#15 少年少女は昼食を摂る
「学校に重箱を持ってきているやつなんてアニメとか以外で初めて見た気がする」
「私も」
蓬莱くんと灰原さんはそう言って目を丸くしている。まあ、私も目の前の状況にはかなり驚いているんだけれど。
だって、目の前にあるのは完全に重箱。3段の重箱。それも2つ。
「仕方ねえだろ。4人分となりゃ、いったいいくつの弁当箱用意しなきゃなんだよ。まあ、俺も重箱を持ってきたのは初なんだがな」
「俺たちも食ってみたいとねだった手前、なにも言えねえよ」
昼休憩になって、各自昼食を取ることになったこのとき、私たち4人はいつものごとく中庭の外れに来ていた。
ここは保護者とか一般の人が校内にいても、あんまり人が来ないんだな。さっきから誰も見ていない。
ちなみにだけど、昼食はどこでとってもいい。まあ、音楽室とかみたいな禁止のところ以外。たぶんいないと思うけど、保護者の人と一緒に食べてもいいらしい。
「ちなみに俺は、体育祭の昼休憩にまでゲーム機を持ってきてやっているやつを初めて見た」
遠野くんがそう言うと、少し照れくさそうに「それほどでも」と蓬莱くんは笑っていた。
その隣では、灰原さんが「褒められてねえっつーの」と、小さく呟いていた。
ゲーム機を手にしながら、やはり画面は見ずに操作だけをしている蓬莱くんは、目の前のその重箱を見て言った。
「それにしても作ったな。大量に。食べきれるのか?」
「あー、むしろ足りないかもしれないな。たぶんそろそろ……」
蓬莱くんは自らの質問がまさか逆の返答をされると思ってもみなかったのか、目を見開いて驚いていた。
「足りないって、4人だぞ? 4人しかいないんだぞ? どう考えても……」
「じゃ、俺渡してくるから。たぶんすぐそこまで来てるから」
彼はそう言って重箱の1つを持ち、どこかへ行ってしまった。
「他にあげる相手がいたのか……?」
「みたいだね」
理解が追いついていないのか、蓬莱くんは頭を抱えてそう呟いた。大丈夫。私も追いついていない。
どこからか遠野くんと誰かとの会話が聞こえてくる。渡している途中なのだろうか。
チラッと灰原さんを見てみると、早く食べたいのかそわそわしていた。口元には小さく涎を垂らしながら。
しばらくして遠野くんが戻ってきた。
「先に食べていてくれてもよかったのに」
「いやまあ、作った本人がいないのに食べるのはいかがなものかと」
灰原さんはそう言ったが、本心は全く逆だったのだろう。それはもう顔に書いているようなほどだった。
「誰に渡してきてたの?」
私がそう聞いてみると、彼は「妹だ」とひとこと返してきた。
「妹さん、いたんだ」
初めて聞いた……のだと思うその情報に、私は思い切り驚く。
「うん。妹が2人、あと弟は3人」
「てか、妹なら家で渡せばよかったのになんでわざわざ学校で?」
蓬莱くんがそう聞いた。たしかにそうだ。
「あー、それはな、下2人の弟妹がなにをしでかすかわからないからさ。あいつらイタズラ好きだし。前科あるし、だから」
その前科の内容がかなり気になるけれど、今は、
「ねえ、遠野も帰ってきたんだし、早く食べようよ」
再び腹の虫を鳴かせた彼女がそう言った。
「なんだよこれ、葵、本当にこれを朝から作ったって言うのかよ……」
「うまい、めちゃくちゃうまい。遠野、おまえ天才かよ」
これが、蓬莱くんと灰原さんのお弁当を食べた感想、第1声目である。
そう。そうなんだよ。遠野くんのお弁当は朝から作ったとは思えないほどで、まるでどこかの料理店で出てきそうなくらいに手が込んでいるんだよ。本当にそれくらいおいしい。
「おまえ、これ何時に起きて作ったんだよ。この量ならかなりかかったんじゃ」
蓬莱くんがそう聞いた。たしかにそれは気になる。今日のお弁当はまいつもより量が多いのはもちろん、おかずの種類も多いのだ。玉子焼き、唐揚げ、キュウリをハムで巻いたやつ、アスパラとベーコンの炒め物、肉団子、エトセトラエトセトラ……
とにかく多い。多い。あ、唐揚げ食べよう。
「あー、4時? って言っても家族の分も一緒に作るから、結局量が増えるか増えないかくらいだし。あんまり変わらないぞ。それに、肉団子とか、多少はインスタントのやつ使ってるし」
「多少、むしろごく僅か……だな。もうこれ、店に出せるだろ」
灰原さんは本気なのか冗談なのかそう呟いた。それに対して遠野くんは「買いかぶりすぎたろう」とキッパリと言い張る。でも、私も灰原さんに同意。
「ん。おいしい」
唐揚げを飲み込み、私はほっと一息ついた。
さて、次はなにを食べようか。
「そういえばさー、重箱って3段のやつばっか見るな」
唐突に灰原さんがそう呟いた。
「そういうものなのか?」
私も、記憶にある限りでは3段の重箱ばっかり見たことがある。たしかにそうなのかもしれない。重箱って3段なのか。
「いや、別にそうとも限らないぞ」
遠野くんはそう否定した。その隣では蓬莱くんが頷いていた。
「重箱っつーのは、本来春夏秋冬を表す4段が正式なものとされている。でも、5段のやつもあるし、なんならあまり見ないけど2段のやつもある」
「ちなみに4段や5段のとき、4段目を四の重と呼ぶと死の重と呼べてしまって不吉だから、与の重って呼ぶらしい」
指で空に文字を書きながらそう解説してくれる。
へえ。知らなかったや。蓬莱くんも遠野くんも物知りだなあ。
それとも、私がただ忘れやすくって情弱なだけ?
うーん、わかんないや。
「くっ……なんかよくわからないけど負けた気がする。それからごちそうさまでしたっ!」
「おう、お粗末様でした」
灰原さんはいったいなにに負けたんだろう。
あ、私も言わないと。
「ごちそうさまでした」
「ごちそーさん、葵」
私に続いて蓬莱くんもそう言った。さて、昼休憩はまだもう少し余裕がありそうだな。なにをするんだろうか。
「でも、負けっぱなしはやなんだよなー」
と、灰原さんはそう言う。一瞬脈絡がわからなかったが、あれか。さっき負けた気がするって言ってたアレか。
「よし、決めた!」
彼女がそう叫ぶ。するとほぼ同時に蓬莱くんの表情が歪む。しかし、それはいつもの彼の不機嫌の顔というよりかは、なにかを危惧するような表情だった。
「おまえ、それはやめてお――」
「明日、私が今日のお礼もかねて昼ご飯のお弁当作ってくる!」
ぱっと彼女の口からそんな言葉が放たれた。同時に蓬莱くんはなにか憐れむような目をしていた。なにがあるんだ?
「なら、俺も作ってくる。礼も兼ねているはずなのに、食えねえもんを出すのは申し訳ない」
「それ、どういう意味だよ」
じとっとした視線が蓬莱くんを襲っていた。
え、でも待って、これって、
「じゃ、じゃあ私も……! 覚えていたらだけど」
こうするべきなやつだよね。かなり勢いで言ってしまったけど、ちゃんと覚えていられるだろうか。
「だから、明日は遠野は作ってこなくていいぞ!」
やけにテンションの高い声で灰原さんはそう言った。
「もうすぐ昼休憩も終わりだな」
「橘、出番だぞ」
そう言われ、私は一瞬訳がわからないでいた。
「橘さん、玉入れだよ、玉入れ」
灰原さんにそう教えて貰い、やっと理解する。次、私競技なんだ。
「じゃあ、行こっか!」
「ふぇっ!?」
灰原さんはそうとだけ言うと、私の腕を掴んでいきなり走り出した。
と、突然止まったかと思うと、くるっとさっきまでいた方を向き、そして、
「じゃあ行ってくる!」
そこにいた2人に向かってそう大きく言った。私は一瞬戸惑ったけれど、彼女に持たれていない方の手で小さく手を振った。




