鉢合わせ
マナミは飲み屋街の入り口に立っている。
マルヤマに強引に連れて来られた、スーパーの常連客がタカヤを目撃したという場所だ。
しかし無理矢理にでもなければ、マナミは自分から来ようとはしなかっただろう。今だって、足がすくんで中々前に進めない。
だが、タカヤに会うためにはこの難局を乗り切らねばならない。その次にも高いハードルがあるのだから。
意を決して、マナミは酔っぱらい達の海に身を踊らせた。
何人か顔見知りの店員に会ったが、皆うちには来ていないと言う。やはりタカヤはあの女将のところなのか。マナミの心臓は今にも破裂しそうな勢いで鳴っている。
一軒の焼鳥屋の店主に小料理屋の場所を尋ねると、丁度この店の真裏だという。今度飲みに来ると情報の礼を言って、マナミはアーケードを抜け、すぐ横の路地に入った。
にぎやかな繁華街から一本道を外れただけなのに、細い路地は人通りが少なく街灯もまばらだ。よく見ると、ぽつんぽつんと飲み屋が点在しており、穴場のような雰囲気を醸し出している。
薄明かりを頼りに、さっきの焼鳥屋の裏あたりを目指して歩く。一歩進むごとに緊張は高まり、バッグを握る手に力が入る。
あと数メートル、というところでマナミはふと、タカヤに会って何を言ったらいいのかという疑問が頭をよぎった。
あの夜、一方的にタカヤを責めたことへの謝罪か。それとも、女将との関係を今一度問いただすのか。はたまた自分の元へ戻るようへりくだって頼むのか。
ぐるぐるとあらゆるパターンを考えてはみたものの、結論は出そうになかったので、結局『当たって砕けろ』が一番と腹を決めた。
そうして足を踏み出したとき、小料理屋の引き違い戸が開いて店内の明かりが路地に漏れ、中から誰かが出て来る。
心の準備がまだできていなかったマナミは、慌ててすぐ横の電柱に身を隠す。顔だけ出し、様子を窺っていると、出て来たのはサラリーマン風の男と、見送りの女将だった。
タカヤでなかったことに何故かほっとするマナミであったが、店に入りかけた女将と目が合ってしまった。
「あら……?」
女将がマナミの隠れる電柱に近づいて来る。
マナミはとっさに逃げ出そうとしたが、女将に声を掛けられたので渋々足を止めた。
「あの、もしかしてタカヤさんの奥様?」
「……妻では、ないです……」
「そうなんですか? じゃあ彼女さん? あいにく、タカヤさんは今日お見えになってませんよ」
意外な答えに、マナミは目を白黒させた。




