#35 少女が方向音痴なので地図を与えてみた
この状況を、どう言葉に言い表すべきか。
ショッピングモールまでの道のりを一切知らない2人でショッピングモールを目指す。そんなもの……
無謀の極致だ。
「だ、だってさ、いつもは隆俊に連れて行って貰ってるから問題なくつけるし……」
焦った声で自らの失敗を誤魔化そうとして、彼女はそんなことを言っていた。
「そ、そうだよ! 隆俊。隆俊が悪いんだ! 禿げろ!」
もはや暴論であり、支離滅裂である。しかしながらその言葉に私は一縷の望みを見いだした。
「ねえ、蓬莱くんなら道知ってるんじゃないの? なら、連絡して一緒に来て貰えば……」
自分で言っておいてなんだが、かなりの名案だとは思った。思ったのだが、言い切る前にその案は断ち切られた。
「絶対に、ダメ」
そしてかれこれ十数分。未だ市街地の中を散策……という名のショッピングモール探しが続いていた。
なぜか灰原さんは蓬莱くんに頼ることを断固として拒否していた。私個人としては頼って貰った方が早くて済むからありがたいのだが、彼女の中には何かしらの信念があるのだろう。
だがしかし、本当になんとかして貰わないと、市街地で遭難するのも時間の問題である。実際、
「ねえ、灰原さん。このどこ?」
「さ、さあ?」
このありさまである。途中、イラついたのか、灰原さんが無策に突っ走って、おかげさまで道がわからなくなってしまった。止められなかった私にも責はあるのだが。
「やっぱり蓬莱くんに案内して貰ったほうが……」
「絶対に嫌」
そこまでして嫌がる理由はなんなのだろうか。不思議に思い、思い切って聞いてみる。
「ねえ、どうしてそこまでして蓬莱くんに頼りたくないの?」
そう聞くと、彼女は少し思い詰めたような顔をして答えた。
「いつまでも隆俊に頼るわけにもいかないし。それに……」
すると突然真顔で真面目に言った。
「アリオンにすら行けないのかってことで、一生……少なくともしばらくはいじられる」
なるほど。と、私はしっかりと頷いた。
「ねえ、気づいたんだけど……」
更に十数分が経ったころ。私はあることに気づいた。
というか、なんで今まで気づかなかったんだと言いたくなるような、そんな、
「スマホでさ、調べたら道出てくるんじゃないの?」
至極単純であり、至極真っ当な考えであった。
それ故にか、2人して思いつきもしなかった考え。そしてその考えは、
「よし、やろう」
即座に実行されることとなった。
***
ペラリと本のページを捲る。
新たに紡がれていたその文章を目に通して、先程のページの続きを追いかける。
ページを捲り、またページを捲り。そうしているうちに、初めは右が多かったその本が、だんだんと左の方が多くなり、そして、ついには裏表紙が閉じられる。
勉強机の上、蛍光灯が照らす裏表紙をしばらく眺めていると、自らを呼ぶ声が聞こえた。
「匠! 匠ー! ごはんよ!」
その声を返事をすると、蛍光灯を消して食卓へと向かった。
あらかじめ用意しておいたファイルを手にして。
食卓につくと、そこに用意されていた昼ご飯に手をつける。向かい側の席に着いた母親が口を開いた。
「ちゃんと宿題やってる? 成績が悪いんだから平常点で稼がないと……」
何度目の会話だろうかと思ってしまうようなセリフだった。夏休みに入ってから幾度となく同じ会話を繰り返している。
「大丈夫。というか終わらせた」
用意していたファイルを食卓に起き、食事を再開する。
少し空気が悪くなり、俺は早々にご飯を食べきり自室へと向かった。
「丸だらけ……答え見て写したわね……」
母親のその言葉を聞いていないふりをして。
***
「Gougleを開いて、アリオン……っと」
私はスマホの検索エンジンで検索をかける。一瞬の時間をおいて画面が切り替わる。
「こ、これでいいのかな?」
画面に示された地図をタップし、その地図が拡大されたのを見る。地図には目的地、アリオンまでの道のりがガイドされていた。
「さ、さすがGougle、さすが文明の利器」
灰原さんが思わず言ったその言葉に私は頷いた。
「じゃっ、じゃあ仕切り直して行こうか!」
そう言って灰原さんは自信満々で私を先導しようとした。その様子を見て一言。
「灰原さん、そっちは逆方向……」
灰原さんは絶句していた。
しばらくの時が経ったころ、遂にその時が訪れた。
「つ、着いたー!」
私と灰原さんの疲れ切った声が重なる。
目の前には学校よりも遥かに大きな建造物。複合商業施設。すなわちショッピングモール。
アリオンがそこにあった。
現在時刻12時半。待ち合わせの時刻だった8時からから実に4時間以上経っていた。
「よしっ、さっそく水着を探しに行……」
まだ炎天下のもと、手を握られ、水着の売っている店に連れて行かれそうになったとき、彼女から。
正確には彼女の腹部から唸り声のような、呻き声のような音が聞こえた。
ぐぎゅるるるるるる……
盛大な、腹の虫の鳴き声だった。彼女は顔を真っ赤にしてその音を恥じた。
「その前に、何かお昼ご飯を食べようか」
私が彼女にそう言うと、こくりと頷いていた。何度でも言おう。今はもう12時半……いや、もうすぐ12時40分になるころだろう。時間帯はもちろん、その上に長時間も彷徨って歩いた後だ。
「灰原さんは、何を食べたい?」
私がそう聞くと、それと同時に私のお腹も鳴いた。
これだけの条件が揃えば、お腹が空くのは必然であっただろう。
ショッピングモールには、多種多様、よりどりみどりが可能なほどの店舗が連立している。ショッピングモールの入口には、それらの店舗の、その中でも飲食店の一覧表が大きな看板に写真付きで掲げられていた。
そして、その種類の多さは、かかる金額さえ気にしなければ、一般的な料理であればなんでも揃っているくらいだった。
「灰原さん、何が食べたい?」
私が看板から目を離して彼女の方を向くと、今にも滝のような涎を垂らしそうなくらいに看板の写真にがっついている灰原さんがそこにはいた。
とても幸せそうな顔で店舗情報を眺めている彼女は、しばらくして私の視線に気付いたようで、「どうしたの?」と聞いてきた。どうやら、私の先ほどの言葉は届いていなかったようだ。
「何が食べたい?」
私が改めて先ほどの質問を問うと、彼女は瞳を輝かせて答えた。
「ハンバーガー!」
彼女は、超が付くほど有名なファストフードの名を答え、と思いきや、私を店へと連行しようとする。
私は暴走する彼女に焦りを感じ、急いで彼女の腕を掴んで制止した。
「ま、待って」
私がそう言うと、灰原さんは止まり、私を不思議そうな目で見てくる。
「ハンバーガーが食べたいのはわかった。よくわかったし、それに反論するつもりもない。だけどね」
私の脳裏を過ぎった悪い予想は、興奮気味だった思考を冷却し、空腹の中でもまともな考えへと向かった。いや、むしろ空腹だったからたどり着けたのかもしれない。
「店の場所、わかってるの? ついでに聞くと、水着の売っている店の場所も」
これ以上、無駄に時間と体力を使いたくない。そう思って放った言葉は、どうやら灰原さんには大きな影響を与えたようだった。
本日2度目、灰原紀香の絶句は、再び鳴った腹の音と同時だった。
「空腹が満たされていく……」
恍惚とした顔でハンバーガーを貪る彼女はそう言っていた。相当にお腹が減っていたのか、目の前の彼女のお盆の上には8個のハンバーガーが山のように積まれて残っていた。
私は内心、9個も食べるのか。と、感心していた。
私は紙を捲り、ハンバーガーを顕現させた。醤油風の匂いが、高まりきったはずの私の食欲を更に掻き立てた。
「それにしても、地図って凄いね。こんなにも早く目的地につけるなんて」
私はその言葉に頷く。地図のおかけでかなり早くこのハンバーガーショップまで辿り着いた。そう考えると、やはり地図は優秀だ(灰原さがその地図があってもなお、ショッピングモールで逆方向に進んでいたことは言わない約束)。
少しそんなことを考えながら目がなんでもないところを見ていたので、目の前に視線を切り替えた。
「えっ!?」
そこにあったのは紙ゴミと化したハンバーガーの包装紙の山だった。彼女の手には、最後のハンバーガーが握られていた。
「早っ!」
その光景を見た率直な意見が思わず口から出てしまった。
「はははっ! よく言われるよ、それ」
彼女はそう言うと、最後の一欠片さえも口の中に放り込んだ。
そして、彼女は言った。
「橘さんが今食べているハンバーガーを食べおえたら、水着を見に行こうか」
その言葉を聞いて、私は急いでハンバーガーを詰め込んだ。思わず咳き込んでしまう。
手近にあるセットのオレンジジュースを取ると急いでそれを飲んだ。落ち着いて前を見てみると、笑っている灰原さんがそこにいた。




