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プロローグ

「私、眠ると、よく記憶が飛んでしまうんです」










 5月。桜の花も終わりに近づいて、その枝にいっぱいの葉を抱きはじめるこの頃この季節、

 俺はその少女と出会った。






 これは、どこか未熟で中途半端。そんな高校生たちが織りなす、少し変わった群像劇。






「なにかしようが、なにかしまいが、いつも通り今日は過ぎていく」


 今日の授業が終わってからかれこれ十数分。人がほとんどいなくなった部屋で俺、遠野(とおの) (あおい)はそう呟いた。


 別にこれといって興味が引かれるようなクラブがあったわけでも無く、また別に入りたいと思っていたわけでは無いので、クラブには入らなかったが、中学生のころは一応部活に入っていたせいか、放課後が無駄に長く感じる。


 だからといってクラブに入ればよかったかなと思ったことはない。思うつもりもない。


 だがしかし、


「暇だな」


 案の定零れるその言葉に俺はいろいろ考えてみる。高校生活が始まって早1ヶ月。毎日訪れるこの放課後という時間は想像以上に暇なものだった。


 そう。


「校舎の中でも歩くか」


 暇だからという理由でこんな発想に至ることが出来るくらいには。





 高校は中学校と比べると比較的広くなったように感じる。


 暇なときに校内を散歩をする日々によってさらにそう感じることができている気もする。

 しばらくなにも考えずにぶらぶらと校内を歩いていると、今まで1度として気づきも気にかけもしなかったようなもの、ことに気づくときがある。


 時々、吹奏楽部の練習場所に遭遇する。そんなときはなんの曲だろうかと考えたりもする。

 また別の日はとりあえず図書室に入って本を読んだりする。気が向いたら本を借りることもある。


 こうして気が向いたときに適当に歩いて、気が済んだら帰る。毎日がそうして過ぎていた。




 しかし、この日は違った。

 暖かく。というか暑く、ブレザー着用では汗ばむくらいの陽気な日だった。

 いつも通り何気なくそのあたりを散策し、何気なく帰るつもりであった。




 この日、俺は彼女に出会った。




 いつも通り適当にそのあたりを歩いていた。別に誰かとすれ違うことは珍しいことでもないし、クラスメイトとすれ違うことだってある。

 知り合いなら軽く声をかけることもあるし、知らない人なら会釈だけしてそのまま過ぎ去ることもある。


 すれ違って、そこから会話でも始まらない限り振り返ることなんて滅多になかった。

 だから、振り返るなんてことはいつもならしなかった。



 でも、今日はなぜだろうか。振り返ってしまった。


 別に特筆するような何か特別なことがあったわけではなく、知らない、でも見かけたことはある気がする少女とすれ違っただけだった。


「うん?」


 ぽつりとそう唸った。


 ただすれ違っただけなのになぜか違和感を感じる。クラスメイトの顔は一通り覚えたつもりではなのに。一瞬しか顔は見えなかったがその記憶の中には一致する人はいなかった。それこそすれ違ったことがあるというレベルにならあるのかもしれないが、そんなことはいちいち覚えていない。


 なのに、なぜか会ったことがある気がする。普通クラスメイト以外で会ったことがある人と言われれば、他クラスの人を思い浮かべるはず。なのに、


「誰だ……?」


 根拠もなにも無い勘だが、クラスメイトのような気がして仕方がなかった。

 しかし、クラスメイトの顔は一通り覚えているはず……


 二律背反の矛盾に挟まれて、俺の頭が混乱する。

 立ち止まって少し考えてみたが、到底わかりそうに無いので、一旦考えるのを止める。


 歩こう。わからないものは仕方が無い。






 勘というものの存在は、恐ろしい限りだと感じた。次の日の朝のことだった。


 昨日の疑問を納得させるような仮説、予想が見つかった。


「後ろの席……」


 そう、後ろの席。俺の後ろの席は席替えがあってから一度として埋まったことが無い。そして、入学式ではクラス全員が揃っていたのも覚えている。もし、彼女がこの席の主だとすれば、辻褄(つじつま)は合う。確か、彼女の名前は……


「おっはよう!」


 思考を思いきりぶった切られる。

 ぶった切って、なお余るほどにテンションの高い声がした。


「あ、おはよう」


 急に後ろから挨拶されたことに驚いて、少し戸惑いながらに返事をする。

 振り返ったそこには、ゲーム機を片手に携えた少年がいた。


「どうした? 考え事? 珍しいな」


「ああ、おれの後ろの席って誰だっけ?って思ってさ。多分女子だったとは思うんだけど」


 俺がそう言うと、彼、蓬莱(ほうらい) 隆俊(たかとし)は目を丸にして驚いていた。

 どこに驚く要素があったのだろうかと思っていると、耳をつんざくような大音量の声が聞こえてきた。


「えっ、もしかして、好きなのっ!? えっなに? お前に限ってそんなことってちょっ……」


 隆俊が突然騒ぎだしたことに「いや、そういうものじゃない」と、訂正を入れるが、既に隆俊の耳には届かない状況だった。


「のの、のりっ! のりかっ! 紀香! おーいっ! 紀香っ!」


 隆俊が名前を呼ぶ。名前を呼ばれた彼女は、少し不機嫌そうに返事をした。


「なんだよ。いきなり呼んで。あとうるさい」


 教室の端の方でぬっと頭を持ち上げた彼女に隆俊は叫び声にもとれる音量で言った。


「葵っ! 葵がさっ! 橘のこと興味あるみたいっ!」


 すると目をカッと見開いた彼女から隆俊の声にも負けないくらいの大声が聞こえてきた。


「えっ、何? 色沙汰ってやつ? まじで!?」


 それは、さっきまでの不機嫌そうな顔は一体どこに行ったのだろうかと思ってしまうくらいの変わりようだった。彼女、灰原(はいばら) 紀香(のりか)は、隆俊の幼馴染みらしく、しょっちゅうつるんでは、稀にケンカをしている。いつ見ても仲が良さそうに見える。


「いや、そういうものじゃないから。てか、誰かわかってない人を好きになるってどういう状況だよ」


 そう言うと、彼女たちはピタリと騒ぎ声を止めた。やっと言葉が通じたようだった。


「なんだよ、隆俊。何でも無かったじゃん」


「いや、ただの照れ隠しの可能性もっ!」


「なるほどっ! それなら……」


 もう、どうにでもなれ。




 しばらくしてやっと落ち着いた2人から名前を教えて貰うことができた。


「で、(たちばな) 優奈(ゆうな)って言うのか?」


「そうだ。橘って言うやつだ、そういえば全然来てないな」


 どうやら、橘と言うらしい。

 後ろの席の人と同一人物なのかも気になるし、もう一度会ってみたいと思ってしまった。




 全く、一体どんな偶然がどれだけ重なり合えばこんなことになるんだろうか。

 きっと世界というものは偶然という事象がよっぽど好きなのだろう。


「あ……」


 何気なく歩いていたはずなのにぼやける視界に現れたのは昨日の彼女。いくらなんでも都合が良すぎる。というのも、今歩いているこの廊下は昨日会った場所ではない。階層は同じく1階ではあるのだが場所が全然違う。ついでに言えばこの場所は昇降口を挟んで逆側。各局何が言いたいかといえば偶然にしてはできすぎている。


 しかし、近づくにつれはっきりしてくるその姿はどう見ても昨日の彼女そのものである。

 彼女の方はというとこちらに気づいていないのか表情を全く変えずにすたすたと歩いていた。  このままだとなにごともなく過ぎ去ってしまう。しかし今日はそうもいかない訳がある。


 確かめたいことがあるのだ。スリッパを見る限りは1年生ということはわかる。可能性はないわけではない。むしろ大いにあるといっても間違いではない。


 俺と彼女の体がすれ違った。


「あ、あの……」


 同学年である確信はあったのだが、どうも声をかけるのが憚れるというか、なにかの違和感に阻まれて、ついそんな口調で話しかけてしまう。ほんとうなら「なあ」くらいてで話しかけるつもりだったのに。


 俺がそう声をかけると彼女はくるりと振り返り、こちらを向いた。

 まるで「なんですか?」と今にも尋ねてきそうな表情で見てくる。

 そして俺は失敗に気づく。


(よく考えてみれば、話しかけはしたもののなにを話すかなど微塵も考えてねえ)


 そのことに気付くも時すでに遅し。


「どうかしましたか……?」


 彼女がそう尋ねてくる。ここまで来ていまさら何でもありませんでしたなんて言うのはさすがに気が引ける。


「橘…、優奈で会ってるよな?」


 とにかく何か話そうと思い、俺はそう尋ねた。

 すると彼女は酷く驚いたような表情をしてこちらのことを見てきた。


「なぜ、それを……?」


 その表情を崩さぬまま彼女はそう聞いてきた。


「一応、クラスメイトではあるんだがな」


 彼女は「すみません。忘れていました」と呟いた。


 まあ、来ていなければ、覚えていないのも当然だろう。

 俺自身も彼女のことを忘れていたんだし。


 まあ、橘 優奈に違いないらしい。


「クラスメイト……そう、なんですか。よろしくお願いします」


 彼女はペコリと頭を下げた。


「俺は遠野 葵。よろしく」


 たったそれだけ。でもなぜか、自分の中で詰まっていた何かが取れた気がした。

 しかし、このとき俺は彼女の言葉の本当の意味に気づけていなかった。


 事態はこんなにも単純なものではなかった。そのことに気づけたのは次の日だった。

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