって。ちょっと意外だった」


「えっ!? 今の私そんなにグイグイ行ってた?」


 そう聞いてみると、彼はコクリと頷いてやはりクスクスと笑った。


「ああ、質問に答えるの忘れてたな。斎藤から信太に、だよ」


「ほんとに?」


 またも私は食い気味で聞く。ああ、これがグイグイ行ってる感じなのか。たしかにそうなのかもしれない。

 彼は2、3度頭を縦に振り、肯定をしてくれる。つまり、これは……


「麻衣ちゃんをいじるネタになる……!」


「のかもしれないけど、まあ、何度も言うが推測だから本気にするなよ?」


 ぐぬぬ……たしかにこれで自信満々でいじりにいって、仮に間違いだったとしたら逆にこのことをネタに返り討ちに遭う可能性が……


「地道にネタを探すしかないのかー」


「頑張れー」


 むう、こういう「頑張れ」って多少無責任さを感じるんだよね。なんていうか、「俺はそれについて関わりたくないから、まあとりあえず成功することくらいは祈ってるよー」みたいな感じがする。


「ちなみになんだが、雨宮さんって好きな人いるの?」


「え、私?」


 話の脈絡は……たしかにあるといえばあるけど、結構唐突だなーとかとか思ったり。


「ま、まあいるにはいるけど」


「そうなのか。で、誰?」


 そこ聞くのね。聞くのね。聞いちゃうのね。


「聞くんだ、それ」


「うん。気になるし。いちおう」


「うーん、どうしよう」


 なんだろう、私の中の理性が知られてはいけないと警笛を鳴らしに鳴らしている気がする。知られてしまえば、いじられる可能性が高い、と。


「うーん、誰だろう。遠野とか?」


「ふひゃっ!?」


「あれ、あたりなの? マジで?」


 ええええええ、なんで遠野くんって分かったの?


 てか! 私も私でなんでこんなにも分かりやすい反応してるのよ!


「あー、だからあのとき立候補したのか。納得」


「だ、誰も遠野くんだって肯定はしてないんだけど」


「え、でも図星だったんじゃないのか? あの反応っぷりだと」


 言えない。絶対に言えない。図星だとは。

 と、とりあえずこれ以上の追求はまずい。話をすり替えないと。


「そ、そんな郷沢くんは好きな人、誰なのよ」


「ん? 俺か?」


 さあ、困るがいいわ。そして私の気持ちを知れば……


「いないかなー。好きなやつとか、別に」


「へ……いない?」


 腑抜けた声で私はそう言う。彼は表情を崩さずにコクリとだけ頭を動かす。


「だから、教えようがない」


「なにそれ、ずるいっ! 不公平不公平! 私だけ好きな人バレるとかっ!」


「やっぱり遠野なんじゃないか。好きな人バレたって」


「うあ……」


 やらかした……

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