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#104 二元一次方程式は独りでは解が定まらない

 どうしたものだろうか。教室でひとり、窓の外を眺めながら漠然とした思考に身を委ねていた。

 どうにかしてお姉ちゃんと仲直りをしないといけない。それは確かなことだった。しかし、方法がわからない。

 せめて面と向かって話し合うことができればそれだけでもかなり状況が好転しそうなものだが、夕飯のような家族として顔を合わせるような状況以外で会うことを拒まれている現状ではどうしようもできない。


 ……家族なのに、扉ひとつ隔てたところにいるってのに、それがどれだけ遠いんだろうな。


 自分自身の情けなさに、俺は力なく笑ってしまう。


「おう、まだ午前だってのに、なに黄昏れてんだよ」


「……隆俊か」


 彼はそう言うと、そのまま横に並んだ。


「それで? なにを悩んでるんだよ」


「んー、まあ、お姉ちゃんのことかな」


「……随分と素直に言うもんだな。てっきり誤魔化されるものかと思ってたが」


「まあね。隆俊にははぐらかしたところで意味ないだろうし、そもそも焚き付けやがったヤツがなにも知らないってのも違うかなって」


 俺はすこしわざとらしく「もちろん相談に乗ってくれるよね?」という意味を含ませながらそう言った。

 隆俊に発破をかけられたことについて、俺は迷惑には思ってないし、むしろ自分の気持ちとキチンと向かい合うことができて、感謝まではしてる。ただ、人の気持ちに勝手に頭を突っ込んでくれたんだから、それはきっちり最後まで突っ込み続けてもらわないと。

 隆俊はというと、ちょっと面倒くさそうな反応をしながら、しかし笑いながら今の俺の状況を聞いてくる。

 教室に行ってもお姉ちゃんの友達に止められること、家では夕食のようなタイミング以外で顔を合わせれれていないこと。そして、お姉ちゃんの部屋の前で、俺自身の気持ちを伝えたこと。

 今の俺の状況については、余すことなくしっかりと伝えた。


「なるほどなあ」


 隆俊はそう言いながら、俺と同じように遠くの空を眺めていた。


「めちゃくちゃ面倒くさそうなことになってるな」


「他人事見たく言ってくれるなあ」


「いやまあ、俺にとっては文字通り他人事なんだけど」


「ひどくない? ねえ、それはひどくなーい?」


 俺がちょっと笑いながらそうツッコむと、彼は苦笑いしながら「だってそうじゃないか」と言う。


「とはいえ、俺の友達の問題でもある。……他人事とはいえ、無視できる問題でもない」


 彼は優しく微笑みながらそう言ってくれる。……本当にありがたいことだ。


「だがしかしなあ、俺だってそういう経験があるわけじゃないし。……ギャルゲー(そういうゲーム)をやったことはあるけども」


「あくまでゲームはゲーム、うまく行くようにストーリーができてるしね」


「そう。……もちろんうまく行かないような筋書きも用意されてるけど、それをセーブとロードで検証できるゲームと違って現実は一発勝負、ミスはできない」


「それに、そもそもうまく行く筋書きが存在しているのかもわからない。そんなルートが存在してるのかも……」


 俺がそんなことを少し弱気に呟くと、隆俊がハハハッと笑ってくる。


「なんだよ」


「いいや、俺も人生はクソゲーだと思うが、ことその点に限ってはいいシステムだと思ってるんだがな」


「えっ?」


 なんのことを言っているのか、要領を得ることができていない俺は首を傾げた。


「この人生(クソゲー)は、セーブも無けりゃロードも無い。理不尽なイベントも多いし、攻略サイトなんて存在もしてない」


 そうして不満をいうだけ言い切ってから、

 けど、と。彼は自信満々な声色で続ける。


「このクソゲーには、シナリオが事前に用意されてない。うまく行く筋書きも、うまく行かない筋書きも用意されてない。だから、自分で筋書きを用意することができる。その点だけは、俺は評価してる」


 そう言って彼は、照れくさそうに「カッコつけすぎたか? クサ過ぎないか今の」と、苦笑いした。


「ううん。大丈夫、大丈夫だよ。それから、ありがと」


「……そうか。そりゃよかった」


 俺がそう言うと、隆俊は俺の頭に手を当てて、ワシャワシャっと撫でてくる。子供扱いをするな、と抗議をしてみるが彼は笑うだけで態度を変えない。


 しばらくして、彼がその手をピタッと止めて、ぽつりと呟く。


「まあ、なんだ。安心したよ」


「……なにが?」


「俺の言葉が、足枷になってないかと思っていたが」


 そう言って、彼はゆっくりと俺の頭から手を離す。


「前のお前は取り繕うばかりでなにも見えていなかったが、今のお前は、随分と思い悩んでいるようには見えるが、楽しそうだ」


「そう?」


「ああ、少なくとも俺にはそう見える」


「……そっか」


 ちゃんと、前を向けている。そういうことだろう。


「隆俊」


「ん?」


「ありがとね」


「いいってことよ。友達だろ?」


「それでも、だよ。ありがとね」


「……ああ」






     * * *






 ああ、どうしよう。本当にどうしよう。

 私だって氷空のことが好きだよ! 勝手に人のこと避けるだけ避けたあとに勝手に気持ちを言うだけ言って帰るなよ! ……なんて、拒んでたくせにそんなことを言う資格もなくて。


 自室の机に突っ伏しながら、昨日のことを思い返す。


 わかってるの。氷空がどうしてこんなことをしたのかもわかってるから。そして、彼がなにを思って今の行動に向かい直したのかということも、わかっているつもりだ。

 だからこそ、彼の気持ちに、私自身の気持ちにどう向き合うのが正しいのかがわからない。


 氷空が私のことを想ってくれているように、私だって氷空のことが大切なんだ。だからこそ、考えてしまう。

 どうあるべきが、どうすることが。私たちにとって一番幸せな結末なのか。


 ガチャリ。玄関の開く音。続いて「ただいまー」という氷空の声。

 帰ってきた。ゴクリ、と私は息を呑む。

 ……彼はまた、扉の前に来て話すのだろうか。それとも今日は来ないのだろうか。

 話しに来るのなら、部屋の中に招くべきなのだろうか。それともまた、昨日のように扉越しに話すべきなのだろうか。

 いろいろなことが頭の中を巡って、回って。受験勉強なんて、頭に入ってこない。受験生としてそれはどうなんだという話なのだけども。


 氷空の気配が近づいてきて、そして遠ざかる。

 うん、そうだよね。とりあえずは自分の部屋に行くよね。うん。……なにを、気にしすぎているんだ、私。

 そう言い聞かせて自分を律しているつもりでも、それでもなおやっぱり彼が今日もやってくるのだろうかと思ってしまう。氷空のことばかり、考えてしまう。当然勉強なんかに手がつかない。


 考えて、考えて、考えてしまう。


 そうして考えていて、やっと気づいた。今更、気づいてしまった。


 そんなに気になって、気になって、仕方がなくて。

 その実、実際のところで言ってしまえば、ただただ、彼と話したいという気持ちがそこにあって。

 面と向かって話さなければ、この問題はきっと解決しない。


 ならば、受け身でばかりいるわけにはいかない。


「……でも」


 もう少し、もう少しだけ気持ちの整理をつけさせてほしい。だから、


 私は自室を出て、隣の部屋に向かう。

 けれど、扉を開けることはせず、ただ、ノックだけをする。


 少しして、扉の奥に人の気配が。氷空の気配がする。

 扉が開けられてしまう、その前に私は声を出す。


「開けないで。……そのままで、ちょっと、話をしよう」


 ごめんね、もう少しだけ。

 私の覚悟がつく、そのときまでは、扉越しで――、

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