雨
【記録1】
7月6日 00:52
ミワちゃん 2組のユイです 突然連絡ごめんね どうしても聞きたかったことがあってコウスケから連絡先聞きました
実は先週の金曜日の放課後、ミワちゃんが教室でリョウくんといるのを見ました 最初は何か作業とかしてるのかなって思ったんだけど先生に帰るように言われたばっかりだったから一応声をかけようとしたの それで見ちゃったんだけど、ミワちゃんたち、あの日キスしてたよね
マモルからミワちゃんの話はよく聞いてます ミワちゃんはすごく綺麗だし成績もいいし優しいし、悪いところなんて一つもないってマモルも言ってました リョウくんはすごくかっこいいし正直マモルとのことを知らなかったら「お似合いだな」なんて思ったんじゃないかな でも違うよね
ミワちゃんはマモルと付き合ってるんだよね?そしたらどうしてリョウくんとキスしてたの?わたしまだこのこと誰にも言ってない もちろん連絡先教えてくれたコウスケにだって言ってないよ
わたしの見間違いだったら本当に申し訳ないと思うけど、絶対間違いじゃないと思う マモルがかわいそうだよ どうしてそんなことしたのか、教えてくれないかな?理由によっては、マモルにこのこと伝えようと思う わたしはその方がみんなのためだと思う
お返事待ってるね
1.
マモルに彼女ができたのは高校1年生の12月だった。ずっと片思いをしていた同じクラスのミワちゃんを映画に誘い、帰り際に告白、めでたくお付き合いをすることになった、と帰りの電車で教えられた。互いに好きな相手についてあれこれ話すことはなかったから突然の報告に驚いた。何ならあまりに幸せそうに話すマモルを見て、少し機嫌も悪かった。俺はてっきり、マモルと付き合うのはユイだと思っていた。というのも、ユイはいつもマモルの隣にいて何かと一緒に行動していたからだ。ユイはわかりやすいというより、わざと自分の好意を周囲に見せつけていたようだった。周到なやつだとは思ったが、マモルもまんざらでもないような表情で人懐こい顔を彼女に向けさえしていたからその予想は俺だけがしていたことじゃないだろう。
だがマモルがミワちゃんのような子を好きになるのは、言われてみれば想像に難くなかった。いわゆる大人しそうな子であり、清楚であり、美人な、僕ら高校生にとって素晴らしい自慢の彼女だったはずだ。ユイは当然不満そうなそぶりを見せていたが、クラスでは変わらずマモルのそばに付いて回っていた気がする。
2年生になってクラスが変わり、マモルと俺とユイは同じクラスになったが、ミワちゃんだけは隣のクラスになった。マモルはそれからユイがずっと側にいるのを嫌がるようになった。ユイはそのことで落ち込んだりして俺によく愚痴をこぼしたが、マモルへの思いが変わることがなく現在まで続いているのは素直に素敵なことだとは思う。ただ、俺はマモルの様子が気になった。それまでミワちゃんの前で女友達と仲が良さそうにしていたのだから、見えないところでそうであっても同じであるし、ミワちゃんからしたら普段クラスでマモルがどのように過ごしているのかなんて見えないのだから(せっかくなのだから逆の方が彼女に対する印象がいいのではないか)そのようにする意味も俺にはわからなかった。マモルは時々暗い顔をするようになった。何か苦しい味に耐えるような、痛みを堪えるようなそんな表情を一瞬だけ見せるようになった。それはクラスが変わってすぐの4月頃からのことだ。
マモルとミワちゃんが二人でいる時の様子というのは全く想像がつかなかった。マモルは穏やかなタイプだが、よく冗談も言うし、明るい性格のため友達も多かった。俺はミワちゃんとほとんど話したことがなかったためによく知らないが、高校入学直後先輩に呼び出されて告白されていた話は有名だし、その告白を断ったために僻む女子たちからの評判が落ち、友人の多いタイプではないことは知っていた。実際、あまり騒いだりはしゃいだりするのを見たことがないから静かな子なんだろう。学校だからそうしているのかもしれないが、彼女に対して誰もが「ミステリアス」という印象を持ち、それ以上の興味を持っていなかったのではないかと思う。マモルは彼女と何を話し、何を共有していたのだろう。
ここからは俺の想像の範囲だけれど、マモルのミワちゃんに対する思いが大きく膨らみすぎていたのではないかと思う。一回だけマモルから聞いたことがあるのは「ミワは俺のことなんか、ちっとも特別だとは思っていない」ということだった。俺は「そんなことないんじゃないの」という当たり障りのない言葉だけかけた。マモルはその言葉を聞いてすらいなかったかもしれないが。
ミワちゃんとマモルが待ち合わせをして帰る様子を何度か見たが、ミワちゃんは柔らかく微笑んで口角をあげたり戻したりしていた。その様子は恋人といることを照れる姿に見えたし、マモルがそこまで思い悩む理由もよくわからなかった。だが、「もうすぐ七夕だから」と訳のわからない理由でマックに呼び出され、またマモルとの恋の作戦会議でもさせられるのかと思っていた日にユイから聞かされた話は妙に俺を納得させた。
リョウのことはユイから時々聞いていた。なんでもユイの周りには昼休みになるとわざわざ彼を見るために、隣のクラスを覗きに行く連中がいるらしい。ユイはクラスでも派手な集団にいたため、彼女たちは隣のクラスの廊下でもきゃあきゃあと騒いでいたらしいのだが、その度にリョウは下を向いて持っていた本と共にどこかへ行ってしまったのだそうだ。リョウは背が170cm後半で顔立ちも綺麗だったから確かに目立った。だが、ユイも言うように愛想がなく、冷たい印象があった。リョウとの共通の友人もいないため、俺は特に関わりを持つことはないだろうと思った。
夕方のマクドナルドで、ユイはミワちゃんを激しく罵倒していた。女は怖いなあ、なんていう一般的な感想を頭で唱えながらコーラを飲んでいた。ユイはさっきから柔らかいポテトを拾っては、潰して平べったくしていた。俺はその日、帰ってすぐにマモルに電話した。何を話そうというわけでなかったし、ユイには口止めされていたのでただ世間話をするつもりだった。だが、マモルは電話に出ず、1時間くらい経った後に「明日飯食おう」という微妙な内容の連絡だけが入っていた。
2.
僕の彼女のミワが隣のクラスの男子とキスをしているところを見た。7月2日のことだ。
同じクラスのユイが2年1組の教室の側から足早に去っていくのが見えたので声をかけようとしたのだけれど、どうやら1組には人がいたようだった。というより、僕はミワに会いに来たのだから人がいて当然とも思ったいたのだけれど、結局僕は教室には入れなかった。きっと不思議な力が働いて僕の足を廊下に沈めてしまったんだ。
僕は別段格好良くはない。それはこれまでの16年間で十分に理解していることだった。だからリョウみたいなやつを見ると、言いようのない暗い気持ちになった。リョウは、男の僕から見てもとても綺麗な人だ。ユイの友達が昼になると、リョウについて騒いでいるのを聞いて一度僕も彼を探してみたことがある。正直、「綺麗」という形容詞で人から褒められることが果たして本人にとって嬉しいことなのかはわからないのだが、「かっこいい」などという言葉はどこか俗物っぽく、彼には似合わなかった。彼の姿は確実に、「美しい」のだ。
こんなにも僕が暗い気持ちになっているのは、ミワのあの言葉があったからであろう。彼女は「中身が大切だ」なんていうありふれた言葉でよく僕を慰めた。その言葉を、ミワはあらゆる場面で口にしていたのだ。表向きは明るく振舞っているものの、少し卑屈な性格をした僕がミワのような相手と付き合えていることは時々不自然に思え、その不安な気持ちをこぼすたびに彼女はそう言ったのだ。もちろん僕はそれを信じていたし、その言葉は僕の心を確実に軽くしていた。
あの言葉は嘘だったのかというようなことが僕の頭の中を占めていた。ミワは何故彼とキスをしていたのだろう。付き合っていると思っているのは僕だけだったのか。ミワの本当の恋人はリョウだったのか。それともリョウが無理矢理にミワにキスをしていたのか。
悲しかったのは、「彼が無理矢理に」という可能性が限りなくゼロに近かったことだ。僕はあの瞬間を、数秒間のあの空間の全てを細かく記憶していた。瞼には細い水流があり、空を明るくしていた。校庭から聞こえてきたのは野球部のやつらの声だった。日直が1日前のままだった。なぜ隣のクラスの日直を把握しているかというと、ミワは僕との会話に困るとクラスの細かな出来事までをボンヤリと話し出す癖があるからだった。
7月5日の夜、コウスケから電話が入っていたがあの日から僕は家にまっすぐ帰って布団に潜り込んでいたので気付けなかった。憂鬱な気分を殺して普段通りに振る舞わなくてはという思いがあり、コウスケには何も言わないようにと考えたが、電話を折り返す気にはならずとりあえず適当な約束を取り付けて再び布団に潜った。
3.
毎朝の日課には学校に行く前に、近所の神社に寄ってそこにいる猫に挨拶をすることだった。
5月の上旬くらいだろうか。リョウと私は学校の外の空間でのみ、時々会話をするようになった。きっかけは神社の猫。毎朝挨拶をしに行く猫はリョウの家の猫だったのである。リョウは高校2年になって同じクラスになり、顔と名前は認識しているというレベルだったのだが、ある日猫に朝の占いの結果をボヤいていると、通りがかった彼はこちらへ歩み寄り、その猫が非情なやつであると教えてくれた。
それからは朝、それから時々の夕方に神社の側で「偶然」会っていた。朝は制服のためあまり神社の奥へ進んでは行かないのだが、夕方は大抵帰宅した後なので適当な服を着ており、あまり気にすることもないので猫と一緒にふらふらと境内を歩いたりした。リョウは毎日神社に来るわけではなかった。雨の日は決まって来なかったし、5月の3週目のほとんどは雨だったので回数にすれば少ないものだったのだろうけど、猫とは頻繁に密会を重ねていたので、時々リョウが現れると「朝の占い1位」になったような気分になった。
リョウには恋人がいた。大学1年生だと彼は教えてくれた。それは3回目に会った夕方に教えてくれたことだ。ただ、詳しいことを彼はほとんど話さず、ただ彼女への不満を猫に呟かれるのをただ聞いていただけだった。
彼に会うのは「偶然」で、決まって学校外だった。クラスで何度か目が合ったが、気がつけば彼はいつも既に違う方向を向いているので私も気に留めていなかった。
彼が大学生の彼女と別れたのは6月14日だった。それも夕方の神社での情報だった。「1ヶ月後は誕生日で、付き合って1年目の記念日だったのにな」カラカラと音と立てて彼は笑っていた。私は大した言葉をかけられるわけもなく、ただぼうっと足元の草をちぎっていた。
リョウに対する私の感情というものは、はっきり言って厄介なものであった。はじめは猫に夢中であった私が、いつの間にか最上の運勢を求めていたのは世界の中で私だけが気づいていたことだった。もちろん、それは急速に進んで行ったものではない。朝目覚めるたびに少しずつ溢れたものが、光の流れによって一気に一点に集まり結晶したものだった。猫はそれに気づいておらず、相変わらず私に対し冷たい反応を見せていた。そのことに気づいた頃、私は神社へ行くことをやめようとした。明確な理由は頭の中にはなかったが、なんとなく足が動かなかったのだ。だが、6月22日の朝に「偶然」彼に会った時に、彼は夕方またここに来るように言った。私の胸は確実に鳴り、唇はわずかに震えた。あの震えは今も時々夜になると起こり、私を苦しめるものである。
6月22日が、私たちにとって重要な日付であることは間違いないだろう。ぼうっと草をちぎってばかりの私の髪にリョウは触った。日は伸びつつあり、まだ辺りは明るかった。猫は思い立ったように神社から外へ出て行った。建物を囲うように雑草がたくさん生えの古い神社には、他に誰もいなかった。呼吸が苦しかった。私は俯いている。上は向けず、背中が妙な強張り方をする。そして、その時ふいに思い出す。それは私の恋人の声だ。それは私の身体の力を少しずつ抜いていくもの。どろっとした感情が身体のどこかからか漏れていた。苦しくなる呼吸に私は酸素を求めていた。
リョウの睫毛は長かった。髪は細く、真っ直ぐで、少し大きめのTシャツは彼の姿を大人にしていた。白い腕は綺麗な直線で、骨ばっているのに指は柔らかな線を持っていた。私は苦しみから解放されたかった。
その時、彼の手はすとんと私の首に落ちてまた髪を撫でた。次の瞬間に私たちはキスしていた。私の頭にはもう何も残されておらず、白んだ空間が目の前にあった。私は一度深く目を閉じた。そして開いた。はっきりと彼の涙を見た。そして、もう二度と神社へ来ないと決めた。
【記録2】
7月7日2:12
お返事くれてありがとう。ミワちゃんの言いたいことは、何にもわかりません ミワちゃんはマモルのことを彼氏だとは思ってなかったってことですか?それなのに「大切」なんていうのは無責任だと思います 正直言ってずるいんじゃないかな?こんなこと言うのは悪いと思うけど、今までだってずっとマモルはミワちゃんのことが大好きでいろいろがんばってきたんだよ?
わたしの友達たちもリョウくんのことかっこいいってたくさん言っているからミワちゃんがそういうこと言いたいのはわかるけど、彼氏がいるくせにそんなこと言うなんて最低だよ きちんと返信くれたけど、やっぱりこのことはマモルに伝えるね そのほうがお互いのためだよ ミワちゃんはリョウくんと付き合うつもりはないって言うけどキスしたのはミワちゃんからなんだから確実に罪はあるよ わたし、絶対に許せないよ
【記録3】
「ミサキは近所に住む2つ上の女の子で、僕の彼女だった。幼稚園の頃から家や近所で遊んでいたんだ。もちろん子供ながらに異性であることをわかっていたから極端な仲の良さは多分なかったんだけど、それでも一緒にいる機会はどの女の子よりも多かったんじゃないかな。外で遊ぶよりも部屋で遊ぶのが好きだったミサキに合わせて、というより半ば合わせられてお絵描きした時もあったよ。確かアレはミサキの両親が海外に講演会に行くからしばらくうちに泊まりに来た時のことだと思う。ミサキは結構はっきりした性格だから僕が合わせることは多かったよ。僕がミサキに、そういう感情を抱くようになったのは中学3年生になってからだ。ミサキに彼氏ができたんだよ。しかもご丁寧に放課後デートの帰りに遭遇してさ。神社の前に自転車を停めてしばらく話し込んでるのも見たことあった。見かけない顔だったから多分ちょっと遠くから来てたんじゃないかな。わざわざ偉いな、なんて思ってたんだけどさ、やっぱちょっと気になってしまったわけ。それで僕は無謀にも告白をした。中学3年生のお正月が終わった頃かな。受験生なのにね。その時は振られたけど、彼氏と別れたのか高校1年生の6月に急に告白されて付き合うことになったんだ。今思えば本当僕がバカだったんだけどね。
ミサキはすごく不安定な人だったよ。デートの途中に公園で突然泣くこともあれば、急に笑顔になって僕に抱きついてくるような。そういう様子は、とても年上の人なんかには見えなかったんだけど、映画とかを一緒に観ている時の表情とかメニューを決めている時の伏し目にしている時のふとした瞬間、突然大人になったんだ。そんな彼女に僕は毎日恋をする感覚だった。要は溺れるみたいな関係になってたんだよね。付き合って半年過ぎたくらいの時期にミサキの部屋に行った時初めてミサキにキスをしたんだ。いわゆる幼馴染が続いていたから、そういうことをするのがすごく怖かった。ミサキを傷つけてしまうことのようにも思えたから。でも、ミサキはしなやかで強かった。何度かキスした後の彼女の顔を見た時に肌の瑞々しさに驚いて僕の中に変な感覚がやって来た。怖かったよ。そこから僕は彼女の全部が欲しくなった。気がつけば大体の時間は彼女に注ごうとしていたし、実際そうだった。と言っても高校生1年生と3年生だ。お互い学校にはきちんと行っていたし彼女はもともと大学に向けた準備でそんなに暇ではなかった。今考えればおかしいくらいだったんだよ。あんな忙しい時期になんであんなに僕に会えていたんだろう。きっと僕があまりにも彼女がふわふわ飛んでいってしまうのを無理矢理押さえつけていたせいじゃないかな。予定のない日は全部、僕は彼女に会いに行った。映画を見て公園を歩いて、キスをする。それだけだった。
ミサキが見事に大学に合格して、僕らは少しだけ離れた。もちろん僕は少しだけのつもりだったよ、ずっと。ただ、ミサキにはきっとそうじゃなかった。ミサキはいつでもちゃんと足の指にまできちんと力を込めて跳躍できる人だったから。僕の言ってることが訳のわからないことで嫌になるかもしれないけど、正直僕の持っている言葉ではこんなふうにしか言えないんだよ。僕は学校が終われば彼女の一人暮らしの家へ行った。だいたい片道1時間ちょっとくらいでね。だけど、外泊ばかりしていられないから会えるのは本当にわずかな時間だった。それでも僕は会いたかったんだ。
ミサキの様子が変わったのは4月の後半。多分少しずつ大学に慣れる頃で、最初はとにかく新しいことにワクワクしてみたり疲れてみたり忙しかったんだけど、だんだん生き生きとするようになった。それを見て僕は自分の心がひどく歪んでいることに気がついたよ。彼女が僕の知らないところで輝いているのが許せなかったんだ。5月の連休に泊まりに行った時、彼女が笑顔で新しい友人や優しい先輩たちの話を僕に聞かせた。思えば、ずっと気がついていたことだったんだけど、僕の息はとても苦しく細くなった。彼女は、いつか僕の前から消えて、どこか遠くへ行っちゃう人だったんだよ。
僕は5月の連休を過ぎると会いに行かなくなった。部屋に籠ろうだなんて決心までした。だけど、そうしているとあっという間に本当に遠くに行ってしまう日が来るのが不安になった。気を紛らわせたくて、僕はやたらひとりでふらふらと散歩するようになっていたんだ。そこでミワに会った。
僕の家の猫は近所中をふらふらしていて、それは知っていたけど神社の中でたまたま見つけたからそこがお気に入りなんだって知ったんだ。あの日は朝早く起きられたから、猫を追うようにして早く家を出たんだよ。ミワはそこにいた。猫に話しかけているから最初は怪しいなって思ったけどすぐにそれは違うってわかったよ。ミワは表情こそそんなに大きく変わったりはしなかったけど、なんだかいつも照れたような顔をしていた。ミサキとは全然違う女の子なんだなって思ったよ。それから僕は、僕の猫とミワに会いに行った。ミサキに会いたいのに会えなくて苦しかったのを紛らわせたかったんだ。ただ、ミサキのことを考えると途端に不安な気持ちに押し殺されて部屋から出られなくなった。雨の日は特にそうだった。
6月になって、いよいよミサキが僕に怒り始めた。僕は彼女が僕に関心を向けてくれるのが嬉しくてすぐに会いに行った。でも、会いに行ったミサキの髪は明るめの茶色に染まっていたんだ。別に僕はミサキの髪の色がどんな色だって構わなかった。けど、ミサキが僕の知らない人になっていくのがはっきり分かった。それまで十分に予感していたことが本当になった。僕らは初めてふざけ合いじゃない言い合いになった。僕の言っていることの大半はめちゃくちゃで、ミサキが正しかった。その日は家に泊まると言っていたけどどうしていいかわからずに結局外をふらふらしていたよ。しばらく冷戦になるかもしれないなとか思っていたけど、ミサキは僕にはっきりと別れを告げた。あぁミサキらしいな、なんて思ったりしたくらいだ。
何日か経って僕は朝、神社に行った。賭けのような気分だったと思う。僕は賭けてたんだ、ミワがいることに。ミワの話から、朝はほとんど毎日いることを知っていたくせに、僕が可能性の大きい方に賭けていたのは気まぐれだったと、そう言えたらいいと思う。
もちろんあの日ミワはあそこにいて、僕はまた夕方にミワを神社に呼んだ。つまるところ、僕が悪いんだ。僕はわざとミワを傷つけた。綺麗な瞳をしたミワが傷つけばいいと思ったんだ。泣いたのは僕のほうだったみたいだけどね。」