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#30 少年少女は久しく邂逅する

 帽子は被った。スマートフォンも電車の運賃も持った。


「よし、行くか」


 玄関の扉を開いて俺は言った。


「行ってきます」


 家の中からは「いってらっしゃい」と言う声が口々に聞こえた。




   ***




「ったく、遠野と橘さん(あの2人)はいったいどこに居るのさっ!」


 私は愚痴を吐くかのようにして不機嫌な口調で彼に言った。彼は、そんなこと言われても知るかよ、と言いたげな表情を私に見せて、「知ってたらこんなに苦労するかよ」と言っていた。


 ここは学校付近の住宅街。2人と連絡が取れないことに気づいた私と隆俊は、「少しの可能性でも潰していこう」という隆俊のゲーム脳のせいで、学校付近の住宅街を虱潰しに調べていた。


「なにか、何か大切なことを忘れている気がするんだけどな……」


 私はそう呟いた。しかし、それは嘘ではなかった。確かに何かを忘れている気がする。しかし、それがなんなのかが全く分からない。ただ、それが分かれば今のこの状況がひっくり返りそうな気が……


「なんだよ。忘れていることって。2人の家の場所を本当は知ってるとかか?」


 隆俊がふざけたようにしてそう言った。家。家の場所。


「あっ。あーーー!」


 思い出した私は大きな声で咆哮した。隆俊が耳を塞ぎながら「うるさい、近所迷惑」と言った。


「え、なに? 本当に家の場所知ってたとか?」


 私はその言葉に首を振る。しかし、ニヤリと笑って隆俊を見つめた。


「そのかわり、大切なことを思い出した」


 私の笑みのその先には、キョトンとした隆俊の顔があった。




「あー、たしかにそうだったな」

 私は隆俊に思い出したことを伝えた。彼はそれに納得した様子でそう答えた。

「でしょ! それにね、ちょっと前にも着いて帰る帰らないであの2人が言い合っているときに、橘さんが電車賃がかかるから着いてこなくていいって言ってたし」


「つまり、橘さんは電車通学だと。で、その駅に行けばなにかしらの手がかりがあるかもしれない。ってことか?」


 隆俊がそう聞いてきて、私は大きく頷いた。しかし、隆俊はどこか難しい顔をして言った。


「だからといってどの駅か分かってるのかよ。電車通学ってのは分かっているとしても」


 私はその質問には答えられる自信があった。というのも、


「それは大丈夫。下校の時と体育祭の打ち上げの時の2人の向かった向きからほぼ確実にこの駅だろうっていう目星はついてるからね!」


 私は自信満々でそう言うと、その駅のある方向を指差して見せた。そんな私を見た隆俊はなぜか「はあ」と嘆息をつき、憐れむような目で私を見て言った。


「乗る駅じゃねえよ。降りる駅だ。それが分からなくてどうする」


 その言葉を聞いて私は唖然とした。そんな私を放って彼は続けた。


「それに、橘さんはクラブに入っていないんだから学校に来る必要ないし、用事でもなければわざわざ電車に乗らないだろうし」


 きっと今の私の目は虚ろとしているだろう。




 そんな私の虚ろな目に1つの人影が映った気がした。その人影は学校から駅の方面へと向かって進んでいた。


 普段ならただの有象無象の1人だと判断するだろう。今もきっとそう感じるはずだった。


 なぜか、なぜか目を離してはいけないような気がした。


「おい、紀香。聞いてるのか?」


 隆俊が何か言っているが、気にしない。隆俊の問いかけなど無視して逆に私が問いかける。


「ねえ、あの人って。もしかして」


 私が指を差して言うと、彼はその人を見た。彼がしばらく見続けていると、その人の判別がついたようで、「ああ。あれは」と言った。


「葵だな。こんな暑い中どこに行くんだろうな」


「だなー。それより橘さんと遠野を探さ……」


 私はそこまで言って固まった。隣では隆俊も固まっていた。


遠野()が居たーーー!」


 隆俊と私の声がハモったが、気にしない。


「ん? おー。隆俊と灰原じゃねーか。おはよう」


 私たちの声に反応した彼が、そう呑気な声で言っていた。

 なんか拍子抜けはしたけど、とりあえず、探していた2人のうちの1人が見つかった。




「…………で」


 遠野はそう言いながら、頭のもみあげあたりを左手でポリポリと軽く掻いた。


「要するに、お前たちは橘の家に行きたいと」


 その言葉に私たちは全力で頷いた。

 そう、全く持ってその通り、なんの間違いもない。


「家は知ってるんだが、こういうことを勝手に教えるのもあんまり良くは無いとは思うんだよな。家は知ってても連絡先は知らないから、今すぐに許可を取るのも難しいだろうし」


 彼はそう言いながら、やはり左手で頭を掻いていた。少し考え込んだ後に、なにか思いついたような顔をして彼は言った。


「俺は今から橘の家に行く。お前たちは()()()着いて来ればいい」


 彼の言葉に私の顔がぱあっと明るくなる。隣でも隆俊の顔に喜びが浮かんでいた。


「本当はダメなんだろうけど、まあいいか」


 遠野はそう言うと駅に向かって歩き出した。

 それを追いかけるようにして、私たちはそのあとを着いていった。




「まもなく、千々代(せんちよ)駅、千々代駅です。お出口は左側です。つぎは……」


 車内アナウンスが流れる。それと同時にそれまで座席に座っていた遠野は立ち上がる。それを見た私たちも立ち上がった。


「この駅か」


 隣で隆俊がそう呟いた。私はそれに「みたいだね」と、賛同した。

 ICカードを改札の機械に当て、改札から出る。そこには、正に住宅街と言わんばかりの家だらけの景色が広がっていた。


 家、家、家。たくさんの家が並んでいる様子を見ていると声が聞こえた。


「こっち。万が一はぐれたとしても、俺は無視するからな。だから気をつけろよ」


 少しばかり距離の開いたところにいた遠野が忠告してくる。


「今行くっ!」


 私はそう答えると隣にいた隆俊の手を掴み、引っ張る。

 隆俊は少し不満そうな顔をしていた。




 橘さんの家に着いた頃、私は遠野の忠告の意味を理解した。


この住宅街(ここ)、入り組みすぎ」


 駅の近くあたりはかなりわかりやすい道だったのだが、少し離れてくると、だんだんと蟻の巣のように入り組んできた。


「お前よく覚えてるな。こんな道」


 私が感心してそう言うと、「何回も来てるからな」と、彼は答えていた。


「まあ、お前と違って葵は頭がいいからな」


 隆俊の言葉に私はむっとして言い返そうとした。

 が、それを思いとどまる出来事が起こった。


「着いてこなくていいって! むしろ来ないで!」


「優奈っ、ダメ! あなた昨日も迷って帰ってきたじゃない!」


 家の中から突然大きな声が聞こえて、さらには扉から転がり出すような勢いで1人の少女が出てきた。そして本当に転んだ。


 座った姿勢のまま、「痛た……」と言う少女を目の前に、私も、隆俊も、驚いてしまって何が起きているのかの理解すらできなかった。


 そんな中、やはり、


「よう、橘。久しぶりだけど、元気か?」


 この(おとこ)は、能天気に、楽観的に、そう言っていた。




   ***




「行ってきます」


 私はやはり気力の無い声でそう言った。もう、考えることさえ辛くなってきている。

 それでも今のうちに集めておかなければならない。だから辛くても、私は昼の屋外へ向かう。


「待って、私もっ!」


 後ろから女性の声がして、それと同時にドタバタという足音やら何かしらの作業をしている音がしていた。それを聞いて私はさらに足を速める。


「優奈。それじゃあ行……」


「着いてこなくていいって! むしろ来ないで!」


 お願いだから、――をかけたくないの。これ以上。


「優奈っ! ダメ! あなた昨日も迷って帰ってきたじゃない!」


 反論する言葉もない。でも、譲れない。

 私は全力で扉へ向かった。靴を尋常ではないスピードで履くと、私は勢いよく飛び出した。


 そして、勢い余って転んだ。普通に痛い。

 そんなとき、私に想像もしない出来事が起こった。


「よう、橘。久しぶりだけど、元気か?」


 聞き覚えのあるその声に、私は思わず上を見上げた。そこには、


 私が―――――――――ものがそこにあった。

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