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#14 シスコン少年は姉の名を全力で叫ぶ

 体育祭の醍醐味といえば人それぞれだろう。


 短期決戦の短距離走、奪い合いの球技、白熱のリレー。


 そして、その中の1つに今から始まる競技があった。


 その名も……




「サバイバル競争?」


「ああ。そうだ」


 初めて聞くその競技に私は首をかしげた。


「ドンゴロス、ハードル、キャタピラ、タイヤ引きを行った後に、借り物ならぬ借り人競走をして、ゴール」


 うわ、最後のやつだけ嫌な響きがある。


「借り人って、例えば?」


 何となく予想はしていたが、気になった私は遠野くんに尋ねた。


「応援団長ってときもあるし、生徒会執行部の人ってときもある。聞いた話だと、その中で、1番楽っていわれてるのはワイルドカードの誰でも。そして、1番貧乏くじっていわれてるのが……」


 ああ、たぶんあれか。なんとなくわかった。


「好きな人、だ。わざわざlikeではなくloveっていう補足付きの」


 やっぱりか。予想通りだった。


「そういえば、私ってなにに出るの?」


 私はそう聞いた。忘れてもいいように、遠野くんに把握してもらってる。


「覚えてないのか?」


「うん。忘れた」


 その遠野くんの問いに、あっけらかんとした様子で肯定して見せた。しかし遠野くんは、それに対して全く嫌な顔をせずに答えてくれた。


「今日の種目は学年種目と玉入れ。明日がスエーデンリレーだな」


 あ、玉入れか。忘れていた。


「ありがとう」


 私がお礼を言うと彼がそれに答える前に、ピストルの乾いた音が鳴った。サバイバル競争が始まるようだ。




   ***




 ピストルの破裂音と共に、前の人がスタートをした。


 次は俺の番。


「笹原。頑張れよ」


 後ろからクラスメートが話しかけてくる。


「ああ。わかってる。お前こそ頑張れよ」


「位置について、よーい」


 クラウチングスタートの体勢で集中する。

 ピストルの音と共に、前へ向かって走り出した。


 まず始めにドンゴロス。麻袋の中に下半身を入れて跳ねながら進む。ここは問題なく進むことができた。今は8人中2位。出だしはいい感じだ。


 続いてはハードル。ハードル走を目的とした競技ではないのでとても低く設定されているため、問題なく飛べる。陸部をなめるなよ? とはいえ、1位のやつも陸部のやつなんで追いつけず、2位継続だ。


 次は、キャタピラか。輪のかたちになるように繋がれた段ボールの中に四つん這いになって進む。なんの問題もなく進め――


 そのときだった。


「うおっ」


 思わず声を上げてしまった。キャタピラも元は1枚の段ボール。その端と端をテープで繋いで輪にしていた。


 そのテープが外れた。

 キャタピラが突然無くなったことにより、俺は滑って転んでしまった。盛大に体勢を崩し、どうしようか一瞬迷っていると、


「そこから走れ!」


 テープが外れたことにいち早く気づいた先生が走るように指示をする。迅速だったその指示に感謝する。

 俺はその指示に従い、急いで立ち上がると走り始めた。


 このハプニングで、順位は3位に落ちた。


 急いでタイヤ引きの所へ向かい、ロープを掴む。タイヤはそこまで重くはなく、なんとかして、1人を抜くことができた。これで2位。


 次は借り人。人数分以上に置かれている大量のカードの中から、適当に引き、叫んだりアピールしたりを自由にするためのメガホンを取って進む。


「マジかよ」


 俺は数歩進み、そのカードを裏返してそこに書かれていた文章を見て絶句して、立ち止まってしまう。


 しかし周りを見てみると、この立ち止まっている間にも前の人は進み、後ろの人は刻一刻と迫っている。


 もう既に、前の人は借りる人を探すために叫んでいる。 


 迷っている時間なんて無かった。




 俺は、意を決し、前へと進んだ。


 今叫ぼうが、あとから叫ぼうが、それに変わりなんてないんだから。


 どのみち結局叫ばなくてはいけないのなら。




「別のチーム! 別のチームの人ー! 誰か協力してくださいー!」


 前の人は一生懸命に叫んでいた。しかし、他チームに協力してやろうなんていう物好きは、そう簡単にはいない。これならこの人は、しばらくはここで足止めを食らうことになるだろう。


 つまり、この人をを抜けば1位の可能性がとても高くなる。


 できれば、バレないでくれっ!


 俺はその人物がきっといるであろう応援席の前に立ち、すうっと息を吸い込んだ。


「お姉ちゃんー! 来てくれー!」


 俺は腹を括り、紙に書かれた課題を満たす人の名前を叫んだ。


 赤面をしていないことをただただ祈って。




 そして叫んだ後、周囲からはサッと一気に声が引いた。まさか、ここにはいなかったのか?


「ふえっ?」


 突然聞こえたその声は、静かになったそこでは妙に浮き上がって聞こえてきた。


 状況を理解していないような、気の抜けた声。



 間違いない。お姉ちゃんだ。



 雑多とした人の山の中を目で探し、呆けた顔のお姉ちゃんを見つけた。お姉ちゃんはどうすればいいのがわからないようでオドオドしていた。そうしていると、周りの人たちに「ほら、呼ばれてるよ」と言われながら、背中を押されてトラックまで出てきた。


「行くよ」


 俺はその手を引きながら言った。


「う、うん」


 すると、お姉ちゃんは俺の手のひらをぎゅっと握ってきた。


 ああああああ、もう。やめてくれよ。かわいすぎかよ……


 でも、今は立ち止まってる暇、ないんだっけ。走らないと。

 前には誰も走っていない。これで、1位でゴールへ向かうことができる。




 ゴール地点に行くと、そこには人が1人いた。

 ここで、引いたカードの内容と、課題が合っているかを見る。


「課題はなんですか?」


「これです」


 俺はそう言われると、持っていたカードを渡した。

 確認の人がカードの課題を見て、改めて聞いた。


「この人で間違いありませんか?」


 俺はその人から目を背けながら「はい……」と、返答をした。

 きっと、そのカードに書かれていた内容を見て、俺が目を背けた理由を察したのだろう。


「よし。合格だ」


 わざわざ、likeではなくloveという文字が書かれていたそのカードを見て。

 これで、1位でゴール。俺は充実感と喪失感、そして、不安を感じながら、1位の座る場所で座った。




   ***




「氷空くん、お姉さんのこと呼んでたけど、どんな課題だったんだろう」


 私は遠野くんに聞いた。


「わからない。先輩とかかな?」


 遠野くんが首をかしげながら言った。


「橘さーん!」


 突然、後ろから体重がかかった。


「灰原さん。びっくりしたー。どうしたの?」


 後ろから抱きつくかたちで灰原さんが私に体重を預けてきた。


「いやー。2人きりでどんな話してるのかなーって」


 いたずら気に笑いながらそう聞いてきた。


「ああ、今の氷空の課題が何だったのかについて考えてたんだ」


「え? 好きな人じゃねーの?」


 遠野くんの言葉に対して、灰原さんは即答した。

 私たちは、なるほどとうなずいた。




 しばらくの時間がたった。


「俺らは今日の競技、午後の学年種目だけか」


「そうだな。あ、橘は玉入れもあるから、な」


 蓬莱くんが近くに来て遠野くんに言った。遠野くんは肯定をして、立ち上がった。


「そういえば、学年種目ってどんな競技?」


 私は遠野くんに聞いた。


「ああ、棒倒しだ。内容は……」


 遠野くんは丁寧に説明をしてくれた。概要をまとめてみると、元々の競技としては、グラウンドに用意された、3から5メートルほどのまあまあ高くて、それなりに太い棒を最後まで倒れないように守り切ったチームの勝ちである。男子と女子で別れて競技をおこなう。

 どの時点で倒れたと判断されるかは、棒が倒れるか、一定の角度より浅い角度まで倒れることである。要するに、自分たちの棒が倒されないように守りつつ、他のチームの棒を倒せばいい。

 原則、棒が倒れた時点でそのチームは競技から外れることになっている。


 また、安全のため裸足で行う。もちろん、手足の爪は切った状態で。なるほど。どおりで手足の爪が短いわけだ。昨日の私が切ったのか。そして、頭はラグビー用のヘッドキャップで守る。

 また、男子は首が絞まるのを防ぐために、特殊な事情がない限り、上半身裸で行う。鉢巻きは男女ともに禁止である。


 棒に登ったりすることなどが許されている競技のため、さすがに危ないので、ここ学校では体育館の中で行う。もちろん、気休め程度にはなるだろうと、床にはマットを敷いている。


 ちなみに、当たり前だが、暴力行為は禁止である。


「なんか、すごそうな競技だね。あと危なそう」


 私はそう呟いた。


「でも、とっても、盛り上がるんだって! 先生とか先輩とかが言ってたよ!」


 灰原さんがとても嬉しそうに言った。


「楽しみなの?」


「うんっ!」


 その声からも、楽しみだということは十分に読み取れた。


「ま、その前に昼飯だけど」


 堂々とした声で、灰原さんはそう言った。待ち侘びていたのか、彼女のお腹はぐうぅ……と鳴いた。

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