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#111 ふたりは想いを自覚する

 黒崎くんに連れられて、授業をサボったその後。私たちは部屋を借りた黄乃ちゃんに礼を言い、次の休み時間には教室に戻った。


 なお、私のサボりについては体調不良が原因で保健室で休んでいたことになっていた。保健室の利用歴を調べれば普通にバレてしまいそうな嘘のはずなのだが、なぜか普通にそれが通っていた。

 そのことについて黒崎くんに尋ねてみたが、彼はとぼけながらに「まああの先生適当だし」と言っていた。

 たしかに養護教諭の先生はかなり適当な性格をしているが。だからといってただの生徒のサボりを察知して保健室の利用歴をイジるわけがない。おそらくは黒崎くんか彼の知り合いがなにかしらの根回しをしてくれたのだろう。


 放課後、彼はいつものように部活に向かうようだった。私もそれについていこうとして。しかし、足が止まる。


 私は、本当にこのまま彼についていっていいのだろうか。

 自分の今までの行動を振り返る。


 私の行動は、彼に迷惑をかけてばっかりだ。

 いいや、たしかに意図的に迷惑をかけようとしていた側面はなくはない。けれど、せめて最初は自分で責任を終える範囲、最悪なんとかならなくはない範囲、と心がけていたはずだった。

 しかしそれらは次第にエスカレートしていき、歯止めが効かなくなり。遂にはどうしようもない事件が起こってしまった。


 そのとき私はなにをした。なにをできた。

 なにもしなかった。なにもできなかった。


 全て、黒崎くんが対応して。黒崎くんが庇ってくれた。


 どうしよう。彼にとって迷惑なだけの存在になってしまったら。

 どうしよう。彼にとって私の存在が疎むべきものになってしまったら。


 どうしよう。彼に嫌われてしまったら。


 そこまで考え込んで、そして、ふと。自分の思考の端にある事実と、そして疑問が浮かんだ。


 今、私は黒崎くんから嫌われることをひどく怖がった。これ自体は、それほど不可思議なものでもない。他人から嫌われることは、特に関わり合いのある人から嫌われることは避けたいものだ。

 しかし、どうしてだろうか。黒崎くんから嫌われる。それだけは、他のなにに換えても避けたいと感じてしまった。


 初めての感覚だった。初めての気持ちだった。言い表しようのないこの想いの、その正体を探ろうとして。

 考えて、考えて。考えて考えて。


 そうしてその感情の名前に気づいたとき。


 身体の奥から沸き立つような熱と。しかし、それを抑え込むほどの申し訳なさとが同時に現れ、渦巻き、思考を鈍らせる。


 私はそのままポテリと机に突っ伏してしまう。

 ちょうどよかったのか、悪かったのか。実際には嘘とはいえ今日に保健室を利用したことがそれなりに周知されていたので、そんな様子の私を不思議に思う人は誰もいなかった。






     * * *






「今日は黒崎ひとりで来たのか」


「今日はもなにも、基本的には俺ひとりで来てるでしょう」


 紫崎先輩にそう声をかけられ、俺はそう返した。彼は「それはまあそうだが」と少し口籠ってから、


「とはいえ最近はよくあの子がついてきていただろう」


「ああ、碧原ですか。なんか今日はちょっと調子が悪いみたいで」


 嘘は言っていないだろう。実際、教室を出る前に少し様子を伺ってみたが、焦点の合わない瞳でどこか遠くを見つめているかと思えば、そのまま机に突っ伏してしまっていた。正直少し不安に思って声をかけようかと思ったが、なんとなく、俺の存在が余計な心的負担を生むような気がしてやめておいた。


 今、彼女にとって俺は微妙な位置にいることだろう。俺としては不本意だが、いちおうは彼女のことを助けたわけで。しかし、彼女にとって俺はやる気のない半端野郎なわけで。実際、あのサボりから放課後になるまでの間でも、彼女の俺への接し方がおかしくなっていた。どうにも、距離のとり方を掴みきれていない印象を受ける。


「そうか。しかしまあ、聞いたところによるとなんでも逃避行をしていたということを聞いたが」


「うぐっ、いや、逃避行だなんてそんな大仰なもんじゃないっすよ。ただのサボりですサボり」


 しかしまあ、さすがにバレるか。そもそも黄乃ちゃんに部屋の利用許可を得て、白石先輩に碧原のサボりを隠すための裏工作を依頼したのだから、この部活内で隠し通すことは無理だろうとは思っていたが。


「ちなみにこれはただの興味本位なのだがな。いったいなにをしていたのかな、と。まあ、ただの興味本位だから、言いたくないのなら構わないが」


 そう聞いてくる紫崎先輩の表情が笑っていない。軽い気持ちで語りかけるような雰囲気を出しながら、しかし至極真面目な話として話されていた。

 別にこれといって隠すようなことでもないので話してしまっていいのだが、しかし、ここまで紫崎先輩に気にされてしまうと、それはそれでこちらとしても理由が気になってしまう。


「なんで、そんなに気になってるんすか。碧原になにか興味でもわきました?」


「別に。特にこれといって彼女について詳しく知りたいというわけではないが、……いや、ある側面では興味を持っていると言ってもいいのか」


 彼が話すその自問自答に、俺は理解ができず首を傾げることしかできない。


「まあ、素直な理由を語るとするならば、珍しいな、と思ったからだ」


「珍しい? 俺がサボることとか今更そんな珍しいものでもないでしょうに」


 実際、何度も俺のサボりを紫崎先輩には見られていたり、耳にされていたりしている。そのうち数回はこの部室を使っていたので、バレて当然ではあるのだが。

 しかし、俺のその質問に彼は首を横に振ると。ゆっくりと口を開き、答えを語りだした。


「珍しいというのはそっちではない。お前がここまで他人に肩入れするのが珍しいな、という話だ」


 そう言われ、俺は首を傾げたままで、しかし自分の対応を顧みてみる。

 彼女が俺のことを頼るつもりでその行動を起こしていたことを知っていたとはいえ、彼女のイタズラを未然で防ぐために動いたり。彼女の精神状態が不安定になってしまったために、それをなんとかするために教室から連れ出して話をしたり。

 そうして事実上のサボりとなってしまった彼女のメンツを守るために、知り合いにあたって偽装工作をしたり。


 たしかに、普段の俺からすればここまですることはなかった。

 いくら頼られていると知っていても、イタズラするのはそいつの勝手だし、見てみぬふりをすることも少なくはなかった。誰かが体調不良を起こしたりしても、とりあえず誰か他の人が動かないかと様子を見てから、どうしても誰も動かなかったら自分で動くことはあったが、今日みたいに自分からいの一番に動くだなんてことは今までなかった。


 しかし、その相手として碧原が入った瞬間、俺は見てみぬふりをしないようになり、率先して助けに入ろうとしていた。

 あろうことか、自分の人脈を使って彼女を助けようとまでしていた。


 そのことが悪いこととは言わない。むしろいいことだろう。けれども、自分自身の行動を振り返って、その行動に疑問しか抱けなくなっていた。


 困っている様子の俺を見かねたのか、紫崎先輩は俺に質問を続けて投げかけてくる。


「これも、言いたくないのなら別に構わない」


 そう、前置きをしてから。


「黒崎にとって彼女は。碧原は、どういう存在なんだ」


 ドッと。心臓が大きく揺れ動いた。言葉が、ズシリと重くのしかかってくる。


 碧原が、俺にとってどんな存在なのか。その質問を考えようとすればするほど、どうしてか考えが坩堝に呑まれていく。


「……ちょっと、いい答えが思いつかないので、保留でもいいですか」


「ああ、構わない。別に急ぎではないしな」


 そう笑いかけてくれる紫崎先輩に俺は礼をいうと、頭を冷やすために一旦部室の外へと向かった。

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