#26 少年はロリコンと呼ばれる
朝、目が覚める。借りているアパートの部屋に敷かれた布団から起き上がろうとすると、腕にしがみついている彼女を確認した。
多少狭い部屋だとはいえ、布団はきちんと1人1枚になるように2枚敷いているのだが、時々、こうして彼女は自分の布団を飛び出して俺の布団に入ってくる。
「黄乃、朝だぞ」
俺は彼女の耳元で囁いた。俺の腕に巻き付いている彼女の身体がピクリと反応する。顔を怠そうに持ち上げ、彼女は寝ぼけ眼を擦った。
「おはよう」
俺がそう言うと、意識のハッキリしていないようすの彼女の顔が俺の顔の方へ向いた。そして次の瞬間、彼女の両目が一気に全開になった。
「り、りり、龍弥っ! なにやってるんですかっ!? こ、こんの、ロリコンっ!」
急いで離れた彼女は顔を真っ赤にしてそう言うと、手近にあった彼女の枕を俺の顔めがけて投げてきた。
ボブっと、俺の顔に枕が直撃する。
「ロリコンって酷いな、抱きついてきたのは……」
「それ以上言ったらもう1度投げますよ」
部屋には沈黙が流れた。夏休み。これといってやることがないこの時間。俺はとりあえず「朝飯、作るか」と、告げて台所へと向かった。
***
寝てしまえば忘れられるだろう。いつもそうなんだから。
「お母さん……」
私は目に浮かんでいた涙を拭って台所へにいるお母さんの元へと向かった。
「あら、優奈。どうしたの? 今日はあなたの好きなハンバ――」
「ごめんなさい。もう寝るね……」
私がそう言うと、お母さんは驚いたような表情をした。しかし、すぐになにかを悟ったような顔をして「わかったわ」と言った。
後ろめたさを感じなかったわけではない。しかし、それほどに辛かった。
「ごめんなさい……」
いつの間にか、私の中で彼の存在がここまで大きくなっていたことが。そんな彼に会うことができないということが。
もしも――――
朝。私はベッドの上で起きる。理由はわからないが、なぜかお腹がとてもすいている。
私は着替えないままで自室の扉から出て、食卓へと向かった。扉を開くと、そこにいた女性がこちらを向いて「おはよう」と、言ってきた。
「……えっ?」
どういうこと?
***
「ごちそうさまでした」
黄乃がそう言ったのを聞き届けると、俺は今日することを考える。そういえば、
「文化祭って夏休み明けにあったよな」
俺がそう聞くと、彼女は頷いた。
「じゃあ、部活動らしい部活動。久しぶりにやるか」
確か、壁掛け新聞でもなんでもいいから作らなきゃいけなかったはずだ。俺はスマートフォンを操作して、数少ないアドレス帳の相手にメールを送った。
「黄乃は今日は留守番でいいか?」
俺がそう言うと、彼女は「はあ?」と、悪態をついて、言った。
「寝言は寝てから言って下さい」
***
スマートフォンがブルブルと震える。
「あ、今日はクラブあるんだ……」
俺がそう言うと、周りにいた同級生たちが言った。
「黒崎って部活に入ってたんだな。何部なんだ?」
俺はそれを聞き届けると、俺は答えないままでただ笑って「じゃ、行ってくる」と言って学校へ向かった。
***
「まったく、急に呼び出すなんて……」
部活を行うなら予め言っておいて欲しいものだ。そう思いながら私はメールの文面を見る。「自由参加」と、書かれたその文面を。
「まあ、あいつが呼びかけるなんて珍しいから」
私はぶつぶつと愚痴を言いながら歩いていた。私が軽く蒸れている手袋をはめなおしていると、そこに見覚えのある顔が見えた気がした。
「桜井先輩……?」
一瞬しか見えなくて確証が持てなかった私は急いで後ろを振り向いた。しかし、そこには女性ものの服を着た人がいただけだった。
「いや、無いか。桜井先輩は男性だし」
スマートフォンがブルブルと震える。開いてみると、黒崎くんから「白石先輩も来ますか?」という文章が送られてきた。
私はそれに返信すると、学校へ向かうことにした。違和感を忘れないまま。
「確か、俺は自由参加って送ったはずだが……?」
目の前にいた彼はそう呟いた。そこにはこの部活のほぼ全員が揃っていた。
「ごめんなさい! 遅れましたっ!」
訂正、全員が揃った。
クーラーの効いた部屋の中には私を含め、3人の男子高校生、2人の女子高校生。そして、1人の女子小学生がいた。本来、この高校は部外者は立ち入ることができない。
しかし、ここにいる5名、そしてこの部活の顧問はこの女子小学生の存在を知っている。ちなみにだが、彼女がここにいるのは、無許可である。
顧問の先生以外の学校側の人物にバレてしまえばおそらく何かしらの咎はあるだろうが、幸いこの教室は旧校舎。マイナーなの文化部の文化部棟となりかけているこの旧校舎には、普段、文芸部程度しか立ち入らない。
また、その容姿の小ささからすぐに隠れられるため、よっぽどのことがなければ見つかることはない。
とはいえ、この部活自体が生徒会や風紀委員会、教師陣から目を付けられていないわけではない。もともと学校1の不良と言われている紫崎くんが部長で、その紫崎くんが起こしたとされている穂香の一件があるからだ。あのとき、紫崎くんは
「これから、この部活は少し肩身の狭い部活になってしまうかもしれない。そんな部活に所属しているみんなにどんな対応が来るかもわからない。俺の独断でこうなってしまった。でも今ならまだそうなる前に退部が可能だ。だから退部をしてくれ」
彼は頭を下げてそう言った。穂香のことはこの説明の前に聞かされていたし、それ以前に、ある程度穂香と仲の良かった私は彼女自身から聞いていた。
しかし、当時所属していた私と鈍川くんは、断固としてそれを拒否した。「どうなっても知らないぞ」と、忠告を受けたが、私たちがどうなろうと、私たちは構わない。そんな気持ちで頷いた。
この部活はそもそも紫崎くんが学校にいる間、この少女が安全にこの高校で待機できるようにするために作った部活だ。
しかし、目を付けられている以上、活動をしなければ教師陣から変な偏見を持たれるかもしれない。例えば不純異性交遊のための場にするために作った部であるとか……
それを回避するために、せめて新聞だけでも作らないといけない。とのことだった。
「というか、先輩」
入り口付近に立っていた黒崎くんが口を開いた。
「自由参加って言っても、多分この部活のメンバーは全員集まりますよ? そういう人物の集まりのような物ですし」
笑いながら彼はそう言う。確かにここにいる人物はそういう人物ばかりだ。
私と鈍川くんは、なにかといって彼に気をかけている。
部長の気分次第で行われる。言ってしまえばなにも言わずにいつの間にか行われている状態のこの部活動は、こうして、部活動を行うとを宣言してしまえば、確実に私たちは来る。
黒崎くんはなぜか紫崎くんに固執している。
そして、先ほど「遅れましたっ!」と言って入ってきた少女。牧坂 紅花は、本当によくわからない。
ほぼ常に笑っているが、時々その笑みに恐ろしさを感じることもある。かなり謎が多い。ちなみに本人曰く、数学が嫌いで、それを克服するために入部したらしい。
それもあってか、部活動が行われると知れば、絶対に参加している。いや、それ以外の理由もあるか……
「きーのちゃーん!」
突然、そんな声が聞こえた。きっと紅花が黄乃のことを見つけたのだろう。黄乃の方を見ると、紫崎くんの後ろでビクッと反応した後、私の方を見て助けを求めていた。
しかし、どうにもできないと悟った私は精一杯のご愁傷様を込めて彼女を見た。
「はぁー。今日も黄乃ちゃんはかわいいねー。すうーはー。ふうー。いい匂い……」
いきなり飛びつくと、紅花は黄乃を思い切りに抱きしめた。そんな彼女の腕の中で黄乃がもがいていた。
「は、離して下さっ! く、苦しい……」
かなり強く抱かれていたようで、かなり激しくもがいていた。紫崎くんが「牧坂、その辺にしとけ」と言って、彼女は解放された。少し不服そうな紅花とは対象的に、黄乃は紫崎くんの足下で彼に抱きついて安心しきっていた。




