雨
それからしばらく、タカヤは姿を現さなかった。
鍵を付け替えたことを知らせていないのだから、当然といえば当然なのだが、それなら家の前で待っていてもおかしくはないのに未だ帰らない。携帯の番号も変えているので、もちろん連絡などあるはずもない。
ちょっとやりすぎたかな……などと、マナミは根っからのお人好し思考であれだけ迷惑を被った元凶の心配を始めた。
それは土砂降りの日曜日のことだった。
夏も終わりに近づき、夕方の空気はすでに秋になっている涼しさで、特に雨の日は肌寒さを感じるほどである。
「ねえ、入り口にいるのって、タカヤ君じゃないの?」
この天気のおかげで閑古鳥が鳴いている『スーパーあべ』の中で、マルヤマが驚いた声を上げた。
マルヤマは何度かタカヤと会っているので、その風貌を覚えていたのだろう、スウェット上下のむさい男を一目見てそうとわかったようだ。
「ああ……そうみたいですね」
マナミは、心配が安心に変わったと同時に、急に怒りが沸いてそっけなく答えた。
いつも気が付いたらいなくなり、気が付いたら帰ってくる。今までと同じなのに、何故か今日は腹立たしい。
「そうみたいって、どう見てもタカヤ君じゃないの。あんな格好でこの辺歩き回る人なんて、タカヤ君しかいないもの」
大きな街から少し離れたこの場所は、しかし田舎というにはそこそこ人口が多いため、割と『お金持ち』な人々が集まるちょっとセレブな街として最近注目を集めている。
そのせいかあまりだらしない格好で出歩く人間がいないものだから、自然、タカヤは目立つのであった。
「あらあ。傘もささないでずぶ濡れじゃないの。風邪引いちゃうから、中に入ればいいのに」
「何言ってるんですか。あんな格好で入られたら床が濡れるでしょう。他のお客様にも迷惑ですから、帰るように言ってきます」
レジから出て入り口に向かおうとしたマナミの腕を、マルヤマがむんずと掴んだ。
「お客なんてどこにいるのよ。ケチくさいこと言ってないで早く入れてあげなさい」
そう言われ、マナミは一応客を探して反論を試みたが、徒労に終わったことは言うまでもない。
マルヤマに目線で促され、仕方なくマナミは、タカヤが軒から激しく降り注ぐ雨水をできる限り避けようとよしかかるガラスを、中からノックした。
濡れ鼠になったタカヤはガラスの向こうにマナミを認めると、まるで迷子の子供が母親を見つけたような目を向けてきた。
マナミは、そういえばマロを拾った時もこんな天気だったな、と一瞬、家で待つ猫を思ってクスリと笑った。