帰路
それにしても、この人どうしたのかしら。それよりこの後どうしよう、警察に届けるべき……などと一人思案に耽っていると、男性はいきなりくるりと向きを変えてどこかへ立ち去ろうとしたので、マナミは慌てて引き留めた。
「ちょっと、どこに行くの? 随分ボロボロだけど、怪我してるんじゃない?」
男性は聞かれて体中を触ってみたが、またすぐに行こうとする。マナミは思わず腕を掴んだ。
「そんな格好で歩いていたら不審者にしか見えないから! あ、そうだ。私の家に行きましょう。近いし、服も洗濯してあげるから」
言った後で、マナミは自分の口から飛び出した言葉に唖然とした。
勢いとはいえ、女一人の家に見るからに怪しい男を、しかも自分から誘うようなことをまさか言ってしまうとは。
だが、男性はやや不思議そうに首を傾げ、黙ったままでいる。
二人の間に沈黙が流れた。
この状態に耐えられなくなったのは、もちろんマナミである。
無言のまま、すぐそこの駐輪場に停めてあった自分の自転車を引っ張り出し、乗らずに押して歩き出した。
男性の目の前を通り過ぎ、どんどん進んで行く。男性はそんなマナミをただ黙って見つめている。
狭い住宅街の信号がない交差点に差し掛かると、マナミは振り返らずに言った。
「何してるの、置いていくわよ。それとも、ずっとそこにいて不審者として通報される気?」
それを聞いた男性は小走りで駆け寄り、主人の足下にまとわりつく猫のように、マナミの後ろにぴったり着いて歩いた。
それから二人は、街灯のまばらな裏通りを抜け、小さな川に架かる短い橋を渡り、街の真ん中にある緑の豊かな公園を横目に、一軒家の並びに不似合いなこぢんまりとしたマンションにたどり着いた。
「ここ、私の家。自転車置いてくるからここで待ってて」
言い残し、マナミはマンションの横にある、屋根が掛かっただけの簡素な駐輪スペースに自転車を停め、すぐに男性の待つ正面へと戻った。
男性は言いつけ通りきちんと待っている。子供のようだな、とマナミの顔に小さく笑みがこぼれた。




