見知らぬ病室にて
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最初に感じたのは、人肌のような温かさだった。肌に触れる優しいぬくもりと、ふにふにした柔らかさ。まどろみの意識の中で翔はその心地いい感触の元へ手を伸ばした。そこからさらに伝わってくるすべすべした質感。緩やかなふくらみとなめらかな感触に進む手がたどり着いたのは、他とは感触の違うツンと尖った固いもの。朧げな意識のまま、その固いものを二本の指でクリっと摘まんだ。
「……ん、ふぁ……」
「……!?」
瞬間、翔の意識は一気に覚醒した。微かに聞こえた喘ぎ声が、有無を言わさず翔をたたき起こしたのだ。勢いよく開かれた瞳に、明るい刺激が突き刺さる。まぶしさに薄っすら涙が浮いた目が、次第に翔の周りの風景を映し出し始めた。
そこは病室だった。清潔さを保たれた真っ白な壁、優しく日差しを招き入れる小さな窓、見知らぬ天井、そしてバインダーや紙コップ、その他小物類が置かれた小さなサイドテーブル。その横に組み立てられたパイプ椅子には、白衣らしきものが無造作にかけられている。そして今翔が寝かされていたベッド。布団からはお日様の香りがほのかに漂い、清潔に保たれていることがわかる。
「なんだここ……僕は、どうしてこんなところに……」
ベッドに寝かされたまま首だけを動かし、部屋を見渡す翔。直前の記憶を呼び起こそうとするが、頭に靄がかかったようによく思い出すことができない。思い出そうとすればするほど、なぜか脳が拒絶するかのように靄が濃くなっていくように感じた。それでも何とか思い出そうとする翔だったが、突如自分の胸部下辺りから聞こえてきた声に、意識を強制的に引き戻された。
「……やっと起きた?……全く、寝てるのに女の子の体を弄るなんて……変態さん?」
「えっ、な、なんだ!?」
直前の記憶を引き出そうと唸っていた中、唐突に聞こえた少女の声に翔は驚き、反射的に体を起こした。首元までしっかりかけられていた掛布団がその拍子に捲れあがり、上半身にかかっていた分が床にはじき落された。そして露わになった上半身の上に、銀色の何かが乗っていることを今更ながら気づく。
「……ビックリした、起き上がるなら一言言って。落ちちゃうところだった」
もぞもぞと動き出す銀色の髪。そのまま翔の腰辺りにちょこんと座りこんだ銀髪の少女は、健康的な肌色の体を隠すこともなく翔と対面する。翔は自分の体温が急激に上昇していくのを、半ば現実逃避気味に感じた。
「……おはよう変態さん。体調はどう?」
「…………ええぇぇぇぇ!?」
――病室に翔の絶叫が響き渡った。
見知らぬ病室で目が覚めたら、自分の体の上に全裸の少女が乗っていた。……もう翔には訳が分からなった。
「……どうしたの?何か変なものでも見た?」
ある意味その通りだよ!……そう突っ込みたいところをグッと堪えながら、翔はなるべく少女の首から下を見ないようにして少女の方を見た。
銀髪のロングヘアー。座っているとはいえまだまだ足元に続いていることから、相当な長髪だということがわかる。それなのに毛がはねている様子はない。丁寧に櫛が通されているのだろう。窓から差し込む日差しに反射してきらきら輝いていた。
まるで人形のように整った顔立ちは見る人を引き付ける美しさを秘めており、どこかけだるげそうな顔も何やら愛らしさを感じさせた。柔らかそうな薄ピンクの唇。混じりけのない真っ赤な瞳はまっすぐ翔を見つめており、きれいなその瞳に翔は一瞬目を奪われた。
おそるおそる下の方に目を向けると、瞳に映るのは日に焼けた様子のない色白の肌。見ないようにしていても自然と目線を誘うマシュマロのような柔らかそうな肌。シミ一つなく、透き通るような質感は、さっき寝ぼけたまま触ってしまったために鮮明に残っていた。すらっと伸びる足に、細身の腕。長い髪に絶妙に隠されている二つのふくらみは、かなり控えめながらもしっかりふくらんでおり、翔の心拍数を明確に引き上げる。髪の隙間から微かに見える薄ピンク色は必死に気にしないようにした。
「……黙り込んでどうしたの?どこか体に異常でもあった?」
無意識に、翔は目の前の少女に目を奪われていた。ここがどこなのか、どうして自分がここにいるのか、そんなことはとっくの昔に思考の隅に追いやられてしまっていた。だが少女はそれが翔の体の不調によるものだと誤解し、瞳に少し心配そうな色を浮かべて四つん這いの状態で翔の顔に近づいてきた。少女が動いたことで髪に隠れていた少女の他人に見せてはいけない部分が露わになってしまいそうになり、慌てて顔を背ける。少女はそんな翔の行動を理解できないのか少し首をかしげながら、背けられた翔の顔を覗き込もうとする。
「はーいそこまで。明はさっさと服を着なさい、新人君が困ってるでしょ」
病室の入り口から聞こえた声に、翔と『明』と呼ばれた少女が顔を向ける。そこには黒髪の女性が、二人のことをあきれたような目で見ながら立っていた。
「ごめんね、この子悪い子じゃないんだけどちょっと変わっててね。びっくりしたでしょ」
「は、はいまあ……」
数分後、少女が半強制的に白衣を着せられ、サイドテーブル近くのパイプ椅子に座らせられたところで女性が翔に話しかけてきた。ショートカットで活発さを感じさせる女性だ。ラフな着こなしをしているのに、何やら不思議な存在感を放っていた。年齢は翔の少し上ぐらいだろう。若手の先生みたいだと翔は思った。
「全く……異性のベッドに全裸で入り込むなんて痴女みたいな行為やめとけって言ってたんだけどね」
女性がため息をつきながらやれやれと首を振る。それにムッとした様子の少女。
「……痴女じゃない、診断の為」
「それはわかってるけど、さすがに全裸ってのは何とかならない?」
「……服がない方が精密な診断ができる。ちゃんと理由あるから」
「んー、私もそれを擁護するの大変なんだけど……今までは同性だったからよかったけど、異性はそうはならないんだよ?」
「……それでも『工作艦』として中途半端はできない」
「そっかぁこの職人気質め!そこがかわいいんだけどさ~!」
「……結乃、邪魔……暑いからあんまりくっつかないで」
二人のやり取りに、翔は全くついていけなかった。ただ一つ分かるのは、この二人がとても仲がいいということだろう。
「ああ、ごめんねほったらかしにして。碧海翔君でよかったかな?」
「は、はい。碧海翔です」
「おっけー、予定通りだね。ようこそ、舞鶴鎮守府へ。私はここの『提督』をやらせてもらってる『奥村 結乃』です、よろしく!」
「提督さんだったんですか……よろしくお願いします」
「そんでこっちの白衣の子は『高宮 明』。この鎮守府の艦人の治療、修復を担当してもらってる。埋め込まれた核は『工作艦 明石』」
「……明です。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
核を埋め込んだという明を興味深げに見る翔。明はその視線に少しくすぐったそうだった。
「さて、ここから翔君の核についての話をしようか」
結乃がサイドテーブルに置かれていたバインダーを手に取った。翔に緊張が走る。明は相変わらずけだるげそうな表情だった。
「実を言うと、もうすでに翔君の核埋め込み手術は終わってるんだよ」
「えっそうなんですか!?」
驚き思わず手を胸元にあてる翔。核が埋め込まれた痕も、何か変わったような感覚も何もなかった。正直、言われても全く実感がわかなかった。
「君が工廠で倒れたと聞いたとき、大事をとって核埋め込み手術は明日以降に延期しようと思ったんだけど……体調的に特に問題なかったこと、事前に手術の了承を得ていたことから予定通りに手術を行うことにしたんだ。心の準備ができてなかったらごめんね」
「いえ……ここに来るまでに覚悟は決めてきましたから……」
「それならよかった。明、翔君の体調はどうだい?」
「……核の拒絶反応とかは何もない。多分無事成功」
「よし、これで第一関門突破だね。よかったよかった」
明の返事に嬉しそうに頷く結乃。そしてそのままバインダーに何やら書き込んでいく。おそらく翔の艦人のデータだろう。翔の首筋をつうっと汗がしたたり落ちた。
「それじゃあ、明日から演習場で先輩の指導を受けてもらうね。はじめは艦を召喚するのも一苦労だと思うけど、慣れれば瞬時に戦闘形態まで移れるはずだから、頑張って!」
「……壊れたら私のところへ来て。きれいさっぱり、治してあげる」
「わかりました、ありがとうございます」
座っていた椅子から立ち上がり、深々と首を垂れる。そんな翔を見て結乃は微笑ましそうに、明は表情を緩ませた。そして結乃はおもむろに立ち上がると、翔に封筒を差し出した。戸惑いながら受け取り、促されるまま中身を確認する。
「その封筒には翔君に埋め込まれた核の情報、スペックが書かれてるよ。明日までに目を通しておいてほしい」
翔は中に入っていた二つ折りされた紙を開く。速力、排水量、装備などが書かれた一番上に、翔の体に埋め込まれた艦の名前が書かれていた。
『翔鶴型航空母艦一番艦 翔鶴』
「……今の戦線には大型火力艦が重要なの。翔君、それから瑞希ちゃん。二人の活躍、期待してるよ」
今日聞いた結乃の言葉の中で、一番重みを持った言葉。翔は自分でも気づかぬうちに、グッと手に力を込めていた……
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
これからも不定期ですが、書きあがり次第アップする予定なので、よろしくおねがいします。