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#45 少年は駆け出す

「紀香?」


 たしかに、紀香の声が聞こえた気がした。なんて言っているのかは聞き取れなかったが、聞こえたように思えた。

 急いで周囲を見回してみる。しかし、どこにも彼女の姿は見つからない。


 周りにあるのは人、人、人。その人全てが紀香とは違う。


 もしかすると、聞き間違えたのかもしれない。これだけ人が雑多としているんだ。別の人の声と聞き間違えたかもしれないし、なんなら声が酷似している人がいてもおかしくはない。


 とは思ったものの、なぜかここから動けない。

 ここで退いては行けない気が――


 ふと視界に入ったのは男の集団。しかし、目にとまったのは決して男などではなかった。


 男たちが取り囲むようにしてその中心に置いている1人の少女。見間違うはずもない。それは、紛れもなく、


「見つけた」


 俺はそう小さく呟いた。にしても、これってあれか? あいつ、ナンパされてるのか?

 いろいろ思ったりはしたが、とりあえず今考えないといけないことは、どうやって彼女を助けるか……だろう。


 しかし、ざっと算えただけだけど、男は5人はいそうだった。

 ゲームや漫画、アニメなんかの登場人物なら、こういうとき颯爽と現れて、男を片づけて彼女を連れて帰るのかもしれない。


 けれど、俺は物語の登場人物でもないし、そうであってもそんな腕っぷしなんて持ち合わせていない。となれば、


「これしかないか……」


 俺は覚悟を決めて、そう言った。




   ***




「ねえねえ、お姉さん。俺たちと一緒に遊ぼうってばー。ね? 絶対楽しいから、こっちおいでよ」


「だ、ダメです。友達も待ってるんで」


 怖い。


「じゃあさ、そのお友達も一緒でいいからさー」


「嫌です、やめてください!」


 怖い。


「おいでってばー。ね? 遊ぼうよ」


「だ、から、嫌で、す」


 怖い。


 怖い、怖い。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 やめて、こっち来ないでよ。ナンパってやつだろ? これ。私よりかわいい子いくらでもいるじゃん。そっち行ってよ。


 そうは思うが体が言うことを聞かない。すると、男の1人が私を連れて行くつもりなのか、腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

 やだ、やめて。私に触らないで。お願いだから、掴まないで。


 助けて……たかと――


 瞬間、猛スピードで視界へと入ってきたのは、かれこれ十数年間付き合い続けてきた見覚えのありすぎる横顔。

 迫ってきていた男の手を払い飛ばして、そのままの手で私の腕を掴んだ。


「誰だ、お前?」


 私は彼の名前を呼ぼうとするが、なぜだろう。全くもって声が出ない。


「いやあ、すみません。うちの猿が迷惑をかけたみたいで、ええ。本当にねえ。すみません」


 急に彼はべらべらとなにかを話し始めたかと思うと、男たちはなにがなんだか理解できていないようで。そして、


「それじゃ、失礼します!」


 あたかも、その瞬間を狙っていたかのように隆俊は私の腕を引っ張り、思い切りに走り出してしまった。


 っていうか、待って隆俊、まだ10円玉を拾えてない……!




 どれくらいの距離を走ったろうか。しばらくはかなりのスピードで走っていて、ときおり誰かとぶつかりそうなくらいだったが、だんだんとそのスピードも緩み、今ではもう歩くのと同じくらいになっている。


 ぱっと後ろを見てみても、そこには先程の男たちの姿は全く見当たらない。まけたと信じたい。


「ったく、心配かけてんじゃねーよ」


「うん」


 なんだろう、いつもなら反論の1つや2つしてやりたいような言い方をされているのに、どうしてか今に限ってはその気も起きない。


「葵の1個下と2個下の妹と弟にもちゃんと礼言っとけよ? 一緒に探してくれてるんだから」


「うん」


 本当に、心配も迷惑もかけたんだろうな……


 かき氷はもうかなり溶けてしまっていて、そのてっぺんがグショグショになっている。かき氷を頼んだ人には悪いことをした。


 ふと、彼が歩くことをやめた。そしてこれまでと同じように一切振り向かず、また言った。


「……ほんと、ごめん」


 滲み出るようなその小さな言葉を聞いて、私は同じように小さく「うん」と答えた。


 彼は決して振り返らない。後ろを向かない。けれどそれは、きっと見せられない顔になっているからだろう。


 腕を掴まれているその彼の手が、微かに震えていたから。




「みんな、心配かけてほんっとに、ごめん!」


 私は頭を下げ、手を合わせてそう謝る。

 頭を下げているため見えはしていないもののおどおどしている橘さんの声やいつも通りの遠野の声。十人十色な様子の声たちが聞こえてきていた。


「まあ、無事だったからよかったじゃねえか」


 遠野のその声が今としてはとても安心する。それと同時に私を戦慄もさせる。


 あともう少しで無事ではなかったのかもしれないと思うと。

 今回ばかりは隆俊に感謝してやるとするか。うん。


「それより、ちゃんとオーダー通り買って来れたんだろうな?」


 まるで見下すような声色。隆俊だ。


「あ、ああ。買ってきたぞ」


 ここは、ぐっと我慢。我慢……助けて貰ったんだから。


「ほう、お前にしては上出来だったな。意外だ」


 前言撤回。やっぱり禿げろ。今すぐにでも。




   ***




「しっかし、まあ」


 よくもああまで動けるよな。感心するよ。


 昼ご飯を食べ終わるとすぐに小中学生と紀香は海へと向かっていった。バカみたいにアグレッシブな動きをする紀香といい、そのノリについて行く小学生といい。

 小学生ほどではないがかなりはしゃいでいる中学生といい。あいつらの体力は無尽蔵なのだろうか。


「俺には無理だわ。よくできるなあ、あんなの」


 半分呆れながら俺はそう言う。はしゃいでいる彼ら彼女らとは正反対にレジャーシートの上は至って静かである。

 未だ疲労で伸びている橘さん。その様子を見ている葵。相も変わらずイチャイチャしている笹原姉弟。


 おかげさまでただでさえ暑い空気がさらに暑い。


 だからといってここから離れるわけにもいかない。小中学生にはいちおうは高校生が着いているとはいえ、紀香だし。むしろ中学生2人の方が頼りになるかもしれないレベルだし。


 さっきのような輩……むしろ、さっきの輩がいないとも限らないし。


 まあ、そんなこんなで目を離すことができない。たしかにここには葵がいるんだが、橘さんの様子を見ながらだと大変だろうし。


 だからといって俺が紀香たちのところに混ざるわけにもいかない。というか混ざりたくないし、混ざる勇気もなければ混ざるだけの体力も残っていない。


 というわけでリア充どもの中で座っている。

 決して、やることがなくて、行くところがなくて困っているわけではない。


 決して。


 砂遊びでもするか。やることないし。

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