#17 少年少女は保健室でサボる
「あ、そろそろ私は行くね。学年種目の招集かかるころだから。2人ともゆっくりしていていいわよ。というか、できるなら私が帰ってくるまでいて欲しいんだけど」
手当てをしてくれた彼女がそう言って出入り口の扉に手をかけようとした。そのとき、音を立てて扉が開いた。
「お」
1人の男子生徒だった。
「委員長。どうしたんだ? もうすぐ招集だろ?」
「委員長じゃないわよ。それに、招集ならあなたもでしょう。あなたこそ、どうしたの?」
扉付近で話している声が聞こえてくる。
「なあ、あの人、見たことないか?」
隣で遠野くんが聞いてくる。私は改めてその男子生徒を見てみる。
記憶にない。が、なにか見たことがあるような気がしないでもない。
でも、なにか足りていないような気がする。いや、なにかというよりかは、誰か。誰かが一緒にいたような気がする。
「俺? 俺はサボる。バスケは最終クォーターの一部に出てきたしな」
あ、そうか。バスケのときに端っこからスリーポイントシュートを決めた人だ。
「あー、あの人か。黒崎と渡り合っていた人」
遠野くんも気づいたようだった。でも、それならさっき足りていないと思った誰かって誰だろう。
うーん、わからない。
***
「委員長でいいじゃねーか。委員長っぽい性格してるんだし」
俺は冗談半分でそう言った。
「で、ここに来た理由は?」
白石がそう聞いてきた。理由なんて決まっている。
「ここでサボるために決まってるだろ。それ以外に理由があるか?」
「そうだと思った。いま、ここで休んでいる人がいるからあんまり騒がないように」
白石が諭すようにそう言ってきた。パーティションで仕切られていて人がいるとは思っていなかった。
「そうか、じゃあいいや。あの部屋に行ってくる」
俺はそう言って部屋を出ようとした。すると、後ろから声がした。
「別にいたらダメなんて言ってないわよ。静かにしていれば、それでいい」
彼女はそう言って俺を引き止めた。
「話す人がいないくて暇っていうのなら、休んでいる人とでも話せば? なんなら私が相手してあげるし」
いたずらげな彼女の声だった。
「なんだ? 委員長のくせにサボるのか?」
「委員長じゃないし、丁度サボるのにうってつけの言い訳もあるしね」
そう言うが、俺は戸惑う。
「だが、休んでいるやつらが休めないんじゃないか? 俺なんかがいたら」
そう聞くと、白石は少し考えた。
「今の様子を見る限り、怯えたりはしてないと思うけどね。むしろ興味を持ってるように思える。特に彼女がね」
白石がそう言うと、「ふえっ?」という、女子の声がした。
見てみると、どうやらパーティションの影から2人、男と女がそれぞれいるようだった。
「ほら、上がってきなさい。私もサボってあげるから」
その言葉に、ため息をつきながら俺は保健室へと入っていく。
「あの部屋に直接行かなかった理由、あるんでしょ?」
「ああ」
すれ違いざまに白石から言われた。
どうやら、見透かされているようだった。
パーティションの裏側に行くと、ベッドに並んで腰掛けている2人がいた。スリッパで判断する限り、後輩だ。
俺が別のベッドに腰掛けると、白石がキャスターつきのイスで近づいてきた。
「紫崎さん……であってますか?」
男子の方が聞いてきた。
「そうだ。紫崎 龍弥だ。たしか、おまえは、バスケのときにいたやつか。ナイスプレーだったな」
見覚えがある。あんな印象に残るプレイスタイル初めてだったからだ。
黒崎の意思を的確に汲み取ったかのような動き、黒崎ほどではないが、無茶な体勢からのシュート。黒崎から聞く限り、この少年はバスケ部どころか、どの部活にも入っていないらしい。
「ありがとうございます。俺は遠野 葵っていいます。で、こっちの女子が橘 優奈」
少年が自己紹介と、隣の女子の紹介をする。橘という名の少女はペコリと頭を下げた。
「橘です。よろしくお願いします」
「よろしく。で、私が白石 英莉」
全員が自己紹介を終えた。そのとき、
『2年7組、紫崎 龍弥くん、白石 英莉さん、至急体育館に――』
スピーカーから生徒の声で俺と白石の招集の放送がかかっているのが聞こえてきた。
「うるさい」
白石がそう言いながら、イスから降りずに滑って行き、扉付近にあるつまみを弄った。
次第に放送の音が小さくなっていき、最後には外から聞こえるもののみになってしまった。
「あと、サボってるのバレるの癪だから」
ついでに扉の鍵も閉めていた。
「それでいいのか。委員長」
俺がそう言うと、「いいわよ。それから委員長じゃない」という声が聞こえた。
放送からしばらく経った。俺たちはその間話し込んでいた。
知らないやつと話すのはかなり久しぶりだった。
「そういえば、その手袋、暑くないんですか?」
遠野がそう聞いた。白石がつけている、保健室などに置いているようなゴム手袋とは明らかに違う手袋にきづいたのだろう。
「まあ暑いわね。遠野くん、潔癖症ってわかるかしら」
白石がその質問に返した。そう。白石は潔癖症だ。
「はい。なんとなくは」
少年がそう言うと、隣の彼女も首を縦に振った。
「私の場合は少し度が過ぎてるのか、他人の身体に触れるのがあんまり好きじゃなくてね、間違って触れないようにつけてるの」
白石はつけている手袋を愛でるようにして撫でて言った。
「不躾なことを聞いてしまってすみません」
遠野はそう言って謝る。白石は「いいのいいの。気になるもんね」と言って流した。
「で、質問なんだけど」
白石が興味津々で質問をする。
「2人って付き合ってるの?」
沈黙。
「あのさ、白石。もう少し聞き方ってものがあるだろ。不躾はどっちだってーんだよ」
「え? まずかった?」
まずかったもなにも、ストレートすぎだ。橘に至っては困惑している。
「えっと、付き合ってないです」
遠野がそう答える。横では困惑しながらもその言葉に同意していた。
「なんだー。付き合ってないのか。仲よさそうだったからどうなのかなって思ったんだけど」
予想が外れてどこかつまらなさげな声がした。
会話は続いていった。確実に2年の学年種目が終わった時間になっていた。
「ねえねえ、遠野くん」
目の前で橘が遠野に声をかけていた。
「なんとなく思い出したような気がするんだけど、紫崎さんって、ちょっと前に会ったことなかった? ほら、廊下で」
廊下で? 俺はその言葉に記憶を探る。どこかでこの2人に……
「あ、そう言われれば、昼ご飯を食べたあとに会ったことある気がする」
ああ、もしかすれば、少し前に早退するときにすれ違った2人か。
なるほど、悪いが気にもとめていなかった。
「そのときさ、女の子、いなかった?」
その言葉に少し固まる。
「あー、いたな」
固まっていると、横から白石が肘で小突いてくる。
「どうするの? バレてんじゃん」
「どうするもこうするも、言うしかねえだろ」
誤解を生む前に、訂正しておいた方がいいだろう。
「あー、そのことなんだが」
俺は2人に言った。視線が集中する。
改めて感じると、やはり怖いとは思ってしまう。
「えっとな、あいつは訳あって俺の住んでるところに居候してるんだがな、小学校に行かずに、勝手についてきてるんだ。あ、でもこれ内緒な?」
嘘でもなんでもない。しかし、重要な部分を的確に隠した言い回し。これで理解してくれればなんの問題もない。
「そうなんですかー」
橘が理解したように言った。助かった。そう思ったときだった。橘の質問はまだ続いていた。
「そういえば、今日はどこにいるんですか?」
その質問は想定していなかった。どう説明しよう。そう思っていたときだった。
「それはね、こいつが使っている部室にいる」
白石がキッパリと言い切った。
「部室……ですか?」
「そう。部室。さすがに授業中まで連れて行くわけにも行かないしね。その子のためだけに、こいつが創部した部活があるのよ」
「おっ、おい!」
ニヤニヤしながら話す白石に焦りを感じて俺は言った。
こいつ、絶対に楽しんでる。
「愛されてるんですね。その子」
「だねー」
橘の純粋と思われるその意見に、不純な同意が重なる。
「うっせーよ」
俺は小さく答えた。
***
「なんで俺が探しに行かにゃならんのだ」
廊下を歩きながら、俺はそうぼやいた。
「いや、たしかに白石や龍弥とは結構絡んでるけど。絡んでるけど……」
しかし、あの時の先生の態度、
『に、鈍川くん、紫崎くんと白石さんを探してきてくれないか?』
顔面蒼白でそう言ってくる先生、かなり怯えていたな。
噂だけでそんなに怯えるとか、滑稽通りすぎてなんて言えばいいのかわからないな。
「ま、いる場所の目星はついてるんだけど」
あの2人が同時にいないとすれば、保健室だろう。白石が単独でサボるとは思いにくいし。あの部屋だと、俺は鍵を持ってないから詰みなんだけどな。
保健室について、戸を引くと鍵がかかってる。ふむ、ここか。
俺はそれを確認すると、いい言い訳を考えながらクラスへと向かった。
保健室で2人が逢引してました……なんてのはどうだろうか?
もちろん冗談だ。
***
「そろそろ今日の競技が全部終わる頃かしら」
白石がそう言った。
「さて、さすがにホームルームには出ますか。紫崎は、迎えに行くんでしょ? 早く行ってあげなさい」
「ああ。言われなくても」
俺はそう答えた。
「あの、今日はありがとうございました」
遠野がそう言った。それに続いて橘も礼を言ってきた。
「まあ、縁があったらまたな」
俺はそう言った。こいつらはクラスのやつらとは違って、いいやつらのように思えた。そうでもなければ、「またな」なんて言わなかっただろう。
(いつか、黄乃にも会わせてやりたい)
そう思いながら、俺は旧校舎へと向かった。




