#44 少年は服に困惑する
「とは言っても」
俺は少しばかり困った声で言う。
「俺、服なんてそうそう買わないし、女の子の服とか……なおさらわからないんだよな。おまえ、どんな服がいいんだ?」
「なんでもいいです」
その答えが一番困る。妹どころが姉すらいなかったし、もちろんながら彼女だっていたことはない。
一緒に買い物に行ったことがある女性と言えば母さんくらいだが、それも遥か昔の話。病院のベッドの上から動けない母さんになにか買ってきてと頼まれることはあっても流石に服を頼まれたことはない。
つまり、
「どこにいけば女の子の服なんて売ってるんだ?」
前途多難なんて甘ったるいほどに、お先真っ暗である。
しかし、女の子の服を買うだけでこんなにも時間と心労がかかるものなんだな。
適当に子供服が売っている店を見つけるまでに大体20分程度。ここまでは順調だったのだが、ここでハプニングが発生した。
店の前でただひたすらに立ち続けることおよそ1時間半。もはや俺はただのヘタレである。
理由を1つ述べるとすれば、単純に怖かったということに帰結する。
しかし、どうやらそれは黄乃も同様だったようで、俺のズボンをキュッと握ってカタカタ震えていた。
そこからなんとか奮起して店内に入る。手早く探して買って帰ろうとするも、俺も黄乃もなにがいいかなどわからなく、時間がたっていくとそのうち更なるハプニングが襲いかかる。
店員だ。店員が現れたのだ(当たり前である)。
「いらっしゃいませ。なにかお探しでしょうか?」
店員が笑いながらそう聞いてくる。俺の顔から確かに血の気が引いたのを感じた。黄乃も先程より酷く震えている。
店員の(おそらく)厚意を断ろうとするも、あまりのテンパりに言葉が出てこない。
1歩後ろに後ずさるが、店員はそれに合わせるようにして1歩近づいてくる。
ちょっとまって、来ないでくれ!
必死で心の中で叫んで見るも、口からはなにも出てこない。後ずさっても後ずさっても店員はついてくる。もう、やめてくれ……
「すみません、店員さーん!」
どこかから男性と女性の2人組がひょっこりと頭を出してこちらにいた店員を呼んだ。
「はーい!」
その言葉に反応した店員はそちらへ向かった。
誰とも知らない人……ありがとうございました。
とまあ、そんなことがあって、服を買うことができるまで店に入ってから約3時間。適当な服を買って終わった。
どっと疲労が溜まって、そして今はフードコートにでも食事をとっていた。
昼時より遅い時間帯の今は、かなり空いている。
俺はかけうどんをズルズルとすする。横では買った服に着替えた彼女がミニうどんのカマボコを口にしていた。
「次は、カバンだな。キャリーバッグみたいなので、あと防水性能があるものを……」
「え、それって必要ですか?」
カマボコを飲み込んだ黄乃が慌ててそう聞いた。
「必要じゃないのか? だって誰かが声をかけてくれるまであと何日待つかわからないだろ? その間に雨でも降れば……」
「いや、龍弥ではいけないんですか?」
この少女は何を言っているのだろうか?
今にも泣きそうなほどに潤んだ瞳で彼女は言った。
「あなたの家には、泊めていただけないのでしょうか?」
やめてくれ、そんな悲しそうな目で見つめないでくれ。
断りにくいじゃないか。
♢♢♢
「たしか、そんな感じで居候として居座ることになったんだよな?」
「そうですか。あの日がお見舞いの日……」
彼女がそう呟く。傘には大粒の雨が叩きつける。未だザアザアと言う音がうるさく聞こえてくる。
「でも、見舞い日少しは思ったんだよね。母さんの願い……誰か友達を連れてきて欲しいっていう願いを叶えてあげたいって」
ぽつりと呟くが、黄乃がこちらを向いたあたり、聞こえているようだった。
「もしかすると、お前とで会えたのは神様の仕業かも。なんてな」
俺がそうふざけ半分で言うと彼女はプイッと顔を背けた。そんなに面白くなかったのかな?
そんなことを思っていると、視界に見慣れた光景が現れた。
「黄乃、晩御飯はなにがいい?」
「そうですね……」
彼女の返答を聞き届けて、俺は鍵を開けたドアを押した。
「ただいま」
そう呟いて。
***
「ねーえー! 氷空ー!」
私は捕まえたそれを手に持って弟の元へと向かう。
「じゃーん! 蟹さんでーす!」
二2の指でつまめるほどの小さな蟹を持って私はそう言った。
「悪い、お姉ちゃん」
想像とは全く違う反応をされた。少し悲しい。
しかし、なにを謝っているのかと思うと、彼は手を差し出した。
「もっとでかい蟹、捕まえちまった……」
バツが悪そうに言う彼を見て、私は思わず笑ってしまった。
ザザーン。
波の音がする。
それは、押しては引いて、押しては引いて。
同じことを繰り返しながら時折私たちがいる岩場に強く打ちつけると、音を立てて水飛沫が舞い上がり、私たちに降りかかった。
「なあ、お姉ちゃん」
氷空がこっちを向いて聞いてきた。
「今日、楽しい?」
少し不安そうな氷空のその顔を見て、私は微笑ましくなった。そんなことを心配してくれていたんだ。
そう思い、私は思いきりに笑って答えた。
「うん!」
***
「ぐぬぬ……」
握った拳に後悔しながらニヤリと笑う目の前の人物を睨む。
「ほら、買ってこいよ。猿」
そこにあったのは開かれた彼の手のひら。「早く買ってこいよ」と彼は催促をしてくる。
握った拳と開かれた手のひら。すなわちグーとパー。
私は隆俊に負けたのだ。ジャンケンで負けたのだ。
昼ご飯の買い出し係を決めるための。
私は改めて握った拳を悔やんだ。
「ったく、隆俊め……人使いが荒いんだから……」
ぼやきながら渡されたメモを見る。焼きそばからたこ焼き、お好み焼きなど、私を除く10人分の注文が書かれていた。
「誰だよ、かき氷なんて頼んだやつ……」
ご丁寧にイチゴ味まで指定されている。
嘆息をつきつつ、私は歩みを進める。
そして歩いていて気がつく。海の家的なものってどこにあるのだろうか。
そして、今いるここは一体どこなのだろうか。
隆俊から渡されたものはメモとお金だけ。地図的なものもないし、スマホなんかも持っていない。
「まあ、なんとかなるか」
楽観的に物事を見る癖が私にそう思わせた。そして、
「あ、あった」
しばらく歩いたあと、視界に映った海の家に私は歓喜した。
そして、絶句もした。
「すみません。今、サイダーを切らせておりまして……」
誰だよ。サイダーとか頼んだやつ。
「向こうの方へ少し歩けば自動販売機がありますので、そこにならおそらくあると思います。すみません」
店員さんは丁寧にそう教えてくれた。少々お待ちください、と言われ、待っていると頼んだ物をビニール袋に入れて渡してくれた。
「それからこちらを」
さすがに袋には入れられなかったかき氷を渡された。赤い山を構えたそれは、ペンギンの覗く発泡スチロールの容器に入っていた。
あ、これ。持って移動しなきゃいけないじゃん。めんどくさ。
店員さんに言われた通りに歩いて行くと、自動販売機はたしかにそこにあった。
サイダーかあることを確認すると硬貨を投入する。かき氷で片手が完全に埋まっているため、とても入れにくい。
なんとかお金を入れ、サイダーのボタンを押すとガコンという音を立ててサイダーが出てきた。
取り出し口からペットボトルを取りだし、ビニール袋の中へ入れる。今度はお釣りを取りだ――。
「あっ!」
チャリーン。
手から滑り落ちた10円玉が台座のコンクリートにぶつかり、甲高い音を立てた。
「もう……かき氷邪魔ー!」
愚痴を漏らしながら私は十円玉を取ろうとかがんだ。
と、そのとき。私の方に誰かの手が置かれた。
さすがにこの量を一人で持つのは酷だということに気づいてくれたのだろうか。私は皮肉たっぷり出迎えてやろうと。
そしてかき氷を渡して、それから10円玉を拾おうと、そう思って振り返った。
「隆俊、やっと来――」
振り返った。そして私は言葉を失った。
照らされて溶けたかき氷の滴が私の手に落ちた。
ひんやりとしたそれは手の甲を伝って砂を濡らした。
***
「おっそいな、あいつ。どこで油を売ってやがるんだ」
紀香が買い出しに向かってからかなり時間がたった。レジャーシートの上に寝っ転がりながら俺はそう悪態をついた。
「なあ、隆俊。様子を見に行った方がいいんじゃないのか?」
視界にはいないが、葵の声が聞こえてくる。俺は上半身を起こしてその姿を視界に入れる。
「なんでだよ。あいつだって高校生なんだから買い出しくらいできるだろ?」
俺がそう聞くと、彼は片手で団扇を動かしながら答えた。
「でもさ、あいつ極度の方向音痴だろ? 遅いのってそれが理由だったりして」
「ったく、なんで俺が紀香のことを見に行かなきゃなんねーんだよ」
そう言いながら自分で見に行くと言った数分前の自分を恨む。
だって、だってさ。だってあれじゃん。
葵は「俺、行こうか?」って言ってくれたけど、紀香に付き合って暑気が入った橘さんの体を冷やしたり団扇で扇いだり看病しているし、
笹原姉弟は笹原姉弟でなにやら仲良くしていて、こちらから介入しようとも思わないし、向こうも向こうで遅いことに気づいていないみたいだし、
「どいつもこいつもリア充どもめ……」
あの場所にはリア充と小中学生しかいなかった。
まあ、あいつが買い出しに1人で行ったのは俺のせいでもあるし……仕方ない。俺が行かなくてはいけないんだ。うん。
決して心配していたとかそういうわけではないんだ。うん。
小学生は2次被害が起こると面倒なので待機しているが、中学生の2人が手伝ってくれているので、しばらく探せば見つかるだろう。
「というか、マジであいつどこまで行ったんだよ」
海の家に辿り着いた俺はそう呟く。ここまでで一切紀香の姿を見ていない。
もしかすると気づかないうちにすれ違ったのかもしれない。今来た道を戻ろうとしたとき、
「――――――」
どこからか紀香の声が聞こえてきた気がした。




