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#103 空色の不定方程式

 それからというもの、話はトントン拍子で進んだ。


 その日のうちに蓬莱くんと灰原さんの参加が決定。氷空くんも誘うのかと思ったけど、蓬莱くんが「氷空はその日は別な用事あるらしい」と言ったので誘わないことになった。


 翌日には橘さんの体調も回復したようで、元気に登校してきていた。

 遠野くんの方も、家族から許可を貰えたようで、本格的にクリスマスパーティーの計画を練ることになった。

 ちなみに橘さんを誘ったところ、想像どおりというべきか、二つ返事でオーケーが返ってきた。


「……あれっ、氷空くんは?」


 昼休み。みんなでご飯を食べに行くとき、その場に氷空くんがいなかった。尋ねたところ、蓬莱くんから氷空くんがお姉さんのところに行ったということを伝えられた。


「やっと踏ん切りがついたというか、向かい合う決心がついたんだろうな」


 蓬莱くんがそんなことを呟いていたが、全く以てなんのことだかわかったもんじゃない。

 でもまあたしかに、最近の氷空くんはなにかに悩んでいたような素振りはあったから、それのことなんだろうきっと。


「それはそうと、雨宮さん的には橘さんのことを誘っても良かったの?」


「へっ?」


 蓬莱くんがそんなことを耳打ちしてくる。


「なっ、なんのことかなあ!?」


「いやあ、別に隠さなくてもいいよ。わかってるし」


 蓬莱くんはニタニタと笑いながら、そんなことを言ってくる。

 必死でこちらからも睨みつけてみるが、全く動じる様子はない。ぐぬぬ……。


「まあまあ、安心しなって。別に本人たちにそういうことを告げ口するような野暮ったいことはしないから」


「ほんと、なんの話をしてるのかなあ?」


 いちおうとぼけてはみるが、やっぱり全く効いてる様子がない。

 ……そういえば、蓬莱くんと灰原さんとは遊園地の帰りに出会っていたな。そのときからいろいろ疑いをかけられていたのかもしれない。


「それで、どうして橘さんを誘ったんだ? 遠野から聞いた話だと先に提案したのは雨宮さんらしいが、雨宮さん的にはあんまり望ましくない相手だろう?」


「それはまあ、そうなんだけど……」


 実際、麻衣ちゃんにはこっぴどく怒られた。どうしてライバルをわざわざ招くような真似をしたんだ、と。


「どのみち遠野くんの方から誘うだろうと思ってたし、それに誰を誘うってなったときに、お昼ごはんのメンバーじゃないかなって思っただけだよ。氷空くんは来れないみたいだけど」


「なるほどね。……いや、変なこと聞いて悪かったな」


「ううん、大丈夫」


 私がそう言うと、彼は一瞬前を向きかけて「あ、そうだ」と、もう一度振り返ってきた。


「言い忘れてたが、いちおう俺は両方を応援してるから」


「……はいっ!?」


「正しく言うなら遠野を応援してるという方が正しいかな。アイツがいい結果を得られるならそれでいい。まあ、どちらも応援してる一方で、どちらかに肩入れはしてるけどな」


 そう言うと、今度こそ本当に彼は前を向いた。


 どちらかに肩入れを……間違いなく橘さんのほうだろうなあ、と。

 そういう意味で言うなら灰原さんもそちら側だろう。……灰原さんが私の気持ちに気づいているのかはわからないけど。


 クリスマスパーティー。最初からわかっていたことではあるけど、完全にアウェーでの戦いだな。


 今、自分が立たされている状況を改めて確認し、私は再度気を引き締めた。






     * * *






 コンコン、ドアをノックする。


「お姉ちゃん、話があるんだけど」


 しばらく待ってみるが、返事はない。

 でも、間違いなくそこにはいるはずなんだ。


 コンコン、もう一度ドアをノックする。


 やはり、返事はない。


 元はといえば、先に種を撒いたのは自分自身だ。受け入れろ。


 すぅ、はぁ。大きく深呼吸をする。


「忙しいのは知ってるから、うん。大丈夫だよ」


 無理矢理に勇気を奮い立たせて、言葉を紡ぐ。

 まさか、一日に二度もお姉ちゃんから拒絶されるとは。


 昼間、俺はお姉ちゃんとお昼ごはんを食べるため、そしてちゃんと向き合うために3年の教室へと向かった。

 きっかけは隆俊の言葉。あれからずっと考えてたけど、しっかりと自分の気持ちとお姉ちゃんの気持ちとに向き合わないといけないと思ったからだ。

 たとえそれが、どんな結末を迎えることになろうとも。


 しかし、教室でお姉ちゃんのところに行こうとしたとき、その途中で別の人に止められた。

 その女性は「ごめんね?」と言いながら、弟くん。つまりは俺が来たときにそのまま帰してくれと言われていると伝えられた。


 つまりは会いたくない、と。そういう対応を取られたということだった。


 そうして、今もまた無視をされている。

 はは、随分と嫌われたものだな。けれどこれらは自分の不始末、俺自身のせい。


「今からちょっとひとりごとを話すね?」


 そんな宣言をして始めるひとりごとがあるだろうか、と。心の中で自嘲気味に笑う。


「俺ね、お姉ちゃんのことが好きなんだよ」


 返事はない。


「もちろんそれは家族愛的な意味でも好きなんだけど、それとは別としてひとりの女性としても好きなんだ。おかしいよね? 家族のはずなのに」


 返事はない。


「世間的に言うならシスコンってやつだろうね。それも重度の」


 ひどく静かな廊下には、俺の乾いた笑い声だけが聞こえてくる。


「そんなお姉ちゃんのことが好きで好きでたまらないくせに、このアホはとんでもないことをしでかしたんだよね」


 ……そう。とんでもないこと、とんでもない過ち。


「あろうことか、最愛の姉を拒絶したんだ。ほんと、バカでしかない」


 今思い返せば、一番はじめから間違ってたんだ。


「ひとりよがりな考えから、それがお姉ちゃんのためになるって思って、勝手に姉を避け始めた」


 ……やはり返事はない。


「そうして振りかかってくる苦しみに、けれどこれは耐えなきゃいけないものなんだと自分に言い聞かせながら誤魔かしてきた」


 お姉ちゃんを避けることは、本当に苦しかった。遠野たちと一緒にいることである程度気を紛らわせていたが、隆俊にはバレてたみたいだし。


「どのみち、いつかは乗り越えなきゃいけない痛みだって」


 こればっかりは、そうだと思ってた。姉弟で結婚はできない。だからいつかはお互いに離れる覚悟をして、そして別れなければいけない。

 だから、それが早まっただけ。そう割り切って、俺は行動に移した。


「けれど俺は見落としてたんだ。気づいてなかった」


 急ぎすぎた。急ぎすぎて、ひとりで突っ走って。そうして半端な覚悟で苦しみを受け入れようとして。


「俺が受けてた苦しみは、お姉ちゃんも同じくして受けているんだって」


 苦しかったから、勝手に俺だけがその苦しみを受けているものだと錯覚していた。


「いいや、お姉ちゃんのほうがずっとずっと。ずーっと苦しんでるんだって」


 当然だ。覚悟をして拒絶をした俺に対して、お姉ちゃんは突然ある日、俺から避けられるようになったんだ。

 その身に、心に、振りかかった重圧は俺のものの比ではないはずだ。


「ほんっとうに、バカだよね。最愛の相手に自分以上の苦しみを与えていながら、これが正しいことだと勝手に思い込んで」


 そんな間違った正義を振りかざしていた俺は、


「そして、同じ立場になって初めて自分自身のやった過ちに気づいた、だなんて」


 拒絶されて、初めてお姉ちゃんが受けていた苦しみを思い知った。


「……とりあえず、あんまり勉強の邪魔ばっかりしててもダメだし、今日は一旦帰るね」


 ひとりごとのはずなのに誰に対していっているんだろうね、なんて。そんな冗談を言う余裕もない。


 俺はその場を離れ、自室へと戻る。


 部屋に入る直前、後ろでドアの開く音がした気がしたが、振り返ってはいけないような気がした。

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