分岐点
ほぼ説明です
3つの村を平定したレイルだが、早くも分岐点を迎えていた。ラングからの使者が訪れていたのだ。先日打ち破った傭兵隊はあくまでラングの息がかかった程度の存在であり、正式に支配下にあるのではなかった。それゆえに叩き潰してもまだなんとか言い訳の使用はあるという目論見であった。時間を稼ぐために。しかしながら、こちらの戦力が手ごわいと見て取ったのか、緩やかな従属関係となる同盟を持ち掛けてきた。レイルに男爵位を認め、3か村の支配を認めるという言い分である。むろん半独立は認めるとのありがたいい仰せ付きだ。
「断る」
レイルは使者の長広舌を一言で断ち切った。
「は?え??」
使者は何を言われたのか全く理解していなかった。そもそも断られるということは全く想定になく、行って戻れば多少の手柄にはなる程度の認識であった。
「そもそも、サーディス村での暴虐、まったく許しがたい。彼らの首領はラング子爵の代官と名乗っていた。その言葉を盾に到底生活を続けられないような税をかけ、逆らったものを殺し、子女を奴隷証人に売り飛ばそうとした。そのような者の下につけると本当にお考えか?」
「なななななんという…そんな馬鹿な…」
「ばかなとなそれこそなんという言いざま、それでは貴殿がサーディス村への正式な賠償をお約束してくれるのか?」
レイルの堂々たる反論に、所詮若造と侮っていた使者の顔色が赤くなったり青くなったりと忙しい。そして苦し紛れにこう言い放った。
「ラング閣下のお言葉に逆らうとは、貴様らを反逆者として討伐を進言するぞ!?」
「馬鹿な、我々はラングの部下になった覚えはない。それを反逆者とは、おぬし、言葉は理解できているか?」
「ぐがががが、もう許さん、貴様らをひねりつぶしてくれる!覚えていろ!」
使者は顔を真っ赤にして退出していった。その姿を見てひとり嘆息するレイル。そして満面の笑みを浮かべたスカサハがやってくる。
「おおレイル殿。今日も見事な役者ぶりであった!」
「スカサハ殿、事態は笑い事では済まない方向に来ていると思うのだが?」
「ラングの下につけばすりつぶされるだけの運命で、浮かび上がる背はないということはお話ししたし、それはレイル殿も承知の上では?」
「そうですね。ただあそこまで挑発する必要があったのか?ということです」
「なに、どっちにしろラングもあほではない。可能な限りの兵力を動員してくるのは変わらぬさ」
「ふむ…なれば、それを想定して防衛策を立てるというわけですね?」
「いや、撃って出る。ここからは速さと早さが勝敗を分ける」
「ふむ…」
地図を眺めるレイル。そしてスカサハの思考をトレースして自分自身に取り込もうとする。大軍と真正面から戦っても勝ち目はない。それゆえに兵力差を生かせない地形を探す…あった。
「ここを先に抑えたほうが勝つ。そういうことですか」
レイルの指先は古い遺跡のある広場を指していた。スカサハは花の咲いたような笑顔をレイルに向けた。
「お見事だレイル殿。なればそこを利用して勝つ術を述べてもらおうか」
「そうですね…」
そこでレイルが語った策はスカサハの予想を大きく超えていた。ぽかんとした顔を見せているスカサハにレイルが気付き、声をかける。
「あー、さすがに無茶ですかね?」
「いや、レイル殿は稀代の戦術家になれるぞ。わたしなどもう及びもつかぬ」
「いやいや、おだてないでくださいよ」
「私はお世辞は言わないぞ?」
レイルとスカサハは顔を見合わせて笑い出した。
その後、レイルとラングの勢力の対立は抜き差しならぬ状況になった。レイルが子爵を自称したためである。それによりラングが激高し、兵の動員を始めたとの情報がもたらされたのだった。
ラング側の情報を得てレイルは配下の兵力に動員をかけた。まずはセタンタに40の兵を預け、先鋒として出撃させる。彼が鍛えぬいた最精鋭たちだ。1日待ってレイル率いる本隊が出る。各村には最低限の自警団しか残っていない。総力戦であった。リンの部下たちがつかんできた情報はあまりよくないものだった。ラング自身が500の兵を率いて本拠を発ったというものだ。こちらに向かう途中で各村に配置している兵力と合流することを想定すると、前線に来るまでには少なくとも700ほどになっていると思われる。だが、すべてが職業兵ではなく、自警団レベルの民兵も含む数字だ。逆に最精鋭をもってあたれば、多少の兵力差はものともしない程度で練度の差はある。
旅芸人という名の密偵は最前線になるフォルディス村の調略を見事に果たした。もともとサーディスに駐屯していた兵力はこの村の守りに当たっていたのであるが、ラングの威勢を借りて暴れまわっていたような連中だったので、彼らを討ち果たしたことと、レイルの指揮下に入れば税を安くするなどの条件で、投降に同意した。レイルたちはここで兵を休めると代価を支払ったうえで余剰物資を買い付けた。特に藁束や火打石、油脂の類を多めに買っていった。季節はこれから寒くなってゆく。大軍相手に持ちこたえようとすると長期戦になるためその備えだと伝えた。
フォルディス村の先に古代の神殿があった。石造りの堅牢な建物である程度の兵力を収納できる。レイルはそこに陣を張り、籠城の構えを見せた。通行途上の村からも物資を集めたことは、ラング側も承知している。そしてその遺跡を制圧すれば、レイル側の勢力をほぼ完全に封じ込めることができる。最前線がイコールデッドラインだという認識である。
冬も近づく中で、レイル軍とラング軍は神殿の城壁を挟んで対峙することとなった。
ラング軍の猛攻に耐え切れず、レイルは退却する。それこそがレイルの罠だった。
次回 夜襲
お楽しみに