初勝利
地形を利用しての奇襲だったらこんなものかな?
一夜明けると、なぜか隣にリンが眠っていた。さすがに姉と知ってはいるが妙齢の女性の顔を間近で見たことがなかったレイルは、少し動揺する。そして背後からポヨンとした感触を感じ、慌てて振り向くと、肌着一枚のスカサハがすやすやと眠りこけていた。
「うわああああああああああああああああああああ!!」
「若! 大丈夫ですかい?!」
マッセナがレイルの絶叫を聞いて飛び込んでくる。そして、部屋の惨状を見て頭を抱えた。
「若、昨日の今日でいきなり手を出したんですかい?」
「出してない!」
「ってか、お嬢まで…若、さすがに自分の姉上に手を出したってなると外聞が…」
「ってかマッセナ。なんでお前そんなにやついてる?」
マッセナの表情にレイルはやや冷静さを取り戻す。
「ああ、ワイン一杯で若がつぶれちまったもので、お嬢が介抱してくださったんでね。そこにスカサハ殿が割り込んで…いやア、かなり酔ってらしたんで大丈夫かなとは思ったんですが…」
「んで、お前さんも酔っぱらって寝ちまったと?」
「はっはっは、面目ねえ」
先日のことがあってから、レイルたちは村の中央部の屋敷に移っていた。砦の戦いで捕虜になった兵はそのままレイルの下につくことになったので、セタンタが訓練を担当している。実は部隊の指揮官としても有能で、5人一組を最小単位として、兵を分割、合流、防御、攻撃などの指示を叩き込んでいる。
「いいか、強い敵に一対一で望むな! 戦場では生き残った者が強い。一人でかなわなければ仲間を頼れ、力を集めて打ち倒すのだ!」
「「おお!!」」
セタンタは棍を手に兵に檄を飛ばす。
「おめえらはまだ本物の戦士とは言えねえ。だが俺の訓練を乗り越えれば戦士になれる!」
「「おお!!」」
「さあ、かかってこい! 本物の戦士の強さを骨身に刻み込め!」
5人の兵がセタンタにかかってゆく。大き目の盾を構えた兵がセタンタの突きを耐え切り、攻撃を仕掛ける。別の兵が槍を模した棍を突き出し、動きを止めようと図る。
「いいぞ、相手の動きの幅を減らすように立ち回れ、そうすればいつか攻撃が当たる!」
セタンタは敢えて足を止めて打ち合いに応じる。3人からの猛攻を涼しげな顔で捌き切る。セタンタの攻撃を受けた兵が吹き飛ばされ、開いた部分を埋めるように別の兵が飛び込む。常に3人が矢面に立津ことで、何とか均衡を保っている。そのまましばらく打ち合いは続いたが、ずっと真正面に立っていた盾持ちの兵が足元をすくわれて倒れる。そこで均衡は崩れ、あっという間に打ち据えられていった。
「ふむ、悪くない。連携をもっと鍛えればさらに強くなる。励め!」
「「はい!」」
兵の士気も悪くないようだ。もともといた兵が40に、今回加わったのが50。あとは村の自警団も訓練を強化している。彼らにはスカサハが投擲術を伝授してくれる約束になっている。野戦への動員は厳しいが、拠点防衛の力になればと考え訓練を施すことに決めた。
さて、先日の村長たちだが、話し合いから10位置が過ぎた。今レイルが滞在しているのがラニード村。先日ジークとともに赴いたのがルニード村である。そしてサーディス村の村長が現れない。中央8か村を治めるラング子爵(自称)についたとのうわさが流れていた。
ルニード村はレイルの指揮下に入ることを承諾した。だが固有の兵力は自警団レベルで、サーディス村とも隣接している。ひとまず30の兵を向かわせ、防備を整えた。隊長にはジョルジュを任命し、周囲の策敵と、防備の構築を指示する。
そういえばリンとアレスもこの村に住むことになった。旅芸人一座はそのままリンの指揮下で、周囲の情勢を探るために改めて興行に出ている。最初の攻略目標はサーディス村となるが、表立って敵対はしていない。だが、ラングの先兵がいつやってくるともわからない。にらみ合いの様相が1か月にわたって続いた。
隣村へ潜入していた兵が戻ってきた。案の定というべきか、ラングの指揮下にある傭兵が駐留している。数は100ほど。そして村を荒らしまくっているらしい。サーディス村はラングへの敵愾心を燃やしている。
「さてレイル殿。そろそろ侵攻の頃合いと思われます」
「まあ、あれだ。やむを得ないとはいえ、人を見殺しにするようで、非常に居心地が悪かったけど」
「ですが、最初にわれらと手を組まない選択をしたのは彼らです。そんなことまで気に病む必要はないでしょう」
「まあ、そうなんだよね。わかってはいるんだけど」
「では、悪逆な支配者から彼らを解放すると考えましょう」
「あー、建前って大事だよね」
「全くその通りです!」
レイルのかすかな皮肉はスカサハに真っ向から打ち返された。彼の覚える後ろめたさもわからないでもないが、すでに彼らは立ってしまった。敗北は許されない。そして今ここでの敗戦は、彼らの目標に永遠に近づけ無くなることを意味していた。
隣村との境界争いを起こし、それの解決を名目にレイルは兵を出した。交渉を名目としているので30ほどを率いている。そして、交渉の場で敢えて無理難題を吹っ掛け、決裂させる。そして使者を捕らえようとする振りを見せて、村から傭兵を誘い出した。50ほどの兵が出撃してきて、わずかな戦闘でレイルたちは敗走する。ここで敵は疑問を持たねばならなかったのだ。一人の戦死者も出ていないことに。
追いかけてくる敵兵の左手からセタンタ率いる兵が切り込んだ。そこでレイル率いる本隊も足を止めて迎撃を始める。挟み撃ち状態になった敵兵は混乱し、指揮官がセタンタの投げた手槍に貫かれるところを目の当たりにした兵の士気はひとたまりもなく崩壊した。逃げる敵兵にぴったりくっついた状態で追撃をかける。村の門を閉めようとする兵はジョルジュの放った矢に倒された。一気になだれ込まれさらに混乱する。その状況で村の自警団が寝返った。ラング軍に容赦なく高所からの矢や投石が降り注ぐ。
「くっそおおお、何が起きてるんだ!?」
ラング軍の代官が兵をまとめようとするが、混乱は広がる一方で全く収集できない。そんな彼の前に黒鎧に身を包んだ戦士が現れ、告げる。
「一つだけ間違いないことがある」
「なんだ、誰だてめえ!?」
「このレイル、貴様ごとき下郎に名乗る名はない!」
「思い切り名乗ってんじゃねえか!」
微妙な沈黙があたりを包み込む。レイルは咳払いをして答えを返す。
「気のせいだ! とりあえず、貴方には死んでもらう」
「あー、てめえが黒幕か! てめえが死ね!」
両手持ちの戦斧を振り下ろす。だがそこにすでにレイルはいない。一気に跳躍して落下の勢いと重量にものを言わせて剣を振り下ろし、両断した。
「敵将、このレイルが討ち取った!」
レイルの宣言にラング軍の兵は我先に逃げ出した。レイル軍の勝どきがサーディスの村に響き渡っていった。
3か村を平定したレイルは改めて子爵位を自称した。すでにラングとはことを構えており、いずれ大部隊が派遣されてくる。状況は予断を許さなかった。
次回 厄介ごとはなぜまとめてやってくるのか?