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#22 少年は体調不良で休む

 体育祭が終わってから、しばらくがたっていた。


 その日、登校するとさっそくある違和感に気づく。


「あれ、今日は遠野くん遅いんだ」


 珍しく、昇降口には誰もいなかった。




 昇降口に1人で立ち、遠野くんを待ってみる。


「こうやってみると、なかなかに恥ずかしいし、寂しいんだな」


 普段、遠野くんがなにげなくやってくれていることだろうと。そう思って大丈夫だと高をくくっていたら、結構辛い。


 こんなことを毎日やってくれていたんだ。感謝。


 え、だってこれ結構辛いよ。待つだけってのも面白くないし、朝の早い時間だから人は少ないけど、人目につくし。


 明日から、もっと早く来た方がいいんだろうか。遠野くんもこんな思いをしているのなら。


「あれ、橘さん。どうしたの?」


 ふと声をかけられて顔を上げてみると、そこには1人の少女がいた。


 えっと、誰?






「す、すみません。どちら様でしょうか」


 靴を見る限り、1年生だということはわかる。しかしこの人、私が忘れているだけか、それとも本当に知らないのかはわからないけど、知らない。


「あ、ごめんね。知らなくて当然だよね。私は薄ヶ谷(うすがや) 舞祭(まつり)って言うの。よろしくね!」


 知らなくて当然という言葉に、私は焦燥に駆られる。

 まさか、この人は私のこの記憶障害を知っているのだろうか? いや、そのことを知っているのは先生と遠野くんだけ。まさか、先生か遠野くんが……?


「だって、あなたたち有名だから。初めて会えたからさ、つい声をかけたくなってね」


 なんだ、初めてだったのか。


 え、有名……って?


 なに、私って。いや、たちって言われてるんだから、私と誰かって有名なの? 初耳なんだけど。


 いや、忘れているだけかもしれないけどさ。


「有名なの? 私……たち?」


「ええ、そうよ。あなたと遠野 葵。今日はいないみたいだけどさ」


 遠野くんの名前に、私はピクリと反応する。


「最近、いっちばん熱いカップルだってね」


 ……へ? ……は?



「カップル……?」


「違うの?」


 コクリと頷くと、彼女はかなり驚いたのか、言葉を詰まらせて目を見開いていた。


 なんか、よく似たやりとりを前にもやった気がする。


「いや、だって……ええ?」


 彼女は相当に混乱している様子だったが、こちらからしてみても全く理解できていない。


「つまり、あなたたちはカップルではない……と?」


 私は頷く。なにも間違ってはいない。


 彼女はしばらく黙ったまま、こちらのことを見てき、そして、


「嘘だぁ」


 ものすごく怪訝そうな顔をしてそう言ってきた。


 絶対信じてないやつだ。これ。


「ホントだからね。ホントに。付き合ってるとか、そんなことは全くないから」


 私がそう言うと、彼女はふうっとため息をついた。


「わかった。とりあえず、信じておくわ」


 そうとだけ彼女は言うと、「話に付き合って貰ってありがとね」と手をヒラヒラ振りながら彼女は去って行った。というか、とりあえずなんだね。


「ああ、あとそこで待っておいてもあまり意味ないかもよ」


 不意に振り向いた彼女はそう言った。


「どういう……?」


「そこで待ってても、たぶん遠野は来ないよって。私の予想では、今日は体調不良で休みってところかな?」


 私はその説明でわかりきることができなかった。さらになにかヒントを貰おうと話しかけるが、彼女はもうかなり向こうまで行ってしまっていた。


「この様子だと、心配する必要はなさそうね」


 彼女の最後のひとことを、私が聞き取ることはなかった。






「えー、今日は誰か休みがいるかな……遠野だけだな。遠野はたしか体調不良っと」


 その日、遠野くんは本当に休んだ。本当に体調不良だったらしい。

 そのことを知ったとき、教室から出て行こうかと考えはしたものの、あとから灰原さんとかを通じて遠野くんの耳にそのことが伝わると、きっと怒られるだろうなと思ってやめた。


 朝のHRが終わると、しばらくしてチャイムが鳴る。でも先生は替わらない。


 1時間目、LHRの時間だ。




   ***




「じゃ、あとは学級委員の2人、頼んだぞ」


 俺はそうとだけ言うと教壇から離れ、窓際に立てかけてあるパイプイスを組み立てて腰掛ける。


「じゃあ、まず文化祭の実行委員を決めます! 男女各1人ずつ。やりたい人はいませんか?」


 学級委員の男子の方が教壇につくと、さっそくそんなことを聞いていた。もう一方はというと黒板の前に立ってチョークを持って書記をしていた。


 そんな様子を見てため息をついた。そして思うことはただ1つ。


 これだから、文化祭って大好き。


 楽。とっても楽。こうやって横に座って、生徒たちの考えが変な方向に進んでいかないかとか、規則から外れていないかを監視するだけでいいし。楽だわ。


「えー、誰かやってくれないと進まないんだけど。じゃあ、仕方ないからジャンケンか投票とかで――」


「なあ、――じゃダメ?」


 そんなときに、ふと1人の男子が出した提案に、


「いいじゃないか、俺は賛成だぞ!」


「私も!」


 全員が連鎖するようにどんどんと賛成していた。

 うんうん、いいぞ。みんな青春してるなあ。自分たちで意見を出し合って。


 だから、間違えても俺に意見を仰ごうなんて真似はするなよ? 俺の仕事が増える。


「じゃあ、男子の実行委員はそれでいいな?」


 学級委員がそうやって聞くと、全員から肯定の返事が返ってきていた。それを聞き届けた彼は、後ろにいるもう1人にメモをお願いしていた。


「じゃあ、女子の方なんだが、男子がこれだったら、相方の女子って……」


 なにやら、全員の視線が1カ所に集中していたようで、そのことに気づいた見られていた女子は、「わ、私は無理です、ごめんなさい!」と、慌てて答えていた。


「いや、いいよ。ちょっとからかいの面もあったし。でも、それなら女子はどうしようか……」


「わ、私がやってもいいでしょうか?」


 すっと手を上げた女子がいたようだった。


 突然のことで、一瞬時が止まったようにシンとして、その直後には「いいじゃないか!」「賛成、賛成!」「この2人が実行委員なら文化祭は安泰だな!」などという声が次々に上がっていた。


「じゃあ、実行委員はこれでいいとして、次は出し物を決めるぞ!」


 学級委員がそう言うと、一気に教室中の空気が沸いた。


「じゃあ、やりたいことがある人は挙手をしてくれ」


 そう彼が言うと、ババッと手が一斉に上がる。授業でもこれくらいあげてくれたらいいのに。


 学級委員は1人ずつあてていき、あてられた人がそれに答える。それを何回か繰り返しているうちに、


「じゃあ、次は――」


「俺、お化け屋敷がやりたい!」


 ついに待ちきれなくなった1人が、そう口火を切った。

 そしてその火は周りへの燃え移り、伝搬していき、


「私は綿菓子!」


「俺メイド喫茶!」


「ちょっと男子、メイド喫茶ってそれあんたが見たいだけでしょ!」


「男子がそれなんだったら、こっちだって執事喫茶!」


 ついには各自が各自、口勝手に言い出し、到底聞き取れるような状況ではなかった。


「はいはいはいはいはい、はい! ストーップ!」


 学級委員はそう叫び、大きく身振りをして制止した。

 即座にシンとなったその場に彼は、


「みんな、楽しみなのはわかるんだが、37人が37人、みんなが口々に言ったら聞き取れるものも聞き取れないよ。書くのだって無理だしな」


 そう言って、彼が後ろを振り向くと、キョトンとした様子のもう1人の学級委員が、チョークで書く手を止めた。


「え? もしかして、全部聞き取れてたの?」


 彼がそう聞くと、彼女はコクリと頷いていた。


 教室中で、ワッと笑いが巻き起こっていた。 

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