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#108 少女は少年を見つめ続ける

 お姉ちゃんと手を繋いで、登校する。寒空の下だけれども、繋いだ手はとても温かい。

 傍から見れば異様でしかない光景でも、せめて今日だけはそれを許されたい。

 緩やかで、暖かで、優しいこの空間に浸っていたい。


 ちらと隣を見てみると、柔らかな笑みてこちらに微笑んでくれるお姉ちゃん。その姿に、また心が温まる。


 ふと、気づけば前の方に隆俊と灰原が並んで登校していた。なんだかんだあのふたりも仲がいいことだ。

 そんなふたりを見ていると「あっ」とお姉ちゃんが声をあげる。……もしかして、お姉ちゃんが聞いた話の先、まさかそんなこととはと思ってたけど、本当に隆俊だったりして。なんて。


 俺が隆俊の存在に気づいたことに、お姉ちゃんもわかったのか、挨拶しておいで、と。手を離してくれる。少し寂しい気もするが、けれどこれからはずっと一緒だから。離れることがないから。

 だから、不安ではない。


 行ってきます。久しぶりに、まっすぐにその言葉を伝えて。そして俺は駆け出した。


「隆俊、灰原、おはよう!」


「おう、氷空。随分と元気になったな。なにかいいことでもあったか?」


「そうなんだ! 聞いてよ。あのねあのね、実は――」






     * * *






「…………」


 じー、


「…………」


 じー、


「あの、えっと碧原?」


「どっ、どうしたのかな? 黒崎くん!」


 どうしたもなにも、めちゃくちゃに凝視されてるから気になっただけなんだが。

 あの日を皮切りに、碧原はチラチラとこちらのことを見てくるようになった。

 今までと変わらぬ対応を頼んだはずだが、まあ、それが難しい話だということは俺自身理解しているので、多少見られる分には納得がいく。


 が、ここまで見つめられると、いくらなんでも気になる。

 最初の頃こそ日に何度かこちらを確認する程度だったのに、時が経過するごとにそれはエスカレートしていき、今では授業中ですらときおり視線を感じる。

 そして現在は、休み時間とはいえ俺のひとつ前の席に座り、こちらを見つめてきていた。


「いや、俺からはなにもないんだが」


「そう、ならいいんだけど」


 そう言うと、彼女はやはり俺のことをまた見始める。俺がそっぽを向こうが、他のやつと話していようが、なにをしていてもそれにかかわらずこちらを見てくる。

 正直、めちゃくちゃにやりにくい。あんまりにも露骨だからさすがに気づいているやつもいて、ちらほら噂をしているやつもいる。


「……ああっ、クソッ!」


 周りの視線もあり、下手に動いたり、なにか言ったりができない。

 スマホを取り出し、メモアプリに文字を打ち込み、それをそっと差し出す。これなら、よっぽどこちらを注視でもしているやつがいない限りは問題ないだろう。


『話がある。先に俺が教室から出るから、少し間を空けてからついてきてくれ』


 彼女は、しばらくスマホをジッと見つめて。そしてそれを手に取ると、カタカタと操作し始める。

 打ち込み終わったのだろう。机にそれを置き、スッと差し出してくる。


『ここで話すことができないような、そんな話をするんだ』


 ――ッ! 碧原め。

 こちらを見つめてくるその目が笑ってやがる。とてもわかりやすくからかってきてやがる。


『そうだよ。だからついてきてくれ』


『ふーん、人気(ひとけ)のないところに私を連れこもうってんだ』


『だからそうだって言ってるだろ』


『えっち』


 コノヤロウ。

 スマホを伝ってやり取りしているからバレにくいとはいえ、あんまり会話を続けているとそのうちにバレるおそれがある。だからこそ、あんまり長くは続けたくない。

 とにかく、次の言葉で伝えきって。それで来てもらおう。そう思ってスマホを手に取ろうとすると、先に碧原に奪われる。

 そうして、また彼女はなにか文章を書いたようで、それをコチラにくるりとむけて見せてくる。


『そんなに秘密の話を私としたいなら、この前みたいに無理やり連れ出したらいいのに』


 コイツ。わかってて言ってやがる。それに、わかっててこれをやってやがる。

 俺が必要以上に目立つのを避けているのをわかっていて、その上で俺が目立つように仕向けてきてやがる。


 上等だよ。やってやろうじゃねえか。あとから後悔しても知らねえぞ? なにせ、お前が撒いた種なんだから。

 そう思って、碧原の腕へと差し出しかけた手を、すんでの所で止める。冷静になり、今、自分がなにをしでかそうとしていたかを理解する。


 なんとか理性が働いたところで、向かう手の先をスマホへと変え、文字を入力する。


『とにかく。俺が先に出るからしばらくしてからついてきてくれ』


 今度は変な返しをされないように。スマホを見せるだけ見せたら彼女に渡さずポケットに突っ込む。

 碧原は少し不服そうな声を上げていたが、わかっててこちらのことをからかってきたようなやつに遠慮などしなくていいだろう。


 俺は席を立ち、そのままの足で教室から出ていく。

 すぐ外で待っていると不審。されど離れすぎると碧原がついてこれないので、少し離れた位置で待っていると、思ったよりも素直に彼女はついてきてくれる。


 そのまま少し距離を置いたままで、離れた位置にある階段下の踊り場に到着する。


「さて、それで? 私をこんなところにつれてきてどんなお話かな?」


「それはこっちのセリフだ。どういうつもりであんなことしてやがる」


 問い詰めるも、彼女の表情はニヤついたままで、全く以て動じていないように見える。

 それもそのはずだろう。きっとこうなることも織り込み済みであんな行動に出ていたのだろうから。そうでもなけりゃ、碧原はあんな若干下ネタに走ったようなからかいをするようなやつじゃない。

 彼女は明らかに、俺を目立たせようとしてきていた。


「俺、頼んだよな? 今までどおりと変わらず、接してくれると嬉しいって」


「うん。頼まれたね」


「なら、なんであんなことをしてきたんだ」


「なんでもなにも、今までどおり接しているだけだよ?」


 言われて、どういう意味だと首を傾げる。

 まるで会話がちぐはぐで、道理がない。そう、それこそまさに、


「私思ったんだ。今までどおり接するっていっても、そもそも私、最初っから黒崎くんが自分に嘘をつかないようにさせようとしてたって」


 まるで子供の屁理屈のように。


「だから、私にとっての今までどおりって、こっちなんじゃないかなって」


「んな、無茶苦茶な……」


 ふふん、と。無い胸を張ってドヤ顔してくるその様子には、怒りすら通り越して呆れにも似た感情が湧き上がってくる。


「そういうわけだから、私は今までどおり、変わらずに君の本当の実力を出させるために尽力する。別に、君がそれを嫌がるのであれば勝手だけど、私は黒崎くんの本当の笑顔が見たいから」


「……他人の嫌がることをしてはいけないって教えられなかったか?」


「知らないねっ!」


 とてつもなく、いい笑顔でそんなことを言ってくる。絶対知らないわけないだろその反応で。


「とにかく。私は私のやりたいようにやるから、黒崎くんは黒崎くんの在りたいように振る舞えばいい。どっちが先に折れるかの根比べだよ」


 そう言って、彼女はスッと右手を差し出してくる。


「……それによって、碧原にいろんな噂話が出てくるかもしれないぞ」


「別に構わないよ」


「仮にも優等生の類いのお前が、アホ扱いされてる俺に付きまとってたら評価さがるかもしれないぞ」


「別に構わないよ」


 ……クソが。本当に、やりにくい。

 強情で、真っ直ぐで。


「わかったよ。受けて立ってやる」


 差し出された右手を手に取り、握手を返す。


「負けないからね」


「言ってろ」

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