倦怠感
寝室のドアをしきりにひっかく音が、ぼんやりと夢を見ているマナミの耳に聞こえてくる。猫の可愛らしい鳴き声もする。
連日の睡眠不足で全く頭が働かないマナミは、それが夢か現実かも区別が付いていなかったが、とにかく音のする方へ向かって布団から這いずり出た。
何とかドアを開けると、先ほどの可愛い鳴き声に似合わぬ丸々とした猫が、何やら恨めしい顔でマナミを睨んでいる。
それがマロだと認識できるまで、マナミはやや時間を要した。
「……あ、マロか。どうしたの」
ようやく主人を起こすことができたマロは、自分の皿の前に座り食事を催促する。
壁の時計は昼を過ぎていた。この日は休日なので先日のように慌てる必要はなかったが、マナミはあまりの体のだるさに、流石に寝過ぎたと感じた。
マロの皿にキャットフードを入れ、新しい水に換えてやると、待ってましたとばかりにマロはがっつく。マナミはとても食事を食べられる状態ではないので、コーヒーで済ませることにした。
湯を沸かし、マグカップに牛乳を半分ほど注ぎ電子レンジで温め、その間にコーヒーを落とす。挽き豆の上に湯を掛けると、かぐわしい香りが立ち上る。
インスタントが苦手なマナミは、ハンドドリップでコーヒーを淹れるのが好きだ。バリスタのような技術はないが、素人でもペーパードリップならそこそこ美味しいコーヒーを淹れられる。
温まった牛乳に、落としたてのコーヒーを注いだ。
「ねえマロ。タカヤはもう帰って来ないのかな……」
ソファーに座ってコーヒーを一口飲んだあと、マナミは食事をすでにたいらげたマロに呟く。
マロは日当たりの良い窓辺に寝転がって素知らぬ様子だが、尻尾だけ振ってそれに応えた。マロが何と言ったのかはマナミには分からないが、何となく「元気出して」と励ましてくれたように感じ、ほんの少し、笑うことができた。
温かいものを飲んでお腹が落ち着くとやっと頭もすっきりし、気持ちが上向きになり久々に街に出ようかと思えて、マナミは身支度を整え家を出る。
二月の間に季節は進み、もうすぐ冬が来る。
冷たい風にコートの襟を立て手袋をすると、自転車には乗らず、家から歩いて十五分ほどの所にある駅に向かって歩き出した。
もしかしたら、この道のどこかでタカヤを見つけられるかもしれないと、淡い期待を抱きながら。




