#27 少女は幼馴染の家で暇を潰す
「そういえば、今日ってどんな活動するんすか?」
黒崎くんがそう呟いた。それに対して紫崎くんが「あー、言ってなかったか」と言って続けた。
「新聞を作る。壁新聞。文化祭用のな」
***
「……………………暇」
目の前にいた彼女がそう言った。細目のまま俺は彼女を睨みつけた。暫く睨みつけた後にため息をついて俺は言った。
「俺といて暇なのなら、帰れば?」
俺がそう言うと紀香は「むう」と、頬を膨らませてから言った。
「わ、私は隆俊が暇してないかなって心配して……」
「そうか。それは無用なお世話だったな。あいにく、ため込んだゲームが大量にある」
少し嘲笑気味にそう言い返すと、彼女は言い返せない様子で、声にならない声を発していた。
ここまで言って俺は考える。そういえば、こいつは――。
「まあ、暇で構わないなら気が済むまでここにいて構わないぞ」
俺がそう言うと、彼女の表情がぱあっと明るくなった。
本当に、単純。
別に何をするでもなく、ただひたすらに時間だけが過ぎていた。そんなとき、突然にうねるような音がした。
「あっ……」
紀香の腹の虫の騒ぎ声だった。彼女は顔を真っ赤にしていた。そんな彼女を見て、俺は、
「昼飯にでもするか」
そう言った。彼女の顔は明るい。いくらなんでも単純過ぎないかと思ってしまうほどに。
食卓へと向かうと、紀香はその後ろを某ゲームの主人公についてくる仲間のように綺麗についてきていた。器用なこった。
食事の準備を始めようとして、冷蔵庫に手をかけようとしたそのとき、俺はあることに気づいた。
(料理できたっけ……? 俺)
いや、できるにはできるが、得意というわけでもないし、自分で食べる分ならどれだけクソ不味くても構わないが、今日は俺以外も食べるわけで……
食卓の方へと目を向けると、そこには昼飯を待ち侘びた紀香がいた。そんな彼女を見て俺はなにを悩んでいたんだろうと自分をバカにしたくなった。
どうせこいつに出すだけなんだ。旨かろうが不味かろうが喜んで食べるだろう。いや、さすがに不味いのは喜ばないか。まあいい。
冷蔵庫にかけかけた手を離し、冷凍庫のノブに移し替える。そこから冷凍食品の炒飯を取り出した。少し考えた後に、冷蔵庫を開いて刻みネギと卵を二つ取り出した。
その頃になると「まだかー?」という催促の声が聞こえた。
「待ってろ。猿」
俺は笑ってそう答えた。彼女が反論しようとしたその言葉は聞かないフリをして卵をボールに割り入れた。
「ほふひへは」
紀香が口に炒飯を頬張りながら言葉を発しようとする。
「行儀悪いし聞き取れないから飲み込んでから言え」
そう言うと、彼女は顔を少し上に向けて、一気に飲み込んだ。ちゃんと噛んでから飲んだのか? あいつ。
「そういえば、どう思う?」
「どう思うって?」
俺はそう聞き返す。彼女は口に入れる直前でスプーンを止め、言葉を繋いだ。
「ほら、遠野と橘さん。今頃うまくやってるのかなー?」
「ああ、その話か」
俺は夏休みの前のことを思い出す。
『会いたいと思えば、直接家に行けば良いしね』
なぜだろうか。このセリフに違和感を感じてしまった。なんというか、これだけで済む話ではないようなそんな感じが。
「さあ? まあ、いい感じになってるかもな」
そうは言ったものの、確信を持つことができなかった。やはり違和感を振り切ることができなかった。そんな状態で返答した理由は1つ。
「そっかー! だよねー!」
この純粋無垢な笑顔を奪いたくなかったから……
うん? ……うん? 待てよ。
えっと……訂正。無し、今の無し。
「んなわけねーだろ!」
俺がそう言うと、紀香がビックリした様子でこちらのことを見てきた。「どうしたの?」と、聞いきたので、なんでもない。と返した。
そうだ。そんなはずがない。
誰が? 誰の? なにを奪いたく……?
やめよう。忘れよう。そんな感情などなかったんだ。
うん。なかった。そんなものは。
「あ、そういえば」
俺はとりあえずなんとか先ほどのことを忘れようと、話題を切り替えようとした。
「おまえ、宿題は大丈夫なのか?」
俺はコップから麦茶を口に注いでいる途中の彼女にそう尋ねる。その言葉を聞いた彼女は思考停止したのか、コップを傾けたまま動きが止まった。
「こぼれるこぼれる!」
俺は慌てて彼女の手を持ってコップを水平方向に戻した。それでやっと元に戻ったのか、彼女は口に含んだ大量の麦茶をなんとか飲み込む。
少し漏れてしまったのか、唇の端から水滴が肌を伝っていた。
「ほら。ティッシュ。口を拭け」
俺はそう言いながら手近にあったティッシュ箱から中身を一枚取り出した。
「宿題? なにそれ……」
まだ、頭の整理がついていないように彼女がそう呟いた。ティッシュを俺の手から受け取ろうとしない様子の彼女を見て、ため息をつきながら俺は彼女の頬あたりの水滴を拭った。
「ほら、配られただろ? 夏休み中の宿題」
そこまで言うと、彼女は何かに怯えるようなうめき声に近い声を出しながら言った。
「そ、そういやそんなのあったね、忘れてたや……」
焦った表情の紀香がそう言った。どうやら本気で忘れていたようだ。
「まだ始まったばかりだが、どうせやらないで終わりかけに焦るってパターンが目に見えてるんだから、早めにやっとけよ」
俺がそう言うと、紀香はどこか悔しそうな声で何かぼそっと呟いていた。
「宿題とか抜きにして、どこか行きたいよなー。海とか海とか海とか!」
昼飯を済ませ、自室へと戻ると案の定紀香もついてきた。俺はその意見に「海しか選択肢がねーじゃん」と、反応してゲーム機を立ち上げる。
「他になかったのかよ。山とか川とか」
俺がそう聞くと、彼女は「だって夏と言えば海でしょ!」と言った。どんな持論だよ。それ。
とりあえず無視をしてゲームに戻ると、彼女は少しいらついたのかゲーム画面を覗きに来た。俺は慌てて画面を消そうとしたが、その努力も虚しく、間に合わなかった。
「おまえ、そのゲーム、控えとけよ。私だから良かったものの……」
辛うじて彼女は俺がこのゲームをプレイしていることを知っている。何度も「やめておけ」とは忠告されたが、やめようと思ったことはない。
「ま、彼女ができる前にはやめとけよ。それか、あと2年とちょっと待ってからやれ」
紀香がいつもより暗く、曇った声でそう言った。俺は小さく「ああ」と答え、そのゲームをセーブして電源を落とした。
「ったく、幼なじみが年齢に達していないのにエロゲーをプレイしてるとか……」
少し不服そうに彼女は言った。俺は「へいへい。済みませんでしたね」と、面倒くさそうに答え、ゲームを持ち替える。このゲームは大丈夫だ。
俺はそのゲームを起動しながら、少し拗ねた様子の彼女に聞いた。
「で、海に行くの? いつ?」
そう言うと、紀香は一気に明るい様子の声に代わり、溌剌と答えた。
「ぜんっぜん考えてない!」
胸を張って言えることじゃないだろ。それ。
「遠野とかも暇してるなら誘いたいよねー。あと橘さん! それからどこに行くかも考えないと……」
こうやって見ていると面白い。滑稽というわけではないが、それに近い面白さはある。
「なんというか、天井に吊された餌をいかにして取るかを考えている猿に似ているな」
急に紀香の視線を感じた。その視線に、無意識に呟いていたことを悟った。ヤバい。
「隆俊。参加決定」
少し怒った声でそう言った。まあ、どのみち参加は無理やりにもさせられていたのだろうけど。
「それから、私の分の出費肩代わり」
「はあ? ざっけんなよ猿!」
咄嗟に出たその「猿」と言う言葉に、紀香は油を注がれたかのようにしてその怒りをさらに燃え上がらせた。
「絶対に払えよ! 隆俊!」
「絶対に払わねえ!」
さて、このやりとりはいつまで続ければいいのだろうか。
「ただいまー」
なにも知らない母親の声が帰宅を知らせた。その言葉に俺たちは急いで元の状態に戻る。
「あら、紀香ちゃん。いらっしゃい」
母さんが部屋のドアを開けてそう言った。紀香は「こんにちは」と答えて笑っていた。ドアが閉まると、俺たちは一気に疲れた様子になった。
「なあ、気になったんだが」
そこで俺は1つの疑問を尋ねてみる。
「おまえ、葵とか橘さんの連絡先、知ってるのか?」
ちなみに俺は知らない。家の場所も知らない。
「あっ……」
どうやら彼女ものようだった。




