不安と迷い
ヤサグレイル
さて、衝撃の事実を知ったレイルはヤサグレていた。飲めない酒を呷り、執務室にも来ていない。スカサハらが何度か声をかけるが、部屋からの答えはない。執務自体はスカサハやリンが代行し、領内の運営に今のところ問題は出ていないが、あくまで、今のところ、今後どうなるかは予断を許さない。
「うん、ぶち破ろう」
リンが全く笑っていない笑顔で言い放った。
「そうだな義姉上。レイル殿にいったい何があったかはわからぬ。だが、これ以上腑抜けておられる余裕はさすがにない」
「あー、儂はさすがにやりすぎじゃと…なんでもありません」
マッセナが自重を求めようと口を開いたが、リンとスカサハ二人ににらまれ口を閉じる。
「ていっ!」
リンが武術教本に挿絵付きで載せたくなるほど奇麗な型で飛び蹴りを入れる。ガンッと鈍い音を立てて弾き返された。
「なによこれ! 魔法で結界張ってるってこと?」
「む、これは!?」
スカサハが扉に刻まれた魔術を確認する。
「何がどうなってるの?」
「スリサズのルーンで防御結界が張られていますな」
「なんてこと、スカサハ、解呪できない?」
「そうですね、反属性のルーンを…」
リンとスカサハが相談していると、風切り音とともに扉に槍が突き立った。輝きを放った後、扉のルーンは消滅している。
「セタンタ!」
「おう、師匠。レイルの奴がいじけてるって聞いて来た」
「うん、なんかショックなことがあったみたいで…ってリン?!」
すでにリンが扉をぶち破って侵入していた。中からどたばたと争うような音が聞こえる。
「レイル、あんた何やってるの! お父さんの国を取り戻すんでしょ!?」
「そんなのどうでもいい。だってこの世界は全部偽物だから」
「あんた何を…?」
「この世界は父さんが作り上げた仮想世界。俺も本物かわからない」
「それで、このままだとどうなるの?」
「さあ? ただ、この世界を何とかしないと、元の世界とこの世界が入れ替わるって言ってた」
「じゃあさ、そうなったらどうなるのか考えてみようか」
「うん」
「まず、この世界にはお父さんはいない、お母さんたちも」
「うん」
「また会いたくない?」
「会いたいに決まってる!」
「じゃあ何を迷うの?」
「セタンタも、スカサハも大事な人だ。俺がこの世界を終わらせるってことは、彼らを失うってことだ!」
「おばか」
「へ?」
「そんなことはね、土壇場になってから考えなさい!」
「はい?」
「そもそも、世界を終わらせるって具体的にはどうするの?」
「アレクサンドルを倒すことだって」
「どういうこと?」
「この世界の成り立ちは、現実世界のアレクサンドルが、自分の妄想をもとに作り上げた世界らしい。で、その世界を成り立たせているのが、フェリアースを覆ってた結界魔法だって。結界魔法が暴走すると、世界が滅びる。その魔法機構の管理をできる可能性があるのが、父さんじゃなかったら俺だけだって」
「ふーん。というかだね。レイル、あんたの手持ちの戦力は? オズワルド王国の分厚い兵力を抜いて、王族を討ち取れるほどなの?」
「セタンタを特攻させても無理だね」
「じゃあ、まずそれが適うところまで進めなさい。まずはそれから」
「うん…」
「それでね、アレクサンドルに手が届く状況を作る。そのうえで迷いなさい。今のあんたはただ逃げてるだけよ!」
「…そう、だね。姉さんの言うとおりだ」
「おいレイル、誰を特攻させるって?」
「レイル殿、私は友人なのか? まあ、失いたくないって言ってくれた時は胸がいっぱいになったが…」
「師匠、平面胸がいっぱいってグハアアアアア」
スカサハの容赦ない一撃でセタンタが沈む。
「レイル殿、このバカ弟子が特攻して何とかなるならいつでも使ってやってくれ」
3人が笑い出す。一人は撃沈している。レイルは胸に重くのしかかっていた不安とかいろいろが霧散してゆくのを感じていた。
3日ぶりにレイルは部屋を出た。迷いのない眼差しに周囲はホッとした空気を漂わせている。そして執務室に入ったレイルを待ち受けていたのは、膨大な量の書類だった。
レイルが再び現実逃避を始めようとしたが、笑顔のスカサハに促され、何かをあきらめたように執務室に入っていった。その日は普段より遅くまで明かりが消えることはなかったのである。
精神的に復活したレイルは矢継ぎ早に指示を出し始めた。そんなレイルに報告が入る。トゥール村周辺に出る魔獣を何とかしてほしいと。セタンタ、スカサハ、リン、アレスとレイルの5人でねぐらと思われる村に赴いた。




