表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/179

#113 少年は少女に勝負を仕掛ける

 空気が重たい。


 夕方。放課後すぐでもなく、また、部活動などの終了時刻にもまだ早い時刻なこともあってか、道にはほとんど人がいない。

 ときおり、子供たちが公園で遊んでいる声が聞こえてくる程度。静かな住宅街という表現で間違いはない。


 せめてなにか話題のきっかけになるものでもあれば、多少は会話が弾みそうなものだが。


「……」


「……」


 俺も碧原も黙りこくるばかりだった。


 たしか、碧原は電車で通学してきているから、最寄りの駅まではそろそろ残り半分を切るくらい。

 会話を切り出すならば、いい加減に覚悟を決めないと中途半端になりかねい。


「なっ、なあ!」


「あっ、あの!」


 ……間が悪い。お互いが声をかけてしまったがために、相手がなにかを話すのではないかと思い、お互いが次の言葉を待ってしまっている。


「先に碧原から」


「黒崎くんから」


 どうしてこうもタイミングが悪い。……ある意味では息が合っているし、深刻なまでに息が合わないとも言えそうだ。

 3秒ほど、またも互いに相手の言葉を求めて沈黙をして。どうせ動かねばまた黙り込むだけになると。そう確信した俺は、口を開いた。


「あー……えっと、その、なんだ。……今日は悪かった」


「えっ?」


「これで違ってたらクソ恥ずかしいどころの騒ぎじゃないんだが。たぶんあれだろ。なんか悩んでるのは、俺のせいなんだろ?」


「せいって、そういうふうに思ってるわけじゃないんだけど。……でも、悩んでるのは、たしかに黒崎くんのこと」


「だろうな。……なんというか、ああは言ったが、それはそれで慣れちまって、なんとも思ってないから。気にしないでくれ」


「……なんのこと?」


 む。そのことじゃないのか? で、あるならばなにで悩んでいるんだ。


「昼間に聞かれただろ。嘘をつくのが苦しくないのかって。それに対して俺が慣れちまったって言った、そのことだよ」


「……あっ、ああ! うん、そ、そう。そうだねっ! うん!」


 この反応。どうやら俺は盛大な勘違いをしていたようだが。しかし、俺のことで悩んでいることについては、本人の口から説明されたとおりだ。


「それで、俺のことで悩んでるんだろ? 俺に言いにくいことがあるかもしれないが、とはいえ、なにか力になれるかもしれない」


「……うん。なにかあったら相談はするね」


 これは。……相談されないときのやつだな。それを相談できるほどに信頼をされていないか、あるいは俺に聞かれたくないような話なのか。

 しかし、自分の気持ちに自覚をしてしまった以上、どうしても彼女のことになると、落ち着かない。

 なにか悩んでいるというのであれば、手助けをしてやりたいと思ってしまう。


「なあ、碧原」


 それは、本当にふと、思いついたものだった。


「どうしたの、黒崎くん」


 あとから思い返してみれば、本当になんでそんなことを言ったのか、自分でもわからなくって。


「えっと、もうすぐ期末テストがあるだろ?」


「そうだね。そろそろ準備をしていかないと」


「そこで、なんだがな」


 だから、本当にこれは、俺の気の迷いなんだと思う。

 あるいは――、


「俺と、点数で勝負しないか?」


「えっ?」


 俺が、切れる最大限のカードを切って碧原と交渉しようとした、本能か。


「勝負には罰ゲームが相応しいよな。負けた方は勝った方の言うことをひとつきく、ということでどうだ?」


「そ、れは……」


 碧原は、明確な躊躇いを見せた。当然だ。テストの点数ひとつで最悪の場合、俺からどんな命令をされるかわかったものでもない。

 それなのに、こんな勝負を受けるのは、いい判断とは言いにくい。しかし、俺にはまだ、切れるカードがある。


「もちろん、良識の範囲を逸脱する命令は禁止だ。そのあたりの判断で揉めることがあれば。……そうだな、他の誰かに判断してもらおう。数研の誰かでもいいし、あの人たちが信用ならないなら、碧原が代役を立ててくれてもいい」


 数研のメンバーとは碧原も面識があるとはいえ、曲がりなりにも俺の知り合いである。あの人たちが俺に対して有利な判断をするとは思えないが、しかし、そういうように見える要素は除外すべきだろう。

 その提案により、碧原の反応がやや好転する。……悩んでいる。彼女は、今。これに乗るかどうかを。

 彼女にとってのリスクが、かなり減った。相対的に見れば勝負での旨味が増えた。しかし踏ん切りがつかないのは、俺側の「良識の範囲」がどこまでなのかがわからないから。


 ならば、踏ん切りをつかせてあげよう。


「ひとつ、俺側からの大丈夫な命令の、目安だが」


 ……これは、餌だ。これならばきっと食いつくであろうという最強格の切り札。


「俺に対して、嘘をつくのを――実力を隠すのをやめてくれというのでも、構わない」


「――ッ!」


 その時の反応は、それまでのものとは大きく違い。それこそ、目の色を変えるほどのものだった。

 それは、彼女がずっと俺に要求し続けていたこと。そして、おそらくは彼女が現在悩んでいる原因のひとつ。


「どうだ? 勝負、するか?」


 これでも俺は、毎回赤点スレスレの成績不良者だぞ? と。……意味のない煽りをしてみる。


「赤点スレスレではなく、赤点回避ジャスト、の間違いでしょう?」


「ははは、違いねえや。手厳しい」


「褒め言葉として言ってるのよ」


 この世界のどこに、赤点ラインギリギリを狙って取れる、バカがいるっていうのよ。と、彼女はジトッとした目でこちらを睨んでくる。


「……いいわ。その勝負、受けてあげる」


 狙って赤点ラインを取るということは、簡単な話ではない。

 本来、なにもわかっていない、なにも理解できていない人間がテストで解く際には、簡単な問題以外はなんとなくで解いて、それが正解であることをお祈りすることがほとんど。

 その結果、赤点より少し上だったり、下だったり。その時のなんとなくの勘で、それらが左右される。

 しかし、狙って、となるとそうはいかない。

 取りすぎないようにするために、余分に解くわけにはいかない。しかし、点数が少ないと、今度は赤点になる。

 それ故に、必要最低限の問題を、確実に得点する必要がある。


 つまり、俺は解く問題を選別してはいるものの、その問題をただひとつも落としていない。


 そして、それは彼女も知っているわけで。


「絶対に、負けないんだから」


「俺の方こそ、負けるつもりはない」


 きっと、これが罠なんだろうということ、きっと彼女は理解している。

 しかし、その上で彼女は、それに乗ってきた。


 勝つ算段があるのか、あるいは、別の目的があるのか。

 それとも、それほどに俺の仕掛けた餌が魅力的だったか。


「……駅だな。たしかここからは」


「うん。電車に乗るから、ここまでだね」


「その、なんだ。……また、明日」


「うん、また明日」


 俺は駅に彼女を送り出すと、そのまま踵を返す。


 ……今になって、やっと。自分の言ったことに対して、強い後悔と、やってしまった、という自覚が芽生えてくる。


「はあ……」


 ほんっと、どうしちまったんだろうなあ。


 人の感情とは、こうまで行動に影響を与えるものなのか、と。






「……よし」


 駅に入ったふりをして、私はこっそり駅から出る。


 なんでそんな行動に出たのかは、正直わからないけど。でも、なんとなく、彼の行動が気になって。


 彼は隠し通せていたと思っているはずだ。……けれど、今日の会話の途中、一度だけ。彼の様子がおかしかった。

 同じくらいの年代の女子とすれ違ったとき、一瞬、彼の顔に動揺が走った。その女子は、そのあと黒崎くんの顔をじっと見つめて、けれど声をかけるなどなく、そのまますれ違った。


 けれど、


「なにか、嫌な予感がする」


 そんな、根拠のない自信に突き動かされるように、私は彼の尾行を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ