100回目のラストバトル
昔々、あるところに強すぎる魔王様がいらっしゃいました。
魔王様には悩みがありました。
それは、これまで一度たりとも負けたことが無いことです。
一度でいいから負けたい。せめて、全力を出せる機会が欲しい。
そう思っていた魔王様は、人間たちに単騎で宣戦布告をすることにしました。
そして、これといった罠もない質素なほら穴に玉座を置き、ひたすら待ち続けました。
しかし困ったことが起こりました。
生まれつきのあまりに強大な魔力のせいで、
これまで来た勇者一行は全て指先でつついただけで倒せてしまったのです。
そんなことが99回続いた頃、
魔王様は勇者たちに失望の念を抱き始めていました。
どうせ次も私を負けさせてくれはしない。
そう思っていた魔王様の前に、100回目のラストバトルが巡ってきました。
いつもの決め台詞を言おうとした魔王様でしたが、直ぐに止めてしまいました。
何故ならその勇者は、誰が見てもみすぼらしい装備に身を包み、
しかもたった一人で来ていたのです。
魔王様は戦意を喪失し、勇者を魔法で城の外に放り出そうとしました。
するとその勇者は言いました。
「どうしても戦って欲しい」と。
魔王様はこたえました。
「お前は弱すぎる。駄目だ」と。
聞く耳を持つつもりなど毛頭無かった魔王様は、結局そのまま勇者を放り出しました。
100回目のラストバトルがアイツでは俺には役不足だ。
そう考えていたからです。
翌日、玉座に座りながら手の甲の毛穴の数を数えていた魔王様の前に勇者が現れました。
今度こそ記念すべき100回目のラストバトルが行えると思うと、魔王様の気持ちは昂っていました。
しかし、直ぐにその気持ちは魔王様の決め技のブリザードのように冷めてしまいました。
何とそこに立っていたのは、あのみすぼらしい勇者ではありませんか。
魔王様はもはや反射的に勇者を城から放り出していました。
しかしその勇者は次の日も、その次の日も魔王様の前に現れました。
そしてとうとうある日、魔王様は勇者の願いを聞き入れ戦うことにしました。
勇者は見た目と違わず弱く、歯応えなどありませんでした。
しかしどうでしょう。
魔王様はとても嬉しそうです。
しかも人間たちに対して白旗まで上げたではありませんか。
抵抗もせずに城まで連行されて来た無傷の魔王に対して、人間の王は聞きました。
「なぜ負けてもいないのに白旗を上げたのか」と。
魔王様は邪悪さなど微塵も感じられない朗らかな笑顔でそれに答えました。
「何を言っているのだ。私は負けたよ。生まれて初めてね」