#11 少女はテストをなんとか乗り切る
そして4日後のこと。
「大丈夫?」
橘さんの声が聞こえる。
その日のテストが終わった私は机の上に突っ伏していた。
明日って、なんの教科だっけ?
「ほら、テスト終わったんだし、遊ぼ?」
え? テスト……終わり? 遊び……?
え、もしかして明日ってテストなし? ほんとに?
「今日でテストは終わりだよ?」
「……ほんとに?」
私は確認をする。あまりに信じられなさすぎて。
「う、うん。そうだけど……?」
やった。やったよ私。テスト、乗り切ったよ。
「うん。うん。遊ぼう。精一杯遊ぼう」
涙が出ているが気にしない。きっと疲れたんだろう。
結果なんて知らない。気にしたらダメだ。
「遊ぶぞーーー!」
私がそう叫んで拳をつきあげると、橘さんは少しびっくりして固まった。
どこからから隆俊の「うるさい」という声が聞こえてくる。そんなもの知らない。
橘さんは、少しして理解したのか、
「おー……」
そう言って、私と同じように拳をゆっくりとつきあげた。
1つのテーブルの周りに4人の男女が飲み物の入ったコップを手に座っていた。
「行くよー! せーのっ!」
「乾杯ー!」
私が音頭をとると、残り3人と私の声が重なった。
ここは学校からそう離れていないところにあるカラオケボックスだ。
◇◇◇
それはかれこれ2、30分ほど前のこと。
「遊ぶっていっても、なにしよっか」
私は目の前にいる橘さんに聞いた。遊ぶぞと叫んだものの、なにをしたいかは全く考えていなかった。
「なんでもいいけど、私、カラオケボックスなるものに行ってみたい」
「カラオケかー。いいね。あいつらも誘おうか」
私はそう言うと、私は視線を移して声を出した。
「おーい! 遠野ー! 隆俊ー! カラオケ行こーぜ!」
「毎度毎度唐突だなオイ」
「ま、俺は構わないけど隆俊どうする?」
こうして4人でカラオケに向かうことになったのである。
一瞬、隆俊はいつも通り嫌そうな顔をしたが。
◇◇◇
「結果が楽しみだなー」
「ごふっ……」
わざとらしい隆俊の言葉に、私は思わず飲んでいたジュースを吐き出しかけた。
「大丈夫だよ。一緒に頑張ったもん」
橘さんが、そう私に声をかけてくれる。
「お前ら、カラオケに来たのに歌わねえのか?」
遠野が別のことで騒いでいた私たちにそう言った。
「歌う……けど、どうやって歌うの?」
「あれ? 橘、カラオケ来たことないのか?」
遠野はそう言うと、橘さんの隣に移動して、予約の仕方を橘さんに教えていた。
やっぱりこうやって見ると、お似合いなんだよな……
なんでこの2人付き合ってないんだろう。
そうは思ったけど、口には出さなかった。
隆俊も私の思っていることを察したのか、それとも同じように思ったのか、なにも言わずに見ているだけだった。
「そういえばテスト終わったから次は体育祭だな」
私はジュースを飲みながらそう言った。
予約をしようと機械を操作をしていた橘さんの動きが止まった。
「体育……祭? それってまさか……運動……?」
「そうだけど?」
ぷるぷる震えながら聞いてくる橘さんを不思議に思いながら私はそう答えた。
「運動……できない……無理……」
ああ、なるほど。
すると隆俊が私を指さして言った。
「なら、こいつに運動の仕方を教えて貰えばいい。勉強はできないが、運動はできるからな」
なんだその言い方。なかなかに失礼じゃないか。
「お願いしても……いい?」
「もちろんっ!」
***
「あー、歌った歌ったー」
灰原さんが満足げにそう言った。
「楽しかったね。遠野くん」
そう言うと、遠野くんは私の方を見て笑って言った。
「あ、ああ……そうだな。また来ような」
ズキリ…………
まただ。また、いつか覚えたようなこの違和感を感じる。
私は先日、灰原さんから言われて、印象に残った言葉が頭に思い浮かんだ。
『遠野のこと好きなの?』
これが好きってことなの?
なんだかよくわからないよ……
でも、なんだろう。この痛みが仮に好きってことなのなら、私は好きでいたくないな。
そんな風に思ってしまう。
***
「それじゃ、俺は橘のこと送っていくよ」
葵はそう言った。全く、早く付き合えばいいものを。
「わかった。ちゃんと送ってやれよ?」
俺は葵にそう伝えた。なかなかに嫌みを込めたつもりだが、おそらく伝わっていない。
橘さんが俺たちの方を向いて、小さく手を振りながら言った。
「じゃあ、バイバイ。明日から、頑張ろう」
「うん、また明日! バイバイ!」
隣で紀香が腕全体を使って大きく返事をした。
全く、もう少し落ち着けよ。バカ丸出しじゃねえか。
「それにしても、暗くなるの随分と遅くなったね」
「まあな。夏至に近づいいるからな」
あと10メートル。10メートルもすればこの他愛もない会話も終わる。そう。10メートルだ。
「あ、そうだ」
彼女が口を開く。残り少なくなった帰路を、なんの躊躇いも無く進み、くるっと半回転して言った。
「明日から、頑張ろうな!」
「ああ、そうだな」
もう、距離なんてどうでもよくなった。
紀香は玄関のドアを開けて家の中へと消えていった。
「明日から……か」
俺は残り数歩の帰路に立ちながらそう言った。
***
「来なくて良いって言ったのに……」
私はついてきた遠野くんに向かってぼやいた。
「そういうわけにはいかないだろう」
ガラリとした各駅停車の電車の中、私たちは座席に座ってそんなことを話していた。
2つ先の駅までそこまで時間はかからない。電車は少し、また少しと進んでいく。
「本当に、いつもごめんね。ついてきてもらっちゃって」
「いいって。本当に。俺が勝手についてきてるようなものだし。おまえ1人にしとくと、なにかと危なっかしいし」
「だから、私はそんなに危なっかしいしくないよ。朝だって1人で来てるわけだし」
私は少し頬を膨らませてそう答える。しかし、遠野くんは表情を一切変えずに、
「いや、この間歩いていて、顔面電信柱にぶつけそうになったやつがなにを言う」
急速に分が悪くなり、私は膨らませていた頬を元に戻した。
ちょっと前によそ見をしながら歩いていたら電信柱にぶつかりそうになった……らしい。記憶にない。
そんな会話がただ続いていた。
最寄りの駅に着いてから、私は遠野くんと並んで、話ながら歩いていた。
なにか、なにか大切なことを忘れているような気がする。
しかし、それがなんなのかは思い出せそうにない。
「そういえば、遠野くんは、運動できるの?」
そんなどうでもいいような疑問をぶつけた。とりあえず、会話を続けたかった。
「まあ、それなりにはできるんじゃないかな?」
この質問ではこの長さが限界か……そんなことを思って次の質問を探していた。
私の家まではあと数十メートルを数えるばかりだった。
「それじゃ、また明日。明日から頑張ろう」
「おう。また明日な」
私は遠野くんにそう言うと、家のドアを開けた。
すると、そこにはお母さんの姿があった。
「おかえり。楽しかった?」
お母さんはすぐにそう言った。
「う、うん。楽しかったよ?」
「それで昨日言ってた件なんだけど……」
あ、忘れてた。そういえばそんなの、あったな。メモに。
***
「ねえ、遠野くん、時間ある?」
ドアの所で誰かと話していた橘がこちらを向いてそう言った。
「おう。別に構わないぞ? 忘れ物でもしたか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」
彼女は少しバツが悪そうにして言った。
「ちょっと家に上がってくれないかな?」




