#107 姉弟の予定調和的ご都合主義展開
結果から言うなれば、拍子抜けという言葉が似合うだろうか。或いは、ただの独り相撲をとっていたと言える。
俺とお姉ちゃんが抱えていた問題は驚くほど早くに解決をし、いったい今までなんのためにこれほど悩み続けていたのだろうかと、バカらしく思えてきたほどだった。
予定調和的、というか。まるで、最初からそう仕組まれていたかのように。仮にこれか物語だったら、あまりにもご都合主義すぎる展開だろうと鼻で笑ってしまう。
けれど、その展開は俺とお姉ちゃんにとっては、あまりにも優しく、そして温かいものであって。
早い話が、俺とお姉ちゃんは姉弟ではなかった。つまるところ、結婚ができる。
俺たちふたりが互いにすれ違い、想いをぶつけ、見いだし、決めた覚悟。それを両親に伝えたところ、ふたりは互いに顔を見合わせ、そして笑いだしてしまった。
こちらが真剣な話をしているというのにその態度には思わず苛立ちを覚え、声を荒らげて反抗したが、どうやらバカにするとかそういう意図はないらしく、ただ、父さんは「いつかは話すつもりだった」と昔話を切り出したのだった。
その話は俺にとってとんでもなく衝撃的なもので、しかしお姉ちゃんにとってはもっと衝撃的だったろうと思える。
父さんの姉は、今からおおよそ16年前。俺が産まれるかどうかという頃に事故で亡くなったという話。それ自体は何度か聞いたことがあった。俺から見て伯母に当たる人は、その旦那さんと一緒にでかけているときに、交通事故に巻き込まれたとのこと。
そして、そのとき伯母夫妻には、ひとりの娘がいたということ。ちょうど2歳になるくらいの彼女は両親を失くしたことも知らず、このままではそういった施設に引き取られるかというところで父さんと母さんが手を挙げたとのことだった。
急にふたりも子供が増える、ということに不安がなかったといえば嘘になるらしいが。父さんにとって伯母さんは大恩ある人とのことで、その恩に報いるためにも、と引き受けたとのことだった。
つまり、この話の意味するところはお姉ちゃんは俺からみて伯母さんの娘ということになり、要するに従姉弟にあたる。親等は4親等。つまり、結婚ができる。
衝撃の事実に対する驚き。なんでそんな大切なことを教えてくれなかったのだという憤り。今までの悩みはなんだったのだという虚しさ。たくさんの感情が、入り乱れて、混ざって。
けれど、ただひとつ。お姉ちゃんの隣で笑っていくことができるのだという嬉しさだけは、ひときわ輝いていた。
「しかし、血は争えないものねぇ」
と。母さんはそう言った。俺とお姉ちゃんはその言葉の意味がさっぱりわからず、しかし父さんは何かを察していたのだろう。ビクリと体をびくつかせて、同時に視線をそらしていた。
ニコッと。母さんは父さんに笑いかけながら、言い放つ。
「あなたも、お義姉さんのことが好きだったのですものね? それも、知らなかったとはいえ義理の姉を好きになった氷空とは違って、紛うことなき実の姉を」
しれっと言い放たれたそれは、つまりは父親も俺と同じくシスコンだったというわけで。
ちなみに、と付け加えられた話によると、どうやら伯母さん……お姉ちゃんの実の母さんも、ブラコンとのことらしかった。
……本当に血は争えないものだな。その偶然の一致に、果たして本当に偶然の一致なのかと戦慄する。
「まあ、そういうわけだから安心なさい」
母さんによって行われたカミングアウトにより、戦闘不能に陥った父さんを横に、そのままの調子で話を続けていた。
「その想いはとても尊いもの。大切に大切に育てなさい」
そう言って俺たちふたりを抱き寄せ、頭をポンポンと撫でてくれる。
かくして、俺たちふたりの間にあった問題は、たったひとつの事実によってその全てが解決してしまったのである。
「はあああああああ」
ベットに寝っ転がり、大きくため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるとか言ったりするが、正直今の俺にとっては多少逃げられたところで幸せに満ち溢れているから問題ないし、それ以上にため息のひとつやふたつをつかないとやってられないくらいに、感情がぐちゃぐちゃに入り乱れている。
「ほんっと、バカだなあ、俺」
吐き捨てるように、あるいはこぼすように。仰向けになりながら、天井に向かって自嘲を投げる。
「独りよがりで空回りして、傷ついて傷つけて。そうしてやっと問題が解決したと思ったら、そもそも問題なんてありもしなかった、なんて」
本当に、なんのために今まで行動してきたんだろう。その意味の在り処を、所在を知りたくて、教えてほしくて。けれど、そんなものないのだろうなと乾いた笑いをこぼしていると、お姉ちゃんが隣に座ってくる。
「意味は、あったと思うよ」
優しく、彼女は額から後頭部までをなぞるようにゆっくりと撫でてくれ、そうして柔らかな声で語りかけてくる。
「私は今回の一件で、改めて自分の想いに向き合うことができた。もし、今回のことがないままにお父さんとお母さんから本当のことを教えられたとしても、自分の気持ちに正直になっていただろうけど、本当の意味で見つめ直すことはなかったと思う」
そう言って、お姉ちゃんは微笑みを俺に向けてくれる。
かわいらしくて、眩しくて。少し恥ずかしい。
「私は氷空に傷つけられたし、私も氷空を傷つけた。それでもお互いの想いは変わらないということを知ることもできた。私たちはお互いに間違えたからこそ、お互いがどれほど相手のことを想っているかを知れた」
あんまりにも恥ずかしくなって、俺は顔を隠すようにして寝返りをうつ。
「私はそう思ってるんだけど、氷空は違うの?」
柔らかな声が、優しく包み込んでくれる。
しばらく、俺は考えて。そして、答えを返す。
「俺は、間違えた」
「うん」
「お姉ちゃんを傷つけた」
「うん」
「独りよがりな考えに陥ってしまった」
「うん」
独白にも近いそれに、けれどお姉ちゃんはキチンと相槌を返してくれる。
「でも、たしかに自分の想いを見つめられた」
「うん」
「自分たちの納得行く結論に行き着くことができた」
「うん」
「実際は、それよりもいい着地点があったけれど」
でも、そうであったとしても。
「自分たちの力で、自分たちの考えた、納得行く結論に行き着けたこと。それ自体に、意味がある、と思う」
「うん」
しっかりと、確かな肯定がお姉ちゃんから返される。
結果だけを見れば、それは完全なる独り相撲で。全てを知っている人からすれば、ひどく滑稽で、笑いものだったことだろう。
けれど。道は間違えたけど、過ちは犯したけど。大切な人を傷つけたけど。それでも、俺たちは幸せな結末を掴み取ることができた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なあに、氷空」
くるりとお姉ちゃんの方を見ると、変わらず柔らかな笑みでこちらを見つめてくれていた。
そんなお姉ちゃんに、俺は恥ずかしい気持ちを胸に秘めながら、しかしそれを伝えたくて。
「俺、お姉ちゃんのおかげで今とっても幸せだよ。すごく、すごく幸せだ」
そう言って、微笑みを送る。
お姉ちゃんは一瞬驚いて。しかし、すぐに先ほどと変わらぬ笑顔を携えて、答えてくれる。
「私も、氷空のおかげで幸せだよ。これだけは氷空に負けないくらい、ずっと、ずーっと」
そうやって、笑ってくれる。
けれど、俺に負けないくらいというのだけはいただけない。俺のほうが幸せだ。お姉ちゃんのおかげで、とても。
そうやって言い返そうかと思ったが、いいやこれはイタチごっこになって終わらないだろうと、笑ってごまかす。
その反応に、不思議がったお姉ちゃんだったが、しかしすぐにつられて笑い出し、それに触発されて俺ももっと笑ってしまう。
……結局、イタチごっこにはなってしまったが。けれど、とても幸せなので、まあ、いいか。




