疲労困憊
力作を仕上げ、布団に入ったのは朝の五時だった。それからマナミは気絶するように眠り、マロに腹の上に乗られ窒息しそうになって目が覚めた。
生存本能に助けられマロを押しのけて起きると、既に時計は昼近くになっている。一瞬慌てたが、カレンダーを見ると『休み』の文字が書いてあった。
しばらく布団の上でぼーっとしていたが、何か違和感を覚えてのろのろと這い出ると、寝室のドアを開けてリビングに出た。
ソファーに男性がいない。
「あれ……?」
キッチンにも、トイレにも、風呂場にもいなかった。
眠っている間に帰ってしまったようで、リビングのコーヒーテーブルの上にきちんと畳んだピンクの部屋着を見つけた。ということは、あのスウェットを着て帰ったということである。
可愛らしい赤いチューリップだらけの格好になった男性を思い浮かべ、マナミは一人で声を出して笑ってしまった。
それから一週間もたたないうちに、彼はまたマナミの前に現れる。
今度は綺麗な格好(といってもやはりスウェットだが)で、スーパーではなくマナミのマンションの前に昼から突っ立っていて、危うく警察を呼ばれかけていた所にマナミが帰宅しご近所に頭を下げまくって事なきを得たのであった。
「もう! 何事かと思ったわよ。そんな格好でずっと家の前にいたら不審者にしか見えないって。とにかく、一旦うちに入りましょ」
まだ帰ろうとしない野次馬達から逃げるように、マナミと男性はマンションへと入った。
長い階段を昇りきりドアを開けて家に入ると、ようやく好奇の目から逃れられ安心すると同時にどっと疲れが押し寄せる。ぐったりしながら靴を脱ぎリビングへ行くと、マナミはソファーに座り込んで大きくため息を吐いた。
そんなマナミを後目に、男性は一直線にマロが寝ている寝床へ向かい、しゃがみ込んでマロの寝顔を見つめている。
「何を暢気に猫なんか見てるのよ。あなたのせいでとんだ大恥掻いちゃったじゃない。いい? 今度は家の前で長時間待たないでね」
男性は聞いているのかいないのか、マロから視線を外そうとしない。それにカチンときたマナミは、彼の顔を両手で挟み強引に自分に向けた。
「人の話はきちんと聞きなさい?」
顔は笑っているが目は笑っていない。その迫力に、顔を挟まれたまま男性は頷く。
「いいわね? 家の前で待たないのよ、タカヤ君」
マナミが初めてタカヤを名前で呼んだ瞬間であった。
何だか疲れ切ったマナミはピザを注文し、タカヤと二人でビール片手に食べ、その日は早めに床についた。
次の日は朝食を一緒に取り、仕事に出るマナミと共にタカヤも家を後にしたのだが、その日を境にタカヤは頻繁に家を訪れるようになって、終いには住み着いてしまったのである。




