助言
半ば逃げるように家を出たマナミは、自転車に乗るとやけくそになって立ち漕ぎで走る。
秋口の、夏の残り香がする風を一身に受けて、ようやく頭がすっきりしたマナミは今夜、タカヤにあの女将について問いただすことに決めた。
大遅刻のマナミは店長にこってり絞られると這々の体で、昼食の弁当を買い求める客でごった返す店内を抜け、持ち場につく。
「マナミちゃん、珍しいわね遅刻なんて」
一瞬客の切れた合間に、隣のレジのマルヤマが声を掛けてきた。
「すみません、ご迷惑をお掛けして……」
忙しい時間帯に遅れてしまい面目ないマナミは、返事もそこそこに、列をなす客を自分のレジへ誘導しひたすらレジ打ちに徹する。まるで機械のように、とにかく次々に客を捌いていった。
ピークを過ぎてやっと一息ついた頃、マルヤマが自分のレジを離れてマナミのレジへと来た。
「今日のマナミちゃん、何か鬼気迫るものを感じるんだけど。何かあった?」
マルヤマは年長者だけあって流石に鋭い。思わず、マナミは事の顛末をすっかり話してしまった。
「ふうん。そっかそっか。それは穏やかじゃいられないわね」
「私、タカヤのことそんな風に考えたことがなくて……どうしたらいいか分からないんです」
「マナミちゃんにもそんな可愛いところあったのねえ」
からかうようにマルヤマは笑うと、優しく言った。
「自分の気持ちに素直になれば良いだけなのよ」
それだけ言いおいて、マルヤマは休憩に入った。
一人残されたマナミは、仕事をこなしつつも言われた言葉を自分の中で繰り返す。
自分の気持ちに、素直に。
今まで気付かない振りをしていたこの気持ちを、マナミはやっと受け入れることができた。
仕事が終わりスーパー裏の駐輪場に向かうと、何者かがマナミの自転車の所に立っている。
マナミは身構えたが、よく見るとそれはなんとタカヤであった。
「……何でここに居るの」
タカヤにはどうしても可愛くない反応になってしまう。これまでの事を考えれば無理もない話だが。
つっけんどんにマナミに言われたタカヤだったが、まるで気にも留めない様子でマナミを黙って見つめている。
マナミはタカヤの視線をかわすように自転車を出し、押して歩き出した。タカヤはそんなマナミの背中を見ている。
信号のない交差点まで来たところでマナミは立ち止まり、振り返らずに言った。
「何をぼーっとしているの。置いていくわよ」
初めて会ったあの日の夜に戻ったように、タカヤはマナミの後について歩く。
それだけで、マナミは泣きたいくらい嬉しくなってしまった。




