かぐやの涙
二千人もの近衛兵も無力のままに、かぐや姫は百人ほどの天人たちと共に空飛ぶ車に乗り、天高く月へと帰っていった。爺と媼のすすり泣く音が、屋敷中ばかりでなく空いっぱいに響き渡る。しかし天の羽衣を着せられ、人間の心を失ったかぐや姫の耳には全く入らない。無情にも車は天の星々よりも小さくなっていき、やがて見えなくなってしまった。
かくしてかぐや姫は再び月へと戻った。しかし姫とは言えども一度罪を犯した身故、月の上では幽閉された暮らししか許されなかった。静かの海に広がる月の都の宮殿の、一番端の角部屋で、幾日も幾日もそこに居るだけ。その部屋には小さな窓が一つ付いていて、そこからは一億の星と共に、黒い宇宙に浮かぶ地球が見えた。他にすることも無く、幾日も幾日もかぐや姫は地球を見続けた。天の羽衣を着てしまったので何も思えなかったが、それでも幾日も幾日も見続けた。そしてある日、地球を見ながら涙を一粒流した。心は既に失っていたので、やはり何も思わなかったが、しかしその涙はかぐや姫の頬をつつつとすべっていき、床へ落ちた。その途端涙は一つの石となった。その後も石と共に、かぐや姫は部屋の中で独り地球を見続けた。
盛者必衰の理通り、月の都はそれから数百年後滅びた。月はただの荒れた地となり、天女もかぐや姫も月の都もどこかに消えた。
それからまた悠久の時が過ぎた。ある時、一人の男が月に降り立ち、石を一つ掴んだ。それはかつてかぐや姫の流した涙の石であった。男はその石を地球に持ち帰る。
そして時代は1970年、場所は日本の大阪、万国博覧会会場アメリカ館。64,218,779人の翁と媼がかぐや姫の涙を覗き込んでいる。