表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3 -苦しくなっていく生活-

 実際、エピソード作りは苦しいものだ。有名な連中もこんな風に苦労するに違いない。最近はそうやって自分に嘯く余裕もなくなってきた。限界だという本音を意地で無理やり抑えている。

 まず金がない。相当多いと思っていた貯金も、切り崩していくと音速で消えていった。プレストどころではないなんて言っていた頃はまだよかった。金がないのは本当に洒落にならない。食べるものまで限られる生活をする日が来るとは考えなかった。あれほど好きだったはずのカップ焼きそばにはうんざりしてきた。微妙にある辛さが気になって、もうその味しか感じなくなった。パッケージを見るのも嫌だ。

 精神的にも追い詰められてきた。最初の頃に買った楽譜を袋から取り出す気にもならない。テーブルの上に放り出してある。床には畳まれないで丸まった汚い布団と汚い服、カップ焼きそばとカップ麺の殻、絡まった充電器やイヤホンのコード、ドライヤー、雑誌、割れたCDケース、ティッシュ、食べカスその他ゴミで足の踏み場もない。カーペットからしてもう毛羽立っているから清潔感がまるでない。掃除は毎日先延ばしにしている。これらのゴミを引っ掻き回すことを考えるだけで嫌悪感を覚える。自分だけの部屋は実家よりずっと居心地が悪い。どうしてこうなってしまうのだろう。

 誰にも覚えられないように、食料を調達するスーパーもランダムで変えていたが、気力がわかなくて、ここ一週間は近所のコンビニにしか行っていない。誰とも口を聞かないし、インターネットでも書き込みをしないから、自分の心の中を伝える機会が一切ない。反応を示されることもない。延々と一人で空に向かってボールを投げ続けているようなものだ。何の手ごたえもなく、感情や思考を投げては取って、投げては取って。壁すらないから受け止めるのはこの身体だけだ。窒息している。腹の辺りが押しつぶされるように孤独を実感する。どこにも拠り所がない。

 本当に死ぬんじゃないかと感じる。天才がこんなところで死ぬわけがないという矜持だけで生きながらえている。だがそれももう限界だ。ただ人間は大人しく死ぬものではなかった。

 死ぬほどの苦しみは慰めを見出させた。一時の逃避。後になれば状況はもっと悪くなるとわかっていながら、俺は酒をあおった。発泡酒を飲めば、その瞬間は嫌なことが嫌でなくなる。身体は快楽に酔い、頭には希望が満ちる。「人生にはつらい時期もある。世の成功者は皆そんな時期を乗り越えたから偉業を成し遂げたんだ。つらいのは俺が天才だからさ仕方がない」なんて気分になる。口に出して言う時もかなりある。良い気分になった後は虚無の世界がやってくる。ぼーっと思考回路が麻痺して、快楽も些末な問題も消える。だいたいそれで眠るのだが、以後が恐ろしい苦痛だ。頭痛に吐き気にひどい倦怠感。気分は最悪だ。空腹の所にやられると一番こたえる。 酒が高いからあまりまともに食事をしていない。だから結構な割合で空腹なのだ。自分が廃人のようになってしまって、時々泣いている。泣きながらまた酒を飲まずにはいられない。最近は酒のことしか頭にない。

 こんな生活やめようかと、ごく珍しく冷静になった時に考えたけれど、これでこの活動をやめたら、また元の中途半端に扱われる人生に逆戻りか、と恐ろしいくらい嫌悪した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ