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#23 少年は過労を心配される

「えーっと、じゃあこれでいいか?」


 しばらく話し合いが続いたのちに出た結論の確認を取っていた。学級委員のそれに生徒たちは「うん!」「面白そうだし」「はーい!」などと、口々に答えていた。


「先生、確認をお願いします」


 俺は紙を受け取ってその紙に書かれているのものを見た。なになに、逆メイド&執事喫茶……


「この逆ってのは、男子がメイドやって女子が執事やるってことか?」


 俺がそう尋ねると、学級委員は横に首を振った。違うのか。


「そうではなく、お客さんがメイドや執事役となって、主人がお客さんに給仕をするってことです」


 ほーん。俺にはさっぱりそのよさがわからんが、まあ斬新なのはよくわかる。


「まあ、いいんじゃないか? そのかわり、ちゃんと食品提供の手続きを踏んで、それから衛生面にはキッチリしろよ?」


 俺がそう言うと、彼は勢いよく返事していた。元気だなあ。

 そうだ、実行委員が誰なのかは見ていなかった。


「実行委員は……遠野と雨宮(あまみや)か。うん、仕事が早いコンビじゃないか。結構結構……結構……」


 あれ、なんかおかしい気がするんだけど、なんか……

 遠野と雨宮。遠野と雨宮……遠野と……


「遠野って、今日休みじゃん! お前ら、それでいいのか!?」


 焦ってそう聞くと、クラス中が首を縦に振った。オイオイ。


「ったく、確定する前にちゃんと許可とれよ」


 まあ、あいつなら引き受けそうではあるが。




   ***




「喫茶ってくらいだし、コーヒーはいるだろ」


「紅茶もなー。あとオレンジとかリンゴとかのジュース」


「食べ物どうする? ホットケーキ?」


「いいんじゃないかな? ホットケーキミックス買えばいろんな料理に転じられるし」


「マジで? ナニソレ初耳なんだけど」


「クッキーとかも作れるよねー」


 なんだかよく知らんが、1日学校休んで次の日に来たら、いつの間にやら文化祭の実行委員にされていた。別に構いやしないんだが。


「と、遠野くん。よろしくね」


 すっと1人の女子が隣に来て、そう言ってきた。


「よろしくな、雨宮」


 雨宮(あまみや) 詩織(しおり)だったか。彼女が自分から発言していることはあまりなく、また休み時間は読書をしていることがほとんどなので話したことは数えるほどもあるかわからない。


 あまり積極的に他者と関わっている印象はなく、どちらかというと前へと出てきてなにかをするような人物だったとは記憶していないが、仕事が早く、渡された仕事を即座にこなすというすごい人物だったとは記憶している。


「遠野くん、これ」


 差し出されたのは数枚の書類だった。


「食品提供の手続き用紙、もう取ってきてくれたのか。さすが雨宮、仕事が早いな」


「そんなこと、ないよ」


 いや、あると思うぞ。少なくとも俺は。


「ありがとな」


 俺がそう言うと、彼女はなにか言おうとしていたが、その前に「ちょっと遠野来てくれー」と、呼ばれてしまった。


「ほら、遠野くん。呼ばれてるよ」


「いいのか? なにか言おうとしていたろ?」


 そう聞くと、「ううん、大丈夫。なんでもないことだったから」と言われた。

 俺は催促のコールが来る前に向かうことにした。




   ***




 休み時間。


「大丈夫なの? 遠野くん」


 私はそう尋ねると、彼は一瞬なにのことかわからなかったのだろか、キョトンとしていた。


「ああ、昨日休んだことか。大丈夫だぞ。ま、心配してくれてありがとうな、橘」


 遠野くんはそういって笑いかけてくれた。


「そもそも、昨日は休まなくてもよかったんだけどな」


「そうなの?」


 私は少し驚いてそう言うと、彼はコクリと首を縦に振った。


「ちょっとふらっと来て倒れかけただけだったから、俺は大丈夫だって言ったんだけどな」


『お兄ちゃんは働き過ぎなんだよ。過労だよ、かろー! 死んじゃうんだよ! 過労死、かろーし!』


『寝るの、ベットの中で寝るの!』


「って、1番下の弟と妹が離さなくて。あのままじゃあいつら小学校を休みかねなかったから、仕方なく、な」


 彼は表情を動かさないでそう言う。でも、遠野くんが過労なのは確かにそうかもしれない。


 やっぱり、実行委員なんて受けるべきじゃなかったんじゃないのかな? でも、そう言ったとしても彼はきっと大丈夫って聞かないんだろうけど。


「仕方ないから学校に連絡を取ろうとしたらそれすらも許されなくて。で、上の弟に代わりに連絡して貰った」


 私は、へえとしか言えなかった。


「それで、全員が学校に行ってから休日と同じように家事をこなしてたら、帰ってきた妹にそれがバレて、すっごい怒られた」


 苦笑いをしながら、彼はそう言う。


「愛されてるんだね」


 ふと、そう言うと、彼は不思議そうな顔をして、「そうなのか?」と言った。


「うん、みんなに心配されて、大切にされてる。愛されてるんだよ、きっと」


 私がそう言うと、彼はそうか。と呟いていた。




「もうすぐ夏になるな」


「うん」


 私は頷く。周りの人たちの服装はもう、半袖の中にちらほらとまばらに長袖が見える程度だった。


「しばらくしたらテストがあるからちゃんと勉強をして……はしなくていいのか」


「うん、当日の朝にする」


 そう答えると、そっかと言われる。


「じゃあ、宿題だけ少し手をつけておくと楽になるな」


 また、うんと頷いた。


「それから、灰原の勉強にまた付き合ってやってくれ。あいつはたぶんまた頼みに来るから」


 それにも、うんと頷いた。


「ありがとうな」


 彼は笑いながらそう言う。しかし、やはりなにかがおかしいような気がする。


 なにがかはわからないけれど。






 そのうちに気温と湿度が猛威を奮い、人々の意欲を、そして身体をも蝕む夏になった。


「それじゃあテスト返すぞー」


 テスト明けのこの日、先生が教卓で発したその言葉に、教室から「えーっ!」という、嘆きの声に近しい声が溢れ出す。先生はそんな言葉は一切気にとめず、出席番号1番の生徒の名前を呼んだ。1人、また1人と名前が呼ばれていく。


 周囲を見回すと、灰原さんが机に突っ伏してなにかブツブツ呟いている。大丈夫だろうか。




   ***




 全教科が返ってきて、平均点を計算しているとき、1人の女子が近づいてきた。


「なんだ? 紀香」


「隆俊よ、見てくれ! 今回も赤点取ってないぞ!」


 気分が高揚していることが伺えるそのテンションにで話してくる紀香の手元に注目する。確かにどの教科も40点を超えている。


「なら、次こそは数学ⅠとA、この2つで50点(半分)取れるようにならないとな」


 そう言うと、「うっ」という、詰まったような声を出して彼女は目を逸らした。「夏休み、中学の時みたいに教えてやるから」そう言うと、彼女は無言のまま、首を縦に振った。


「ねえねえ見て見てー!」


 突如、破天荒な声がしたと思えば、そこにいたのは黒崎だった。手にはテストが掲げられている。


「なっ……」


 俺は第1中間の時と同じくして絶句する。1度だけならまだなんとか確率がなきにしもあらずというところだろう。しかし、2度までも……


「全部……40点……」


 誇らしげなその顔で黒崎はこちらを見てきた。平均点は前回よりも下がっている。しかし、コイツはどの教科においても1点たりとも上げることも下げることもなく、赤点スレスレをとっている。


 何者だ? こいつ。


 いったい、お前はなにを隠しているんだ。




 4時間目が終了する。いつもならばこの後に昼休みがあるのだが、夏休み前の1週間程度の授業は全て午前のみとなる。それが今日からだった。だから、教卓には今現在、担任の先生がいる。


「午後から授業がないからって言ってあんまりハメを外しすぎないように」


 先生は定型文(テンプレート)を言うかのように当たり前のことをつらつらと言っている。正直、それくらい言われなくとも分かっている。


「それじゃあ、午後から気をつけるように。気温も湿度も高いから、熱中症にもならないようにな」


 その言葉を聞いた学級委員の生徒が号令をかける。全員が一斉に礼をする。

 ほぼ同時に今日の修業を告げる鐘が鳴った。


 さて、午後から何をしようか。そう考えていたそのとき、周囲のざわめきを貫き通して1つの声が届いた。


「隆俊、遊ぶぞ!」


 この女には、おそらくハメなんて概念、ないのだろう。


「うるせー。猿。少しは黙ることを覚えろ」


 そう答えると、どこからか不服そうな声が聞こえてきた気がした。


「……で、どこに遊びに行くんだ?」


 せっかく1週間以上も頑張って勉強していたんだ。それから、テストが返りきるまでの間も緊張が続いていた。


 やっと肩の荷が下りたんだろう。今日ぐらい心ゆくまで付き合ってやる。




   ***




「知らなかった」


 私はほとんど人のいなくなった、静かな教室でそう呟いた。


「今日って、昼までだったんだ……」


 お弁当はもともと遠野くんが作ってきてくれているから間違えて持ってきていると言うことはない。いや、ただ、問題がお昼ご飯と言う点では合致はしている。


「お母さんにお昼ご飯いるって言ってない」


 朝のお母さんの対応を見ている限りはそれで間違いないのだろう。


『今日のお弁当、おかずが何だったか教えてね』


 なぜか最近は、お弁当の中身をよく聞かれる。毎日聞かれていたのだろう。このことが習慣化したせいで、記憶に定着した。というか、してしまった。


「どうしよう……」


 おそらく、お弁当の中身を聞くことがお母さんの1つの楽しみになっているのだろう。家に帰ればおそらくお昼ご飯は作ってくれるだろうが、お母さんにはただでさえ迷惑をかけている。


 なのに、子供っぽいと言うか、自分のことでもないのに、小学生のようなその願いを、お母さんの楽しみを奪ってしまうのは、どこか忍びないような気持ちになる。


 そんなことを理由に、免罪符にして、私の中に1つの願望が生まれてしまった。烏滸がましいと思ってしまうような、願望が生まれてしまった。


「帰らないのか?」


 いきなり聞こえてきたその言葉に、驚きつつも、私は後ろを振り向いた。

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